縷々説明してきたように
日本初の形容詞を独り占めする源内は
文学においても同じ形容詞が付く。

江戸中期以降、戯作と呼ばれる小説が流行った。
https://goo.gl/tDGE0z

この戯作を上梓した第一号作家も源内だった。

ペンネームは風来山人。
処女作のタイトルは『根南志具佐』(ねなしぐさ)。

残念ながら、現在それを読むことはほぼ不可能に近い。
「青空文庫」等々でも探せないが、
当時のベストセラーだったと言う。


もう一つ歌舞伎ファンに最近注目を集めているモノがある。

私は歌舞伎に詳しくないが
『神霊矢口渡』と言う演目があるそうだ。

これを100年ぶりに中村吉衛門が復活させ
現在東京の国立劇場で公演中だそうだ。
http://goo.gl/qyh5ea

この『神霊矢口渡』を書いたのが、源内だ。

筆名は、福内鬼外。
福は内、鬼は外からとった名前だそうだ。

実にユニーク至極と感心する。

ストーリーは『太平記』が元と成っており、
新田義興が主人公だそうだ。

これがヒットすると新田義興を奉る
新田神社が大いに賑わった。

そこでそこの神主が源内に
この賑わいを商売にする手はないかと相談する。

相談相手は著者であり発明家であり
経営指導者であった源内だ。

源内が周りを見渡すと、そこは竹藪だらけ。

じゃぁ、この竹を使って魔除けを作って売ればきっと売れる。
しかも、仕入れもタダ同然とアドバイスしてできたのが「破魔矢」だった。
http://goo.gl/jl6icx

