ヨハネ3:16-17
神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。 神が御子を世につかわされたのは、世をさばくためではなく、御子によって、この世が救われるためである。
「引き上げてくれる真の友」(英文)、1988年10月、リチャード・G・スコット、十二使徒定員会
私は主の力, 尊厳, 完壁さを知り尽くしているわけではありません。しかし,主の愛, 憐れみ, 慈悲を幾分か理解しています。
主が取り除くことのできない重荷はありません。
主が清め, 喜びで満たすことのできない心はありません。
主が洗い清め, 建て直すことのできない生活はありません。
そのための条件といえば, ただ主の教えに従うことだけです。
多くの友が皆さんを主のみもとに導いてくれるでしょう。しかし, 主を見いだすには, 皆さん自身が, 真心からへりくだって祈り, 従順と信仰を示さなければなりません。
聖典には次のように記されています。「神はそのひとり子を賜わったほどにこの世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで, 永遠の命を得るためである。神が御子を世につかわされたのは, 世をさばくためではなく, 御子によって,この世が救われるためである。」(ヨハネ3:16-17)
また, モルモン書には救い主の次のような慰めの言葉が記録されています。
「まことに、わたしのもとに来る心の貧しい人々は、幸いである。天の王国は彼らのものだからである。
また、悲しむ人々は皆、幸いである。彼らは慰められるからである。
柔和な人々は、幸いである。彼らは地を受け継ぐからである。
義に飢え渇いている人々は皆、幸いである。彼らは聖霊に満たされるからである。
憐れみ深い人々は、幸いである。彼らは憐れみを受けるからである。
心の清い人々は皆、幸いである。彼らは神を見るからである。」(3二一ファイ12:3-8)
イエスが謙遜に, 信仰と人々に対する熱意をもって御父に祈られると, 御父はそれに答えられました。イエスが最大の窮境に臨んで力と慰めを求めて祈られ,悔い改めを条件として人類に赦しの奇跡が与えれるよう, 世の罪を負って贖罪の犠牲を捧げられたとき, 御父は答えられました。
天父は皆さんの父でもあります。天父に祈ってください。もしも, 生活が乱れていて自分が清くないために祈るにもふさわしくないし, その気持ちになれないと思っても, 心配しないでください。主はすべてのことをすでにご存じなのです。ただ, 皆さんが謙遜になってひざまずき,最初の第一歩を踏み出すのを待っておられるのです。力を求めて祈ってください。皆さんを支え, 導き, 引き上げてくれる人々が現われるように祈ってください。救い主の愛が胸に注がれるように祈ってください。自分を変えたいと願うなら,贖いの奇跡によって赦しがもたらされるように祈ってください。こうした祈りは必ず答えられます。神は皆さんを愛しておられるからです。御子は皆さんのために命を捧げられたのです。おふた方が皆さんを助けてくださることを私は知っています。
