マタイ11:7 心に決めなさい | 「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

マタイ11:7
彼らが帰ってしまうと、イエスはヨハネのことを群衆に語りはじめられた、「あなたがたは、何を見に荒野に出てきたのか。風に揺らぐ葦であるか。


「心に決めなさい」(英文)1992年10月、二一ル・A・マックスウェル、十二使徒定員会
イエスは弟子たちにこう忠告されました。「それであるから,わたしが教え命じたことを行なうように, この事をよく心に決めなさい。」ジョセフ・スミス訳ルカ14:28) 献身するためには, まず心を定めなければなりません。予言者ジョセフ・スミスは福音の知識は「やみや不安,疑いを取り除く」と言い,「不安の苦しみほどつらいものはない」とも言っています。(「ジョセフ・スミスの教え」p.288) 決心することで,小さなさざ波のような意見の違いに,まるで津波に対するような反応を示すことがなくなります。私たちは「風に揺らぐ葦」のように動揺する者ではなくマタイ11: 7) 弟子であることを求められているのです。もっと多くの会員が,「決心する」ことから得られる計り知れない安堵感と平安を味わう必要があります。そうしなければ,「静まることができない」「波の荒い海」のようになってしまうでしょう。イザヤ57: 20)

決心するのには,もうひとつ特別な理由があります。それは, 私たちが「すべての物事が混乱する」時代に向かっているからです。教義と聖約88:91 ;45:26) 今日の世の中の不確かさ,動乱,混乱の中にあって,ごまかしたり迷ったりしている人たちは,ひどい乱気流に飲まれて転げ回ることになるでしょう。

終わりに,より深い献身をしりごみする人は,私たちのために贖いの苦悶に耐え抜いて「しりごみ」なさらなかった主にふさわしくないと申しあげます。教義と聖約19:18) しりごみするどころか,イエスは務めにまい進し,すべてを捧げ尽くして,そのすばらしい「人の子らのためにわたしの備え」を成し遂げられたのです。教義と聖約19:19)

もし,イエスのこの世における救世主としての務めが,優れた説教を残すだけだったとしたらどうでしょうか。また,説教に加えて癒しとほかの奇跡を行なったけれども,ゲッセマネやカルバリの苦悩に満ちた,しかし聖なる贖いの時がなかったらどうでしょう。私たちはイエスの使命をどう思うでしょうか。また人類はどうなっているでしょうか。

兄弟姉妹の皆さん,イエスとそのみ業を受け入れようとせずに,ほかの何を受け入れても,私たちが神の王国に入って主に受け入れられることはないのです。モルモン6: 17参照)

今こそ決心し,神の玉国に導き入れられる,その比類なくすばらしい瞬間に備えることができますように。イエス・キリストのみ名により申しあげます。アーメン。