さて、そんな源内に不幸な出来事が起きる。

建築設計も出来た源内は
ある町人から今で云う邸宅のリフォームを受注する。

源内のことだ。
多分、画期的な図面を書いていたのだろう。

そして、施工中のある日。

その設計図面が見当たらない。

源内は、出入りの職人が盗んだに違いないと思い
職人を殺してしまった。

流石の源内もこれだけはどうしょうもない。

獄中に入れられて一か月ほどで破傷風で死んでしまった。

源内は生涯肩書を持つことを嫌い、
一かいの浪人として過ごし独身で身内もいなかった。

葬儀は、杉田玄白が執り行った。

玄白は彼の墓に
「嗟非常人、好非常事、行是非常、何死非常」
と記した碑を建てた。

その意味は、
「ああ、何と変わった人よ、非常のことを好み、行いも非常。
なんで死に方まで非常なのか」

正に、玄白の言うとおりの人だ。

殺人犯で獄中死。

このことが主因であろうと想像するが
死後、玄白を詐欺師云々のレッテルが張られた感がある。

しかし、私はこんな
元祖ミスターイノベーションが好きだ。

完。

マルチタレント平賀源内には、
日本初と言う形容詞がやたら付く。

当時の国力の差からして当然かとは思うが、
オランダ商人が持ち込むモノはべらぼうに高かった。

それなら見よう見まね自分でつくちゃえと考えたの源内だった。

エレキテルのことは既に書いたが、他にも
当時距離を測る道具であった「万歩計」を作り量程器と命名した。

温度計を作ったのも、源内が日本初である。

その2で書いたように田沼意次に認められた彼は、
江戸の著名人であり、マルチタレントぶりを聞いて各方面から
様々な依頼が届く。

川越藩からは鉱山開発の依頼が届き、秩父鉱山に入った。

竹取物語でかぐや姫が5人の求婚者に無理難題を強いる場面がある。

そのうちの一人にかぐや姫が持って来いと
命じたのは、「燃えない布」であった。

当時どいう用途があったのかは知らないが、
この燃えない布=火浣布=石綿=アスベストを
鉱山から採取したのは、源内だった。

これは日本初はもちろんだが、
ひょっとしたら世界初だったかも知れないらしい。

こうした知識の延長線上から
彼はそれぞれの地域の珍しい石に○○石とかの命名をした。

そうすると誰も見向きもしなかった石が
なんか貴重なものに思えて来るから不思議だ。

こうしてローカルの石屋さんが
江戸の邸宅の庭に石を納める様になり、彼らは潤った。

うなぎ屋を助けた「土用の丑」と同じ原理だ。

「地域おこし」や「産業振興」に一役買ったのは他にもある。

故郷讃岐国では、ここの土は唐津に似ている。

唐津焼があるならここでも焼き物が出来る筈だと
焼き物の指導をしている。

その名も「源内焼」と言う。https://goo.gl/SdGhjC

他にも「櫛」にやたらめったらの付加価値を付けた。

櫛なんかは、100円ショップで十分だが、
源内はそれを10万円でうれる商品にしている。

それは、「源内櫛」と呼ばれ、今も残る。
http://goo.gl/Bwaw2R

確か大阪でだったと思うが、
日本初の羅紗=毛織物の生産にも手がけた。

実際に羊4頭を飼育し毛織物を生産している。

その名も「国倫織」と言う。http://goo.gl/mPPQkG

国倫(くにとも)とは、源内の別名、雅号である。

さて、今日はもう一つ彼のとっておきの発明品を紹介して終わる。
それは、「マーストカートル」を発明したことだ。

有史以来日本の夏の大敵は「蚊」であった。

江戸時代には当然蚊取り線香と言うものは、あった。

源内は、煙がもっと拡販すれば、もっと蚊が取れる筈と考えた。

そして、その発明に取り組んだ。

原理は簡単。

蚊取り線香の近くにその発明品を置いて、
ハンドルを回すと風が出る仕組みにした。

それをぐるぐる回すと蚊が撮れる。

「回すと蚊取れる」と言う事から「マーストカートル」と命名した。

これホント。

源内とは、こういうユニークな人間だった。

これは源内が命名したかどうかは知らないが、
マーストカートルと命名した彼だからと言うことで
これももしかしたら彼が名づけたのでは・・・?
と言われるものが二つある。

