ヘブル12:1
こういうわけで、わたしたちは、このような多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、いっさいの重荷と、からみつく罪とをかなぐり捨てて、わたしたちの参加すべき競走を、耐え忍んで走りぬこうではないか。
「人生というレース」2012年4月、トーマス・S・モンソン大管長
使徒パウロは,人生を,レースにたとえています。彼はヘブル人に次のように強く勧めました。「わたしたちは,……からみつく罪……をかなぐり捨てて,わたしたちの参加すべき競争を,耐え忍んで走りぬこうではないか。」(ヘブル12:1)
伝道の書に記されている次のような賢明な勧告にぜひ耳を傾けていただきたいと思います。「必ずしも速い者が競争に勝つのではな〔い。〕」(伝道9:11)実は,終わりまで堪え忍ぶ者こそが,勝利を手にするのです。
……
子供時代に作ったそのおもちゃの舟には,安定させるための竜骨,方向舵,動力は一切付いていませんでした。そのため,船の行く先は,抵抗の最も少ない川下しかなかったのです。
そのような舟とは違い,わたしたちは行く先を導いてくれる天与の特質を身に付けています。わたしたちは人生という川の流れに,何も付けずに放り込まれたのではありません。考え,判断し,達成する力を備えて,この世に来たのです。
天の御父は,わたしたちが無事にみもとへ帰れるよう神の導きを受けることのできる手段を講じたうえで,わたしたちを永遠の航海に送り出してくださいました。その手段とは祈りです。わたしたちの心に,静かな細い声として聞こえる,御霊のささやきです。もちろん,わたしたちが立派にゴールへ到達できるよう助けるために与えられ,主の言葉と預言者の言葉が収録されている聖典も見過ごすことはできません。
