ルカ2:7 人生の旅路に喜びを見いだす | 「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ルカ2:7

初子を産み、布にくるんで、飼葉おけの中に寝かせた。客間には彼らのいる余地がなかったからである。

 

「人生の旅路に喜びを見いだす」2008年10月、トーマス・S・モンソン、大管長
人生に変化が訪れることは避けられませんが,感謝の心を持ち,最も大切な事柄で一日一日をできる限り満たせますように。大切な人たちを大切にし,愛を言葉と行いで表せますように。

最後に,わたしたち皆が,主なる救い主イエス・キリストに感謝を表せるよう祈ります。主の栄えある福音は「人はどこから来て,なぜここにいて,死ぬとわたしの霊はどこに行くのか」という人生の難題に答えてくれます。

主は祈り方を教え,仕え方を教え,生き方を教えてくださいました。主の生涯は愛の遺産です。病人を癒いやし,虐げられた人を引き上げ,罪人を救われました。

お独りになられる時が来ました。一部の弟子は主を疑いました。裏切る者もいました。ローマの兵士にわきを刺され,怒り狂った群衆に命を奪われても,ゴルゴタの丘には憐あわれみの言葉がこだましました。「父よ,彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか,わからずにいるのです。」(ルカ23:34)

それより前に,主は,恐らく地上での使命の極致を思い浮かべながら,こう嘆かれました。「きつねには穴があり,空の鳥には巣がある。しかし,人の子にはまくらする所がない。」マタイ8:20「客間には……余地がなかった」ルカ2:7参照)という言葉だけが主に向けられた唯一の拒絶の言葉ではなく,それは始まりにすぎませんでした。それでも主は皆さんとわたしに主を受け入れるよう招いておられます。「見よ,わたしは戸の外に立って,たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら,わたしはその中にはいって彼と食を共にし,彼もまたわたしと食を共にするであろう。」黙示3:20

悲哀を知っているこの悲しみの人,この栄光の王,この万軍の主はどなただったのでしょう。この御方こそ,わたしたちの主,救い主,神の御子,救いの源であられます。この御方は「わたしに従ってきなさい」マルコ2:14と招き,「あなたも行って同じようにしなさい」ルカ10:37と教え,「わたしの戒めを守り……なさい」教義と聖約11:6と嘆願しておられます。

主について行き,主の模範に倣い,主の御言葉に従いましょう。そうしながら,感謝という神聖な贈り物を主にささげましょう。

兄弟姉妹の皆さん,人生の変化を受け入れ,何が最も大切かを悟り, 常に感謝を表し,そのようにして旅路に喜びを見いだせますように,心から祈ります。