それは、「サイテヤーク」と「オストアンデル」だ。

サイテヤークとは「割い焼く」と言う意味から、うなぎのこと。

オストアンデルは、「押すとあんが出る」からまんじゅうを指す。

ホントかどうかは、私は知らない。

以上、3回に渡って縷々源内について語ったが、此れでもまだ終わらない。

つづく。
昨日はちょっと端折って
源内が昌平坂学問所で学んだことを書いたが、
もうちょっと説明を付け加える必要がある。

そもそも昌平坂学問所とは江戸幕府直轄の
スーパーエリート校。

そこで学べるものは、各藩から推薦を受けたエースのみ。
それも佐幕派に限られたであろう。

だが、源内はと言えば高松藩を捨てた単なる浪人。


そんな何の肩書のない者が
昌平坂学問所など入れる訳がない。

だが、そこは源内。

偉い学者の推薦状一発で入ってしまった。

ただ、彼は勉強をそこでしようなどと言う思いはない。

そこに行けば将来を担う人材と知り合えると言う
正に「袖触れ合う縁」をも活かして見せようと言う心意気だ。

それともう一つ。

昌平校には寮があった。

つまりは、ただ同然で江戸で暮らせる言うのが彼が
同校で学びたいと申し出た由縁だ。

昌平校生と言うことで
彼は田村藍水(らんすい)と言う当時ナンバーワンの
本草学者に師事することとなった。

源内は本草学の発展の為に所謂博覧会とも言える
薬品会の開催を提言し実施される。

するとこれが大ヒット。

大会会長は田村藍水だが実質を取り仕切ったのは
平賀源内である。

この薬品会の盛会に目を付けた者がいた。
それが時の老中、田沼意次であった。

意次は経済活性化のために
源内をアドバイザーにした、まぁそんな感じである。

こうして源内の存在は江戸中に知れ渡ることとなった。

こうなると源内に色々な才能をもった者が近寄ってくる。

その中に「解体新書」で有名な中川淳庵と杉田玄白がいた。

源内はオランダ語が出来ないので翻訳の手伝いは
出来なかったが刑場へ一緒に出向き死刑犯の
解剖現場には、何度も同行している。

解体新書の中には、解剖図などが出て来るが
この絵の方で彼は貢献をしている。

実際には彼が描いてはいないが、
秋田藩から絵の達人を弟子にして、彼に描かせた。

絵と言えば、日本画しかなかった時代に
オランダ商人が出島に持ち込んだ油絵に興味を持ち
彼は模写している。https://goo.gl/ruRhMO


 我が国で初めて油絵を描いた画家。

それも源内である。

勿論それにまつわる諸々の道具。
絵具などの原型を日本で最初に考えたのも彼である。

まだまだ、彼の考案したものや
我が国ではじめて彼によって作られたモノは山ほどある。

今日は長くなるので、文学者としての彼を紹介して終わる。

起承転結を簡単に表すものに

「京の三条の糸屋の娘、姉は十八妹は十五、
諸国大名は弓矢で殺す 糸屋の娘は目で殺す」という言葉がある。

きっと、聞かれたことがあると思う。

正確なことは解らないが
これは源内が作った文章との説がある。

だが、私は源内ならあり得ると思う。

何故なら、彼は小説家であり脚本家としても
優れた才能を持ち合わせていた。

その辺は、また明日記す。

先日、平賀源内(1728-1780)について学んだ。

その名はそこそこに知れ渡ってはいるが
何をした人かと言うことまでは、殆ど知られていない。

ウィキペディアで調べると本草学者(漢方学)、蘭学者、
医者、発明家、俳人、画家、事業家などなど列記されている。

オールマイティーだ。

ゆえに、日本のレオナルド・ダ・ビンチなどと言われているが、
兎に角、会話がうまく「袖触れ合う縁」をも活かしてしまう才能の持ち主。


生れは、四国高松藩の下級武士の倅。

高松に行くと「栗林公園」と言うミシュランの3つ星に
ランクされた素晴らしい庭園があるが、多分本草学に精通していたため
藩主から大抜擢をされそこの管理を任されていたそうだ。

