「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

出エジプト6:6

それゆえ、イスラエルの人々に言いなさい、『わたしは主である。わたしはあなたがたをエジプトびとの労役の下から導き出し、奴隷の務から救い、また伸べた腕と大いなるさばきをもって、あなたがたをあがなうであろう。

 

「主はかしこに在す」(英文)1987年10月、ニール・A・マックスウェル、十二使徒定員会

イエスが約束してくださった平安は、不安な状態の中で得られる特別な平安です。激動の中にあっても、主の弟子たちは確固として立つことができるのです教義と聖約45:26,32参照)。弟子たちは、末日にあっても主が「かしこに在す」ことを知っています。「わたしはエジプトの地からイスラエルの子らを導き出した者である。わたしの民イスラエルを救うために、わたしの腕は終わりの時に伸べられている。」教義と聖約136:22

 

私たちは自分の思い煩いをいっさい神にゆだねることができます。それは、ゲッセマネとカルバリの苦痛に満ちた出来事を通して、贖い主イエスは私たちの罪や病気、悲しみをすでによく理解されたからです1ペテロ5:72ニーファイ9:21アルマ7:11-12参照)。主は今、私たちの罪の重荷を担うことができます。それは、ゲッセマネとカルバリですでに担ったことのある重荷なのですから。

 

そうです。神の創造の業は万物に及びます。そして、主の贖いのために「伸べた腕」も万物に及ぶのです出エジプト6:6詩篇136:12参照)

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

創世49:3-4

ルベンよ、あなたはわが長子、わが勢い、わが力のはじめ、威光のすぐれた者、権力のすぐれた者。

しかし、沸き立つ水のようだから、もはや、すぐれた者ではあり得ない。あなたは父の床に上って汚した。ああ、あなたはわが寝床に上った。

 

「アロン神権者へ―」2007年4月、ロバート・D・ヘイルズ、十二使徒定員会

今こそ時間を有効に使う時です。「現世は人が神にお会いする用意をする時期である。」アルマ34:32若いときに賢明に時間を使うことを学ぶなら,地上にいる時間は十分であることを証します。「わが子よ,忘れずに若いうちに知恵を得なさい。まことに,神の戒めを守ることを若いうちに習慣としなさい。」アル37:35

 

今こそ自分の生得権を守る時です。人生の終わりが近づいたとき,旧約聖書の預言者ヤコブは息子たち一人一人に父親の祝福を授けました。ルベンは長子であり,彼だけに与えられる特別な祝福である生得権を持っていました。しかしルベンへの祝福の中で父のヤコブはこのように言いました。あなたは「移り変わる水のようだから,もはや,すぐれた者ではあり得ない。」欽定訳創世49:4から和訳※)移り変わる水のようだからという言葉の意味を少し考えてみましょう。水は熱くなると蒸発します。冷たくなると凍ります。水路がないと,立ちはだかるものを浸食し破壊します。

 

アロン神権を持つ者として,皆さんにも生得権があります。どうか従順で堅固であってください。救い主に従うという決意を固く保つようにしてください。福音に従って生活するに当たって,岩のように堅固であってください。だれもわたしたちを待ち受けている祝福のすべてを知りません。これらの祝福を失うたった一つの方法は,不従順によって放棄することです。この世のもののために永遠の受け継ぎを放棄しないでください。わたしたちの輝かしい生得権を尊び,守り,享受するため,今従順になり,備えましょう。

 

※ブログ主注:英語では”Unstable as water, thou shalt not excel”となっています。水は形がなく、低い方への流れます。ルベンの「自制心の欠如」「道徳的な一貫性のなさ」を象徴しており、また感情や欲求をコントロールできない性質を表しているものと考えます。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

創世48:16

すべての災からわたしをあがなわれたみ使よ、この子供たちを祝福してください。またわが名と先祖アブラハムとイサクの名とが、彼らによって唱えられますように、また彼らが地の上にふえひろがりますように。

 

「キリストに対する新しい証人」(英文)1984年10月、エズラ・タフト・ベンソン、十二使徒定員会

キリスト教徒は聖書を用いています。そして、私たちも同じように聖書を受け入れています。聖書には、ひとつの民、すなわちユダヤ人、彼らの土地、聖地、預言者、そしてイエス・キリストの生誕とその恵みと導きの業が書かれています。

 

しかしイスラエルの支族はひとつだけでしょうか。長子の特権を持ち、イスラエルの家族を飢饉から救ったヨセフはどうでしょう。ヨセフの息子たちはイスラエルから「わが名と先祖アブラハムとイサクの名とが、彼らによって唱えられますように」創世48:16との祝福を授けられましたが、あのヨセフはどうでしょう。

 

「泉のほとりの実を結ぶ若木。その枝は、かきねを越えるであろう」創世49:22と、ヤコブから祝福と約束を受けたヨセフ。そのヨセフの記録はどこにあるのでしょう。

 

私たちは、ヨセフの記録、すなわちモルモン経があることを世に証します。ユダのようにヨセフも一個の民を形作っていたのです。その中にニーファイ人とレーマン人がいました。ユダと同じように、ヨセフはアメリカという土地を与えられました。またユダの民と同じく、ヨセフの民にも預言者がいて、復活した主イエス・キリストは彼らにも現われたもうたのです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)