日本初の形容詞を独り占めする源内は
文学においても同じ形容詞が付く。
江戸中期以降、戯作と呼ばれる小説が流行った。
https://goo.gl/tDGE0z
この戯作を上梓した第一号作家も源内だった。
ペンネームは風来山人。
処女作のタイトルは『根南志具佐』(ねなしぐさ)。
残念ながら、現在それを読むことはほぼ不可能に近い。
「青空文庫」等々でも探せないが、
当時のベストセラーだったと言う。
もう一つ歌舞伎ファンに最近注目を集めているモノがある。
私は歌舞伎に詳しくないが
『神霊矢口渡』と言う演目があるそうだ。
これを100年ぶりに中村吉衛門が復活させ
現在東京の国立劇場で公演中だそうだ。
http://goo.gl/qyh5ea
この『神霊矢口渡』を書いたのが、源内だ。
筆名は、福内鬼外。
福は内、鬼は外からとった名前だそうだ。
実にユニーク至極と感心する。
ストーリーは『太平記』が元と成っており、
新田義興が主人公だそうだ。
これがヒットすると新田義興を奉る
新田神社が大いに賑わった。
そこでそこの神主が源内に
この賑わいを商売にする手はないかと相談する。
相談相手は著者であり発明家であり
経営指導者であった源内だ。
源内が周りを見渡すと、そこは竹藪だらけ。
じゃぁ、この竹を使って魔除けを作って売ればきっと売れる。
しかも、仕入れもタダ同然とアドバイスしてできたのが「破魔矢」だった。
http://goo.gl/jl6icx
さて、そんな源内に不幸な出来事が起きる。
建築設計も出来た源内は
ある町人から今で云う邸宅のリフォームを受注する。
源内のことだ。
多分、画期的な図面を書いていたのだろう。
そして、施工中のある日。
その設計図面が見当たらない。
源内は、出入りの職人が盗んだに違いないと思い
職人を殺してしまった。
流石の源内もこれだけはどうしょうもない。
獄中に入れられて一か月ほどで破傷風で死んでしまった。
源内は生涯肩書を持つことを嫌い、
一かいの浪人として過ごし独身で身内もいなかった。
葬儀は、杉田玄白が執り行った。
玄白は彼の墓に
「嗟非常人、好非常事、行是非常、何死非常」
と記した碑を建てた。
その意味は、
「ああ、何と変わった人よ、非常のことを好み、行いも非常。
なんで死に方まで非常なのか」
正に、玄白の言うとおりの人だ。
殺人犯で獄中死。
このことが主因であろうと想像するが
死後、玄白を詐欺師云々のレッテルが張られた感がある。
しかし、私はこんな
元祖ミスターイノベーションが好きだ。
完。