異例の出世だ。

だが彼は、大変な野心家で好奇心旺盛な青年だった。

高松なんかに留まる気は毛頭なかった。

父の死後、家督を妹の旦那に譲り
自分は長崎、大阪生活を経由し人脈を作り上げ江戸へ出た。

江戸では何と、今の東京大学の前身とも言われる
林家の昌平坂学問所、そう佐藤一斎が大学頭(だいがくのかみ)を
務めたところに入ってしまう。

虎は死して皮を残し、人は死して名を残す。

本来なら彼の名はもっと残っていなければならない筈だが、
彼は殺人を犯し獄中で死んでいる。

そんなことも関係あってか、彼の名は埋もれてしまっている。

そこで、彼の実績を紹介したいと思う。

一番有名なのが「エレキテル」(医療機器)の発明。
まぁ、実際には発明でなく壊れていたものをオランダ商人から
買って修理したと言うのが本当らしい。

続いて、現在も残る風習の
「土用の丑にうなぎを食べる」ちゅうやつ。

彼の時代には、うなぎの旬は秋以降のだったらしい。

そこである人が源内先生に
「どうしたら一番暇な夏にうなぎが売れるか」と問うと

土用の丑の日にうなぎを食べると夏バテしないと言う
キャッチコピーを作ってくれた。

これが大ヒット。

その後、300年たった今でもその習慣は残る。

まだ、まだいっぱいある。

今日は時間がない。また書くことにする。
大阪府知事選挙と市長選挙に維新が圧勝した。

実に喜ばしい。

この選挙、表向きは、
維新VS自民、公明、民主、共産、その他諸々。

つまりは、維新VS全既存政党と言うことだ。

この図式で勝ったことに大阪府市民の意図が読み取れる。


最大の焦点は、もちろん「大阪都構想」の是非だ。

結論から言うと、都構想反対の自民党候補者に
入れたのは、民主党と共産党支持者+αと言うことだ。


労組を支持母体とする民主党は、
既得権益が脅かされる都構想には断固反対。

府と市が一つに成ったら、
府市民には喜ばしいが、自分が困る。

ゆえに、自民党候補者に投票。

もう一つ、共産党は、
所詮共産主義が未だにBESTと思い込んでいる政党なので、
解説不可能だが、間違いなく自民党候補者に入れている。

その他の政党は、無視。説明しても意味ない。

なぜなら、所詮支持率ゼロもしくは、
それに毛が生えた程度であるからである。


私の言わんとするところは、自民党支持者には、
大阪都構想に賛成している者が極めて多いと言うこと。

そう。彼らが維新候補者に投票した。

その結果の大差だったと言うことだ。

大阪自民は、今回の結果で
自分達が浮世離れしていることを再認識すべきである。

私が、なぜ大阪都構想を支持するか。

その理由は、4年前に何度も書いた。

お読みいただければ、必ずや理解頂けると思う。

※PS ②③の中に「一道、三府、四十二県」としたのは誤り。
 多分「一道、三府、七十二県」だと思う。


①大阪都構想
http://ameblo.jp/central1961/entry-11029769297.html

②大阪都構想を知る、その1「廃藩置県」
http://ameblo.jp/central1961/entry-11058652092.html

③大阪都構想を知る、その2「市町村制」
http://ameblo.jp/central1961/entry-11058687447.html


④大阪都構想を知る、その3「平成の大合併」
http://ameblo.jp/central1961/entry-11064132852.html


⑤大阪都構想を知る、その4「欧米にみる合併手法」
http://ameblo.jp/central1961/entry-11066592604.html



岐阜新聞の「素描」の連載が先月末で終わった。

その最後に、このブログでも紹介した
「国の借金は国民の資産」http://ameblo.jp/central1961/
を記した。

「素描」は何せ660字と言う字数制限がある。

そこで、それに書ききれなかったことを
より詳しく書く形で、この同友会の「春風秋霜」で2か月間に
分けて書くこととした。

先ずは、その前編がオープンにされたので載せる。


経済同友会 春風秋霜 
10月号  「ダマし文、ダマし記事」

 

