ピリピ4:7
そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう。
「心配することはない」2018年10月、ロナルド・A・ラズバンド、十二使徒定員会
主は,全地を覆い,多くの人々の心をかたくなにする災難について,次のように言われました。「わたしの弟子たちは聖なる場所に立ち,動かされない。」(教義と聖約45:32)
そして,次のような厳かな言葉が続きます。「心配することはない。これらすべてのことが起こるとき,あなたがたは,与えられた約束が果たされることが分かるからである。」(教義と聖約45:35)
聖なる場所に立つこと,心配しないこと,約束が果たされることについて,わたしたちの抱く恐れに関連付けながら,一つずつ見ていきましょう。
最初に,聖なる場所に立つことです。わたしたちが,義にかなった家庭,奉献された礼拝堂,聖別された神殿といった聖なる場所に立つとき,主の御霊がともにあることを実感します。わたしたちを悩ます疑問に対する答えを見つけたり,そうした疑問に心を奪われずに平安を見いだしたりします。それが御霊の働きです。地上における神の王国である,これら神聖な場所にいるためには,敬虔さや人々に対する敬意,福音に従って生きるよう最善を尽くす自分,そして,わたしたちの恐れを取り除き,贖罪を通じてイエス・キリストの癒しの力を頂きたいという望みが求められます。
こうした神の聖なる場所において,また神の子供たちの心の中には,恐れが入る余地はありません。なぜでしょうか。愛があるからです。神はわたしたちをいつも愛してくださり,わたしたちも神を愛しています。神を愛するわたしたちの思いはあらゆる恐れを取り除きます。そして,神の愛は聖なる場所に満ちています。考えてみてください。わたしたちが主に従う決意をためらったり,永遠の命へと導く道から迷い出たり,主の聖なる計画における自分の重要性に疑問を抱いたり,疑ったり,あるいは恐れに心を許したりして,その仲間である失意や怒り,不満や失望が扉を開けるのを許してしまえば,御霊は退き去り,わたしたちは主から離れた状態に置かれます。それがどのような状態か分かっていたら,そんな場所にはいたくないということが分かるでしょう。反対に,聖なる場所に立っていると,神の愛を感じ,「完全な愛〔により〕あらゆる恐れ〔が〕取り除」(モロナイ8:16)かれます。
次は,「心配することはない」(教義と聖約45:35)という約束です。邪悪や混乱がどれほど地を満たそうとも,わたしたちには,イエス・キリストに日々忠誠を尽くすことによって,「人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安」(ピリピ4:7)が約束されています。そして,キリストがあらゆる力と栄光とをまとって降臨されるとき,悪や反逆,不正は終わりを告げるのです。
はるか昔,使徒パウロはわたしたちの時代について預言し,若きテモテに向かってこう言いました。
「このことは知っておかねばならない。終りの時には,苦難の時代が来る。
その時,人々は自分を愛する者,金を愛する者,大言壮語する者,高慢な者,神をそしる者,親に逆らう者,恩を知らぬ者,神聖を汚す者,……
……神よりも快楽を愛する者〔となる。〕」(2テモテ3:1-2,4)
幕の両側にいる「われわれと共にいる者」,そして心と勢力と思いと力とを尽くして主を愛する者は,「彼らと共にいる者よりも多い」(列王下6:16)ことを忘れないでください。わたしたちが積極的に主とその道に信頼を置き,主の御業に携わるなら,わたしたちは世界の動向に恐れを抱いたり,心を騒がせたりすることもありません。皆さんにお願いします。世の影響力や圧力を相手にせず,日々の生活の中で霊性を求めてください。主が愛しておられるものを愛してください。そこには,主の戒め,主の聖なる宮居,主と交わした神聖な聖約,安息日ごとの聖餐,祈りによる交わりが含まれます。そうしたものを愛すれば,心配することはなくなるでしょう。
最後に,主とその約束を信頼することについてお伝えします。わたしは,主の約束が皆果たされることを知っています。この聖なる集会で皆さんの前にわたしが立っていることと同じくらい確かに,それを知っています。
主はこう啓示されました。「賢くて,真理を受け入れ,自分の導き手として聖なる御霊を受け,そして欺かれなかった者,すなわち,まことにわたしはあなたがたに言うが,彼らは切り倒されて火の中に投げ込まれることなく,その日に堪えるであろう。」(教義と聖約45:57)
だからこそ,現在の混乱,大きくて広々とした建物の中の人々,裏表のない努力や主イエス・キリストに対する献身的な働きをあざ笑う人々に悩まされる必要はないのです。楽観主義や勇気,そして慈愛も,不安や動揺した気持ちで押しつぶされそうな心から生まれるものではありません。「将来を楽観的に見〔る〕」ネルソン大管長は,わたしたちにこう言いました。「真理を攻撃する無数の声や人の哲学をふるいにかけたいと思うなら,啓示を受けられるようにならなければなりません。」(ラッセル・M・ネルソン「教会のための啓示,わたしたちの人生のための啓示」2018年総大会)
個人の啓示を受けるために,わたしたちは福音に従って生き,忠実さと霊性を自分自身や周りの人々が養えるようにすることに優先順位を置かなければなりません。
