それでもわたしは、先祖の地を受け継ぎたいという望みが強すぎたので、行ってその地を所有したいと思う人々を皆集め、その地へ出て行こうと再び荒れ野へ旅立った。しかしわたしたちは、主なるわたしたちの神を思い起こすのが遅かったので、飢饉やひどい苦難に悩まされた。
「祈りがもたらす穏やかな力」2003年4月、ラッセル・M・ネルソン、十二使徒定員会
このように母親が息子たちの様子を知りたいと強く望んでいるとすれば,愛にあふれる天の御父がなぜ子供たちの様子を知りたいと望んでおられるのか,容易に想像することができます。(数多くの聖句が「主……を思い起こすのが遅かった」人々について述べている。モーサヤ9:3;13:29;ヒラマン12:5参照)祈りを通して,神に愛を表すことができます。神は祈りをごく簡単なものとしてくださいました。いつでも神に祈ることができます。特別な装置は要りません。電池を充電する必要すらなく,毎月使用料を払うわけでもありません。
中には自分の問題で困ったときだけ祈る人もいます。あるいは全然祈らない人もいます。聖文にはこうあります。「あなたがたは,主なる神が授けてくださったものについて,主を思い起こさない。あなたがたはいつも富のことを心にかけていて,主……に富のことを感謝するのを忘れている。」(ヒラマン13:22)
預言者たちは長年にわたって,謙虚に,しばしば祈るよう勧めてきました。(例えば,エレミヤ29:11-13;ヨエル2:32;ピリピ4:6;1ニーファイ15:8-11;アルマ37:37参照)