これから「ダマし絵」ならぬ「ダマし文」を書く。

小学校2年生の算数の知識があれば解る単純なトリックだ。
是非見破って、否、読み解いて欲しい。

3人の日本人がアメリカへ行き、
とある街のホテルのトリプルルームに一泊することにした。

チェックイン時に30ドルと言われ、割り勘で一人10ドルずつ払った。

その直後、フロントマンが、その部屋は、
キャンペーン中で5ドル引きの25ドルだったことに気付いた。

彼は直ぐにボーイを呼び5ドルを渡し、
日本人3人に返して来いと命令した。


ところが、このボーイは、2ドルを自分のポケットに失敬し、
残りの3ドルを日本人に1ドルずつ返した。

3
人は10ドル払い1ドル戻って来たので、
一人当たり9ドル支払ったとことになる。

と言うことは、3人×9ドルで総額27ドルの支払いだ。

しかし、その27ドルにボーイがくすねた
2ドルを足しても29ドルにしかならない。

だが、間違いなく最初に30ドル払っている。
一体全体1ドルはどこへ消えてしまったのか?と言う、問題である。

解る人は直ぐにピンと来るが、
トリックと言うものは、あれこれ考え出すと難しくなる。

敢えて、この問題の答えは伏せるが、
次に記す「ダマし記事」では、種明かしをする。

似たり寄ったりのトリックなので、それを参照に解いてもらいたい。

もし、考え過ぎて迷路に入ってしまった場合は
同会事務局の当コラム担当者、今尾泰子さんまでお問い合わせ願いたい。

 
では、「ダマし記事」を紹介するが、もちろん私が書いたものではない。

私はそんな悪人ではない。

これは、日経や朝日や中日などなど、
全紙が悪びれることもなく正々堂々と書いた、今年の7月の「ダマし記事」だ。


それが、これだ。

「財務省発表、国の借金1053兆円。
総人口で割ると国民1人当たり約830万円の借金」と、言う記事。

一見まともに思えるが、悪質なトリックが隠されている。

こんな財務省とメディアの権謀術数に欺かれてはいけない。

今回は「3人のホテル代」と違って、
小二の算数だけでなく国語の能力も求められる。

それでは、種を明かす。

先ず、「国」と表現することから、既にトリックが始まっている。

なぜなら国と言う抽象的な単位では借金出来ない。

ここで言う国とは、日本国政府のことである。
つづいて政府の借金にもいくつかあるが、その大半は国債である。

政府は国債を発行して誰かに買ってもらってお金を手にする。

現在、日本国政府の発行する国債は、
全て自国通貨である円で発行されており、その94%を日本国民が購入している。

つまり、政府は債務者だが国民は債権者と言うことだ。

国民は政府にお金を貸している。

貸したお金を借金とは呼ばない。資産と呼ぶのが正しい日本語だ。

債務者の借金合計を債権者の数で割ると
債権者一人当たりの借金になると言う荒唐無稽な計算式だ。

こうした「ダマし記事」が元と成って、
「次世代を担う子供たちに我々の代の借金を押し付けてはいけない」などと言った、
誤った世論が形成されている。

そして、それを回避しなければと、
増税と緊縮財政が実施されて来た。

そこに我が国の経済がデフレに陥った真因がある。

脱却しきれないのも然りだ。

はたまた、メディアは、「いずれ、日本が破綻し国債は紙切れになる」
「ハイパーインフレが起きて国民の資産が奪い取られる」などとも書き立てている。

勉強不足なのか、
国家転覆が目的なのか知らないが、それも「ダマし記事」に他ならない。

そのダマしのテクニックを暴き出すと長くなり過ぎる。

また次回にでも記すこととする。

9月10月の2か月間。
毎土曜日に寄稿した「素描」も最終回となった。

今回3度目となる「素描」の執筆依頼を
もらった時に絶好のチャンスが来たと思った。

ブログでは、さんざんメディア批判をしてきたが、
それをマスコミが発信する公のコラムの中で出来る。

私的なブログとは全然違う。
最終会は、徹底的にメディアを批判してやろうと最初から決めていた。

実は、一回目の「李登輝学校で学んだこと」
http://ameblo.jp/central1961/entry-12072922969.html


を書いた時に表現内容に注文が入り、
私の意思とはかけ離れたゲラが送られて来た。

もちろん、私が認める筈ない。

そんなんやったら、最初から私を選ぶなと文句を付け
先方の表現を拒否し、キャッチボールをした上で違う表現で記した。

そして、この最終回の原稿。

メディアは「小学生にも劣る」とか「不勉強も甚だしい」
「読むに堪えない」「素人的論調」と、事実だからしょうがないが、
敢えて挑発的に表現した。

もし、私の表現を拒んだら、
それをまたブログで書きまくって、
大学でも講演でも半沢直樹並に最低でも
「十倍返し」くらいは、してやろうと思ったら、
初回に注文を付けたことが、功を奏したのそのまま載った。


文末にも記したが、特に政治と経済において
素人的で大衆迎合的な全メディアに、猛省と猛勉強を望みたい。

では、最終回を。


素描 10/31(土)

「国の借金は、国民の資産」

 

