きょうだい児の私が成年後見人を辞めるまで -25ページ目

きょうだい児の私が成年後見人を辞めるまで

障害や病気をもった子の兄弟姉妹のことを【きょうだい児】と言います。きょうだい児として成長する間に起こった葛藤、親亡き後の成年後見について紹介します。

こんにちは。
林 陽子です。

障害者のきょうだいをやってると
誰でも1度や2度
まるで雷に打たれたような
衝撃を味わうのではないでしょうか。


それも親によって
もたらされるというね…(^_^;)



驚き
怒り
孤独
苦しみ
悲しみ…等々。


インパクトが強すぎて
とっくに終わったはずなのに
日常の中で何度も思い出して
苦しくなる光景。

やめたらいいのにそのときの
嫌な思いを反芻してまた辛くなる。

そんなことありませんか?

私には衝撃だった出来事が二つあります。
今日はそのうちのひとつについて。


自分が何歳の頃だったかも
覚えていないのですが
それなりに状況を理解できたので
5歳ぐらいだったかと思うのです。


それは夜、もう布団に入る時間。


心臓が止まるかと思うくらい驚いた。




母と兄が手を繋いでいる。



母はなぜ兄と手を繋いでいるのだろう?
一体どれくらいの時間そうしていたのだろう?
なぜ私には繋ごうと言ってくれないのだろう?



思わず「お兄ちゃんだけズルい!」と
私も母のもう一方の手を取りましたが

母、無反応…(苦笑)

はいはい、あなたもねーとか
ごめんごめんの一言も無かった。



無理やり手を繋いだ自分が
とても惨めでした(>_<)

母は私のことが好きじゃないのかも…と
最初に感じたのがこの時。


この時だったのか
もう少し後だったか忘れましたが

障害者のきょうだいが
親に言われがちなあの一言。



お兄ちゃんはひとりでは
何もできないけど
あなたはできるでしょ!!




…というあの呪いの言葉(^_^;)



その言葉を受けて
私はある誓いを立てました。





お兄ちゃんにお母さんを譲ります。
私は一人でなんでもできるから
一人で生きて行きます。



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こんにちは。
林 陽子です。

前の記事で兄のことを少し書きましたが

兄は18歳までは特別支援学校に行っていて
その後、作業所に通っていたと記憶してます。

そしてその後現在の施設に
入ったのではなかったかな。



今の施設には創立当時から入所してて
55歳ですから長い事お世話になっていますね。
もう30年位いるのかなー。

そう考えると兄の人生の中では
一番長くここで過ごしているってことか。



この施設は通いの人はもちろん
施設内の寮で生活する場合と

あとはグループホームで暮らして
昼間は施設で作業する場合があり

兄は長く寮生活をしていて
その後グループホームに移りました。



今は健康には問題ないですが

ダウン症は60歳を超えることが
難しいそうなのでこれから
どうなるかはわからない。

もし兄が長期入院になるような
ことがあればどうしたらいいのかは
未知のところです。



1月7日の誕生花「スノードロップ」


私は2008年に母が亡くなったことを
きっかけに成年後見人になったのですが

8年務めた後、2016年に弁護士さんに
財産管理をお願いすることになりました。

今も一応成年後見人ではあるのですが
財産管理がなくなったので
これまた楽させてもらっています。



今の私の役割は施設とのやりとりが主です。


また、できるだけ大型連休のときは自宅に
帰省させるということになっているのですが
2016年の3月以降は私のほうで断ってます。

それも理由があるのですが追々書きますね。


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こんにちは。
林 陽子です。

私の家族は両親と兄の4人+祖母(父方)。
兄に障害があるだけではなく…



両親も障害者です。



その状況がスタンダードとして
生まれ育ったわけですが
後になって子供にとっては
相当な我慢の連続があったと気付きました。




●父(2015年他界・享年89歳)
シベリアに抑留され右足を負傷し切断。
結核のため片肺が萎縮。3級障害者。
義足のため走ること、中腰ができない。

私は1966年生まれで2018年現在52歳ですが
父は最年少で召集され、また40歳過ぎてから
私が生まれたこともあり戦争体験しています。

召集されているのは祖父の世代になる場合が
多いと思うので私が周りの同級生と
話が合わないひとつの要因でした。

==========

●母(2008年他界・享年79歳)
結核のため片肺萎縮。2級障害者。
障害としては父より重いです。

1級障害者が
『呼吸器の機能の障害により自己の身辺の
日常生活活動が極度に制限されるもの』
とありますので1級までいかなくても
かなりの制限があります。

身長157㎝ぐらいでしたが手術をして
体重が38㎏ぐらいしかありませんでした。
息が切れるので走れない。長時間歩けない。
重い荷物を持てないなど。

==========

●兄
ダウン症。
重度なので会話と筆談もNG。
福祉施設に入所中。
療育手帳の等級はA2。

2018年現在55歳。
ダウン症は60歳を超えることが
難しいと言われているので
これから注意が必要ですかね。

==========

●祖母(1990年頃他界)
父の母。
私が20代の時亡くなったので
記憶が薄れてますが…(^_^;)

父とは血の繋がりはあっても
事情があって一緒に暮らしては
いなかったようです。

父が結婚する際に
引き取って同居したらしい。

ですので普通の親子とはちょっと違う
一面もあったのではないかと。

==========

家族はこんな感じ。
様々な制限・我慢については
これから書いていくとして

子供らしさを味わえなかった
ひとつの要因としては


両親の障害もあって外で遊ぶという
発想になりにくかったと
いうのがあるかもしれませんね。




旅行には行けましたが
名所や美術館を観光はできても

海水浴は母が水際で遊んでくれましたが
スキーとかキャンプ等は無理。



アウトドアで楽しむ
家族連れが羨ましかった…





別に親を恨んだりしてませんし
いい大人が今でもそのことを
親のせいにするつもりはないけど


ただやっぱり

子供は元気に飛び回る経験が必要

ではないでしょうか。


経験がなければ
自分から楽しんでみようという
発想にならないという傾向は
あると思うのです。



やっと最近ビーチコーミングに
行き始めて外で過ごす楽しさを
味わえるようになってきています。

それ以上のことをしたいと
思うようになるかはわかりませんが

もし今後そのような欲求がでてきたら
チャレンジしてみようと思ってます。


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