現在、この「春風秋霜」を岐阜県経済同友会の会報に、
そしてもう一つ、「素描」を岐阜新聞に書いている。
ハッキリ言ってこっちの「春風秋霜」の方がうんと楽だ。
第一に、こっちは字数制限なしだが、
あっちは、11字×60行の660字と決まっている。
660字と言う短さでモノをまとめて
書くと言うのはなかなか骨が折れる。
それと、こっちは何を書いても自由。
だが、あっちは、公の新聞だけあって注文が入ることもある。
9月14日に載せた素描、
「李登輝学校で学んだこと」では、ちょっともめた。
http://ameblo.jp/central1961/entry-12072922969.html
ただ、私は注文は聞いても、
新聞社が書き直しまでするのは、拒否する。
そんなのなら、書かん。
あくまで、注文を聞いた上で自分で書き直す。
そして10月31日の最後の素描では、
徹底的なマスコミ批判を書く予定にしている。
もう原稿は書いてある。
普段トンチンカンな批判ばかりしているマスコミが
自分が批判されるのに注文を付けることはないとは思うが、
はたして、どうなるか。
その経緯は、結果が出たらまたお知らせする。
では。
春風秋霜 9月号 デカルト『方法序説』
前回、「性善説が通じる企業づくり」と云うタイトルで書いた。
評論家で作家の日下公人氏は
「道徳というのは土であり、企業の発展はこの道徳という土の上で初めて成立する」
と言っている。私ごときが生意気言って日下氏には失礼千万だが、私もそう思う。
新幹線を7分で掃除する「お掃除の天使たち」や「セントラルパーク」を例にあげ
日本人の道徳心の素晴らしさを前号に記した。
だが、しかし、それでも年を追うごとに日本人の道徳心が薄れてゆくような気がする。
その主因はGHQが壊した戦後教育にあることに疑いはないが、
そのまたルーツはデカルトの著『方法序説』に
あるのではないかというのが今回のテーマである。
デカルトが生きたのは、中世16世紀。
全ての価値観、判断基準の中心はキリスト教にあった。
それを支えていたのが「神は絶対に正しい」と言うスコラ哲学であった。
こう書くと私は哲学に詳しい様に読み取れるが、
所詮は耳学問に過ぎない。これを書き終わったころには忘れている。
その時代、キリスト教を批判すれば悪魔とみなされ、当たり前の如く殺された。
同時代のエピソードとして有名なのは、ガリレオのケース。
コペルニクスの地動説を受け継いだガリレオは宗教裁判にかけられ終身刑に処された。
キリスト教が地動説を悪魔の理論とした理由は、
イエス様が生まれた地球こそが宇宙の中心であり、
その地球が他の天体の周りを回る筈がない。
地動説は神を冒涜している、というモノ。
余談だが「それでも地球は回っている」と彼が言ったというのは、
まず間違いなくウソ。彼は裁判で「地動説は間違っていました」と
自己批判し死刑を免れている。
何れにしろ、この出来事からして時代の雰囲気がイメージ出来よう。
こうした時代にデカルトは、「我思う、故に我在り」で著名な
『方法序説』を上梓し「神の教えが正しいのではなく、理に叶うことが正しい」と唱えた。
勿論、誰が書いたか解れば、即刻死刑。故に匿名で。しかもフランス語で出版した。
と言うのは、当時は分野を問わず学術書と言うものは、
必ずラテン語で書かれるものであった。フランス語で記したというのは、
今でいえばマンガで描いたのに等しい。
それは、いくら匿名であっても
正面突破は危険すぎるとの判断と学術書ではないと見せかけるフェイントであった。
デカルトの死後ではあったが、
この本が切っ掛けとなり神の時代から人間の時代へと推移してゆく。
それはやがてルネッサンスへの序曲となり、中世を終わらせるに至った。
そして、デカルトの「理に叶うことが正しく、正しいことは実証出来る」という考え方は、
近代合理主義を確立し今日の人類思考のベースとなっている。
そんな世界観を一変させた一冊。それがこの著である。
さて、私が言いたいのはこれからである。
デカルト主義がもたらした変化は一見素晴らしい。一面正しく前進に違いない。
しかし、神の存在は人間を制御する仕組みでもあった。
デカルトは「正しいことは実証出来る」と説いた。
だが、人はそんなにデジタルな生き物ではない。
人間の精神、情緒、感情、感性と言ったものは理論的に説明できるものではない。
我が国に当てはめるならば「お天道様が見ている」「バチが当たる」「ならぬことはならぬ」と
言った美の制御の薄れと比例して社会秩序が乱れ道徳心も薄れて来た。
そう考えると、今後もデカルト的思考をベースにした日本であって
善いのかと言う疑問が生じて来る。
多分に「風が吹くと桶屋が・・・」的な話になったが、
今こそ、デカルトを超えるデカルトの出現が待たれる。