「国の借金一千兆円。国民一人あたり、八百万円の借金」。

こんな記事にダマされてはいけない。

ここでの国とは日本国政府を指す。

政府の主たる借金は国債。
政府が発行する国債の94%は日本国民が購入している。

よって、債務者は政府で債権者は国民だ。

債務者の借金と債権者の資産は一致する。
故に、国民一人当たりの借金ではなく資産が
あることぐらい小学生にも分かる。

日本の借金はGDP比率でギリシャより悪いと、
デフレ下においても消費税増や緊縮財政を主張する記事もある。

不勉強も甚だしい。

日本国債が100%
自国通貨の円で発行する内債であることを知らないとみえる。  

今世紀になって
アルゼンチン、ウルグアイ、アイスランドの3か国が破たんした。
それらの国の借金の
GDP
比は、順に45%、58%、96%と日本以下。

つまり、問題は比率ではない。

破綻した国は自国通貨に信用がなく、
ドルや円建ての外債を発行していた。

どの国も外貨の発行は出来ない。
故に、破綻は常に外債を原因とし、
内債で破綻した国は、有史以来一国もない。 

国債の信用度は金利に反映される。

ドイツ国債は日本の倍の金利。アメリカは4倍だ。
日本国債の信用度は世界屈指である証だ。

加えて、我が国以上の対外純資産髙を持つ国はない。

日本は世界最大の債権国であり、
外貨準備高も世界第2位でEU全体の倍を有する。

経済の本質を度外視し
GDP比だけを示して国民に誤解を与える記事は読むに堪えない。

経済だけではない。

政治記事にも素人的論調が目立つ。
メディアに猛省と猛勉強を求め、三度目の「素描」を終える。

大多数の国民は、
我が国の政治システムに憂いているのではなかろうか?

現内閣以前は、毎年のように総理が変わった。


選挙目当てと言うかなんちゅうか
レッテルを張ったり、揚げ足取りや選挙区の盆踊り参加に
忙しくて、真面目に政治に取り組む土壌が出来ていない。

その理由はいろいろあろうが、
諸悪の根源は、私は二院制にあると思う。

二院制を批判するのは、実は勇気がいる。

それは、意見を広く聞けるとかダブルチェック機能とかが
定説になっているが、よくよく調べてみるとそんなことはない。

政治が停滞するリスクの方がずっと髙い。
だから、階級制廃止と同時に一院制に戻した国が大半だ。

確か小学校の、あるいは中学の社会で
日本はイギリスの政治を真似て二院制に云々と学んだ記憶だ。

だが、イギリスの上院は大所高所からモノを言う名誉職的存在であって、
事実上イギリスは一院制であることは知られていない。


詳しくは、本文にしるしたが、
階級制度のない日本に二院は不要だ。

憲法14条で貴族制度を認めないと謳って
42条で国会は衆参の二院制で構成されると言うのに矛盾がある。


ただ、アメリカの様な連邦制国家は二院制が必要とされる。
その理由は過去に書いた。もし、ご興味あらば。
http://ameblo.jp/central1961/entry-11496218404.html




素描八回目1024日 「日本の二院制に思う」


近代社会学の巨匠マックス・ウエーバーの著書に
政治家には
政治を収入源とする「政治によって生きる政治家」と、
政治に収入を求めない「政治のために生きる政治家」の二つが存在するとある。

もし全ての政治家が後者ならば、政治は庶民の手から離れてしまう。

よって、政治を収入源とする政治家の存在は必然である。

だが、今日二院制を採用する国で政治を収入源とする政治家が
両院を独占しているのは、連邦制の国を除けば我が国くらいのものである。

民主国家では、政治家は選挙で選出される。

すると、選挙を最優先とし近視眼的で大衆迎合主義に陥り易い。
そこで各国は「政治のために生きる政治家」を国政に関与させ、その弊害を防いでいる。

イギリスの貴族院は、その代表例だ。
彼らには選挙も任期も定数も所属政党もない。

故に国家百年の計を論じ得る。

そもそも「院」とは、階級間抗争が絶えなかった中世ヨーロッパ
における階級別議会を起因とし、スウェーデンでは四院制の時代すらあった。

イギリスは今も階級制社会ゆえに二院が存在するが、
階級制を撤廃した国の多くは一院制に戻している。

また、階級制廃止後も二院制を敷くフランスは、
上院は国民による選挙ではなく地方議員によって間接的に選出され、
党派に支配されない「政治のために生きる政治家」の院としている。

