仕事を持参して京都に来ています。合間に外出するのですが、激痛を止める薬を飲まないとバスに座れないので、飲んでしまうと、いつの間にか眠って終点に行ってしまうのです。人生の無駄遣い。「見しことも見ぬ行く末もかりそめの枕に浮かぶ幻の中」(式子)。どうせなら美しいものに夢中になって現世の苦悩を忘れたい。が、夫は不服のようで、深夜3時に金縛りで私をがんじがらめにして「僕を一瞬も忘れるな」と言いに来る。

◎京都御苑の春

 

 

 

 

 

 

 

 

◎平野神社の春

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お題

「わが身こそ うらみられけれ 唐衣 君がたもとに なれずと思へば」

       (源氏物語・行幸)玉鬘をめぐる歌⑱

 

「行幸」の巻より
◎玉鬘の裳着の日、秋好む中宮や六条院のご婦人方から様々な贈り物が届く。しかし、東の院に住む末摘花は経済的にも源氏の寵愛の程度からも、お祝いすべき立場にはない。が、「古代の御心」でこういう場合、贈り物をしなくてはならないと思い込んでいる。「昔の人」が喜んだような着物などを贈り、玉鬘のおそばの女房にでも下げ渡してくださいと手紙を添えてくる。身の程知らずな行為に源氏は赤面する。「あやしき古人なりけれ」と言い、でしゃばった行動を体裁悪く思う。それでも父親王に可愛がられた方で、侮っては気の毒な方だとも玉鬘に言う。贈り物の着物の袂に歌がつけられている。

 

                             「立命館大学総合心理学部 北岡 明佳氏」     

 

                                wikiより「モナリザ」

 

 

◎ 「御小袿の袂に、例の同じ筋の歌ありけり。
 ☆『わが身こそうらみられけれ唐衣  君がたもとに馴れずと思へば』
 御手は、昔だにありしを、いとわりなうしじかみ、彫り深う、強う、固う書きたまへり。大臣、憎きものの、をかしさをばえ念じたまはで、『この歌よみつらむほどこそ。まして今は力なくて、ところせかりけむ』といとほしがりたまふ。『いで、この返り事、騒がしうとも、我せん』とのたまひて、『あやしう、人の思ひよるまじき御心ばへこそ、あらでもありぬべけれ』と、憎さに書きたまうて、
 ☆唐衣 またからころも からころも かへすがへすも からころもなる
 とて、『いとまめやかに、かの人の立てて好む筋なれば、ものしてはべるなり』 とて見せたてまつりたまへば、君、いとにほひやかに笑ひたまひて、『あないとほし。弄じたるやうにもはべるかな』と苦しがりたまふ。」

・・・御小袿の袂に、例によって、同じ趣向の歌があるのだった。

☆わが身こそうらみられけれ唐衣  君がたもとに馴れずと思へば
 ご筆跡は、昔でさえそうであったのに、たいそうひどくちぢかみ、彫りつけたように深く、強く、固くお書きになっていた。大臣[源氏)は、気に入らないと思うものの、おかしいのを我慢なさることができないで、 「この歌を詠んだ時はどんなに大変だったろう。まして今は昔以上に頼れる人もいなくて、難儀したことだろう」と気の毒がりなさる。 「どれ、この返事は、忙しくても、私がしよう」 とおっしゃって、「妙な、誰も思いも寄りなさらないようなお心づかいは、なさらなくてもよいことなのです」 と腹立たしさのあまりにお書きになって、
☆唐衣 またからころも からころも かへすがへすも からころもなる
 と書いて 「たいそう真面目に、あの人が特に好む趣向ですから、こう書いたのです」
 と言って、(玉鬘に)お見せなさると、姫君は、たいそうあでやかにお笑いになって 「まあ、お気の毒なこと。からかっているようでございますわ」と気の毒がりなさる。・・・

 

末摘花は、一つ覚えのように毎回「唐衣・・・」と歌を詠んでくる。今回も例の通り。当時は流麗な優美な筆跡が好まれたが、末摘花は筆を固く握りしめているのか、彫り込んでいるような強いがつがちの筆跡である。源氏は苦笑しつつ、まわりに知恵をつけてくれるような人もいない末摘花の環境を思い気の毒にも思う。状況への配慮のないことを諫めつつ、源氏自身が歌を詠む。

 

 

                                   「源氏物語六百仙」

 

◎二人の歌を取りだし、検討する。

 

末摘花の歌

☆わが身こそ うらみられけれ 唐衣 君がたもとに なれずと思へば

・・・わが身が恨めしく思われることです。あなたさまのおそば近くにいることができないと思いますので。

 