本来、階級制度のない我が国に二院が存在する大義はないが、憲法にはそうある。

ならば、それが改正されるまで、
上院の議席は「政治のために生きる政治家」に与え、
政党政治の及ばない良識の府とすべく制度に改められるべきである。

七回目の「素描」を載せる。

字数の関係で書き入れなかった部分は、本文の後に記す。



素描 「誤用」10/17

  
言葉は、時代と共に変わる。

今日では「失笑する」「世間ずれ」「敷居が高い」等は、
誤用が定着してしまった感がある。

昨今目立つ誤用の中から気になるものを二つ指摘したい。

一つ目は「同級生」。

初対面同士が、同年生まれと解ると、
俺たち同級生などと言っているが、二人は同学年ではあっても同級生ではない。

二つ目は「お愛想」。

これは、お支払して頂くお客様を愛想よくお見送りなさいと、
店の主人が店員に掛ける言葉だ。
客が使ったら失礼になる。  


誤用の中にはいつしか日本語になってしまったものもある。

代表例は「日本史」だ。
そもそも「日本史」とは外国人が日本の歴史を学ぶ際の表現であって、
母国史を学ぶ教科名は「国史」が正しい。

母国語の教科を「日本語」ではなく「国語」と呼ぶのと同じだ。

日本を骨抜き国家にすることを使命としたGHQ
学校教育から道徳・宗教・歴史を抹消する教育方針を立てた。

それを基に、
戦後教科名を「国史」から「日本史」に変え、建国の由来等の記載を消した。

そして、もう一つは、「中国」。
中国と言う言葉は、始皇帝が秦を統一する以前からある。

故にいん・周から元・明・清までの
幾多の王朝の別称でも中華民国や中華人民共和国の略称でもないことが解る。

中国とは
秩序における中心的国家を意味し、
宗主国と従属国の間で、後者が前者を呼ぶ際に使用された。

誤用とは言え、日本語化してしまった
「日本史」と「中国」を、今から正しい日本語に戻すには
相当なエネルギーを必要とし、極めて難しかろう。

しかし、その経緯ぐらいは、知った上で使ってもらいたいと思う。


①失笑する。

現在は、「あきれた時に笑う」で使っていることが多いが、
本当の意味は、「笑ってはいけない場面で笑う」が本当の意味だ。

②世間ずれ

世間知らず、世間の考えから外れていることをではなく、
本当の意味は、世間にもまれてずる賢くなっていることを言う。

③敷居が高い

あのお店は、敷居が高くて入り辛いは間違い。
自分に非があって、義理を欠いているので行き辛いが正しい。


他にも、「情けは人の為ならず」「犬も歩けば棒に当る」
「確信犯」「A級戦犯」などなど誤用が、大手を振って歩いている。


続いて「同級生」。

これは本文中に書いたが、
同学年、同年生まれとは全く違う。

同じ学校の同じ学年に在籍した人のみが同級生だ。
英語のクラスメイトとは、ちょっと違う。

クラスは別でも同級生になる。


その次。「お愛想」

これは、本文に記した通りの店側の「隠語」である。

客が言ったら、今では誰もそうは思わないが、
本来なら「愛想良くせよ」とか「愛想を尽かした」と言う意味になろう。

他に、ついつい使ってしまう隠語もある。

寿司屋の上がり、ガリ、むらさき等は全部隠語だ。
客は、お茶・しょうが・醤油と言うべきだろう。

そして、日本史。

この教科名にしたのは、GHQの権謀術数である。

だから、日本史の教科書には
国の成り立ちも初代神武天皇の記述もない。

アメリカの歴史教科書に初代大統領ワシントンの名が
出て来ないことなどあり得ることでは、ない。

中華人民共和国のそれに
毛沢東の記載がないこともあり得ない。

慶応の案内書に福沢諭吉の、
パナソニックにに松下幸之助の名がなかったら、
誰しもおかしいと思うに違いない。

ところが、日本の教科書にはそれがない。おかしい。

もちろん「国史」には、あった。


最後は「中国」。

これは、何度もいろんなところで話し、書いた。

本文を読めば、少なくとも
中国は国名でないことはお解り頂けると思う。

もし、お時間あらば、
過去に書いたブログにその詳細を記したので
是非とも、お読みいただきたい。


阿部伸一郎のブログ
気になる日本語「中国編」その①②③

http://ameblo.jp/central1961/entry-10855362178.html

http://ameblo.jp/central1961/entry-10856123984.html

http://ameblo.jp/central1961/entry-10858606252.html

 


本文中に記したが、
柄にもなく、滋賀大学経済学部の講師を拝命している。

私ごときが、旧高等商業学校(彦根高商)http://bit.ly/1Rc8igQ
を前身とし100年近い歴史を持つ国立大学の教壇に立つのは、
全く持って不釣り合いだが、名誉なことこの上もない。

ちょっと解説を加えると、

文中の挨拶によるイノベーションは、
以前にブログに記した多治見CCのことである。
http://ameblo.jp/central1961/entry-11048407827.html

このゴルフ場は、
昔から茶店をはじめとするあらゆるところで
初めてのお客さんでも名前で呼ばれる。

メールのない時代に
フロントから各所にファックスで何組目の4人は、
赤いシャツがAさん、Bさんは銀縁のメガネ、
Cさんはヒゲ。Dさんはショートパンツ云々との連絡していたそうだ。

ホテルに宿泊してフロントに電話すると
「はい。○○様」と呼ばれるのが今では当たり前になったが、
それをゴルフ場に応用しサービスの向上の切り口にした
と言うのが、ここのイノベーションだ。

また、字数の関係で紹介しなかったが、
先般は、ロスチャイルド家のイノベーションに次ぐ
イノベーションのことをパワーポイントの図解を作成して話した。

こちらも4回に渡って書いた。もしご興味あらば。
http://ameblo.jp/central1961/entry-12014886028.html

http://ameblo.jp/central1961/entry-12015299542.html

http://ameblo.jp/central1961/entry-12015481469.html

http://ameblo.jp/central1961/entry-12015757593.html

こうしてみると、
ブログで書いていることは、結構色んな所で役に立つ。

では、先週土曜日の「イノベーション」を。


素描 「イノベーション」

10/10

 
昨年より滋賀大学経済学部の講師を拝命している。

現役の経営者が講義する「現代の経営」と命名される同校の伝統的プログラムで、
私が受け持つのは「イノベーションを如何に生み出すか」と言うタイトルの授業。

著名企業の経営者が名を連ねる講師陣の中で、
他県の無名経営者に過ぎない私が任命を受けたのは、
大学側が弊社の「建設と介護の複業化」ビジネスモデルの存在を知り調査した結果、
これは面白いと言うことになったからだそうだ。

学生数五百人弱。時間は90分。

前半は、イノベーションは、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズなどの
一握り天才のみがなし得るものではなく、誰しもの手の届くとこにあると言うことを、
挨拶やネーミングに工夫を凝らし企業価値を劇的に向上させた例を中心に話す。

そして残りの半分の時間で建設と介護と言う一見全く関係の無い
二つの融合から生まれた弊社のビジネスモデルを解説して90分が終わる。

「教うるは学の半」とは正にこのこと。

授業前にはかなりの勉強を強いられる。
その準備中に企業の平均寿命は23.5年しかないこと学んだ。

弊社には、18歳の新入社員がいる。65歳定年まであと47年。

企業の平均寿命の倍だ。その時は私の代ではない。

しかし、私が採用した職員が
生涯働ける会社であるよう道筋をつけておくのは、私の責任である。

不易流行。

企業は、時代に流されず
時代と共に変化しイノベートし続けなければならない。

難しいが、そのマインドを
全社員が共有する企業文化を創造し根付かせること。

それが、私に科せられた使命であると思う。