①以前記したように、

過去記事→きてみればうらみられけり唐衣かへしやりてむ袖を濡らして(源氏物語・玉鬘)玉鬘をめぐる歌⑤ | 耳鳴り・脳鳴り・頭鳴り治療の『夜明け前』 (ameblo.jp)

「唐衣」に関しては、古今集に10例、後撰集に21例、拾遺集に9例、後拾遺集に6例見える。『源氏物語』より一時代前の古今・後撰時代に特に持て囃された歌語と言えよう。

 

②「唐衣」の縁語が多用されている。代表的な先行歌を挙げる。

・「唐衣」と縁語の「うらみ」(裏見)。「裏見」は「恨み」との掛詞

☆『伊勢集』

「366 かりそめに そめざらましを からころも かへらぬいろを うらみつるかな」

☆『朝忠集』

「15 ふりぬとて 思ひもすてじ からころも よそへてあやな うらみもぞする」

☆『千頴集』

「74 わくらばに 来たる時だに からころも あふよしもなき うらみをぞする」

 

・「唐衣」と縁語の「なれ」(萎れ)。「萎れ」は「慣れ」との掛詞

☆『伊勢物語』

「から衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思ふ」

☆『元良親王集』

「86 たのまれぬ こともこころの からころも なれてよるとや さらばおもひし」

 

・「唐衣」と「身」との掛詞。「身」は「身体」と衣の「見頃」の意の「身」との掛詞。

☆『古今集』

「786 唐衣 なれば身にこそ まつわれめ めかけてのみやは こひむと思ひし」

☆『後撰集』

「660 怨みても 身こそつらけれ 唐衣 きていたづらに かへすとおもへば」

  

末摘花の歌は、相変わらず、黴の生えたような古い言葉「唐衣」を軸として、縁語を用用してがんじがらめにした歌である。以前の「大宮」の「玉くしげ」の縁語仕立ての歌もそうだったが、縁語の多用は『古今集』『後撰集』の頃に流行した修辞で、古めかしいのである。「古代なる姫君」である末摘花は「唐衣」の呪縛から解放されることがない。筆跡までも固陋な印象である。何より頓珍漢なのは、玉鬘の裳着を祝う歌であるはずなのに、源氏への怨みの恋歌を贈っていることだ。源氏は誰も知恵を貸してくれる人のいない環境の末摘花を気の毒に思い、また、おかしくもあり、恋歌なので自ら返事を書いたのだ。

 

 

                                       「源氏物語六百仙」

 

 

 

源氏の返歌

☆唐衣 またからころも からころも かへすがへすも からころもなる

・・・唐衣、また唐衣、唐衣と、あなたは繰り返し繰り返し唐衣とお詠みになるのですね。・・・

 

「かへすがへす」の「かへす」は「唐衣の縁語」。衣を裏返すからである。例は枚挙に暇がない。

☆『伊勢集』

「366 かりそめにそめざらましをからころもかへらぬいろをうらみつるかな」

☆『伊勢集』

「367 みにしみてふかくしなればからころもかへすかたこそしられざりけれ」

☆『元真集』

「336 「としをへてなれるなかとはから衣うらみてかへすあはれなりけり」

 

☆『宇津保物語』

「303 いくたびか夜にかへすらんから衣返す返すもうらみらるるは」

 

 

                               コトバンク「唐衣」

 

 

痛烈な返歌である。源氏は口では「末摘花の好みに合わせた」と言うが嘲弄の要素も入っている。玉鬘は「からかったような歌ですわ」と気の毒がる。

 

源氏物語では楽器などは、和琴など一時代前のものがもてはさされるが、こと和歌に関しては、陳腐な用語、特に縁語仕立てで窮屈な歌は批判されている。一方、柏木の「思ふとも 君は知らじな わきかへり 岩漏る水に 色し見えねば」(思ふとも君は知らじなわきかへり岩漏る水に色し見えねば(源氏物語・胡蝶)玉鬘をめぐる歌⑥ | 耳鳴り・脳鳴り・頭鳴り治療の『夜明け前』 (ameblo.jp)のような独創性があり、豊かな感性を感じさせる歌は称賛されているのが、面白い。

 

                                                                                       続く

 

 

おまけ

 

医大プロジェクトチームの研究に参加して下さった被験者の皆様のご尽力と、

ネンタ医師の困っている患者様を何とかして救いたいという熱意と、

被験者様に集まっていただこうとして開設したこの拙ブログの存在も少しばかり貢献して実現した論文

 

国際科学雑誌 「PLOS ONE 」の論文

「Brain Regions Responsible for Tinnitus Distress and Loudness: A Resting-State fMRI Study」

https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0067778

 

二報目

https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0137291

 

 

  sofashiroihana