4月10から17日までの8日間、ドイツのミュンヘンで行われた
「BAUMA(バウマ)」と呼ばれる
世界最大の建設機械展示会に行って来た。
http://goo.gl/mEzHXd 

開催は、三年に一度。

今年は、世界中から3420社が出展。
見学客は、三年前のデータを見ると200か国から53万人。

お陰でミュンヘンの街は、
レストランもホテルもBAUMA客で大賑わい。

ホテルの宿泊料は、通常の3倍に跳ね上がる。

そして、ミュンヘンと言えば、ビール。

着いた夜に、私をBAUMAに誘ってくれた会社の
社長と専務と合流し、最も有名なビアホールと言われる
「ホフブロイハウス」へ早速繰り出した。https://goo.gl/0YZWMb

この店、なんと3.000人が入る。
店内の雰囲気は、無形文化遺産モノ。

凄いとしか言いようがない。

写真ではイマイチ雰囲気が伝わらないので是非
このYOUTUBEをご覧いただきたい。https://goo.gl/k496Vz

我々が、店に入ったのは
21時ころだったと思うが、満席で立錐の余地もない。

要領が解らず、暫く店内をぐるぐる回っていると
どうやら空いた席に勝手に座れば、そのうちに
ウェーターがやって来ることが解った。

20分ほど回って、何とか3席確保した。

そこで、発見したことが一つ。

最初は、ミュンヘン名物の
「シュヴァイネハクセ」http://goo.gl/7jn4yV
を、ガイドブックの写真を見せて注文した。

その後は、酔った勢いで、カタカナ読みで
「アイスバイン」https://goo.gl/R5tpJD
「ザハークラウト」https://goo.gl/NJW7gmと注文すると一発で通じた。

英語だと滅多に通じないカタカナ読みが、ドイツ語だと結構通じる。

そんな変な自信をもって、32時間の長い一日が、終わった。


民主党と維新の党が一緒になる際に、
党名をどうするかで、もめた。

最終的に「立憲民主党」と「民進党」に絞り
世論調査の結果、民進党と決まった。

その民進党が一昨日、誕生した。

民進党の誕生は、同時に民主党と言う政党名と
維新の党と言う政党名が消えたことを意味する。

早速、「おおさか維新の会」は、「維新」を名乗る政党が
他にいなくなったことから、「おおさか」と言う限定された名称から
「日本維新の会」などの幅広い名称に変更する案が浮上している。

さて、世論調査前、民主党としては、
新党名を「立憲民主党」としたかったようである。

もし、党名変更がうまく浸透しなくて、
民進党と書いてもらえなかった時のことを危惧してである。

立憲民主党ならば
略書を「民主」として民主と書いた票も有効になると言うことだ。

しかし、民進党と決まれば、
民主党と書かれた票は、死票もしくは、
自由民主党と社会民主党に按分される可能性すらある。

しかし、だ。

それは、取り越し苦労と言うもの。

たとえ、党名が変わったことを知らなかったとしても、
そもそも、民主党と書く人は、心配するほど多くはなかろう。

この一年間、岐阜県経済同友会の月報に
連載して来た「春風秋霜」も今回で最終回となった。


いろいろと書きたいことだらけで、
結局、仕事のことは書かず仕舞で終わってしまった。

最終会の今回も、あれもこれも書きたくて迷ったが、
余りにも平和ボケした感がある日本に目覚めてもらいたい
と言う一心から、『孫子』を紹介することにした。

我が国では、よく『孫子の兵法』と呼ばれるモノである。

ただ、このタイトルは俗称で、
本当のこの著の名は、『孫子』だけである。

尚、この「春風秋霜」と岐阜新聞に連載した「素描集」を
弊社ホームページにPDFで載せたので、ご報告まで。

「春風秋霜」
http://www.central1961.com/images2/shunpuushusou.pdf

「素描集」
http://www.central1961.com/images2/sobyou.pdf




春風秋霜 3月号 『孫子』に学ぶ

 

紀元前五百年頃。

周王朝末期の春秋戦国時代に孫武(孫子)が、
上梓したとされる世界最古の兵法書『孫子』。

この著を戦の指針とした武将は、
曹操、ナポレオン、徳川家康など数計り知れない。

また、近年においても松下幸之助やビルゲイツ等の
カリスマ経営者や著名な野球監督が愛読していたことは
良く知られており、ビジネスやスポーツの世界における
リーダー必読書とまで言われている。

また、今日アメリカでは陸軍士官学校である
ウエスト・ポイントをはじめ戦略学や軍事学を
教える学校の必読教材と成っていると言う。

武田信玄の旗印である
「風林火山」や、諺の「呉越同舟」「巧遅は拙速に如かず」
「敵を知り己を知れば百戦あやうからず」の出典もこれからである。

君主と将軍のあるべき姿勢、戦略立案、戦術行使、組織の在り方、
人心掌握術などなど、この本から学ぶべきことは多い。

しかし、この著の中心的命題は、それらではない。

それは、この一文
「百戦百勝は善の善なる者に
あらざるなり。
戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」ある

つまり、戦とは、全戦全勝善しとするものではなく、
如何に戦わずして知恵で勝つにあるものだ。

そして、その手法を「兵とは
どう
なり」と記している。

詭道とは
ダマすことを意味する

つづいて

・・必ず人に取りて敵の情を知る者なり」とある。

この意味は、うわさなどに頼らず、
必ず
かん(スパイ)を送って相手国の情報を得ようことだ。

その後に「間を用うるにあり」とスパイにも五通りあり、
それを駆使して欺くことが
戦わずして勝つことに通じる述べている。

さて、私が今回この『孫子』を紹介するのは、
リーダー論や組織論として読んでもらうのも佳いが、
それ以上に純真を旨とする日本人に国際社会の荒波を
生きる処世訓として、読んでもらいたいと思うからである。

何故ならば、この『孫子』に記してあることは、
今なお、国家間の駆け引きの基本に位置するからだ。

よって、この著をしっかりと学んでおけば、
外交、防衛、領土、歴史問題などにおける相手国の腹の内を理解し、
日本は如何に対処すべきかを判断することが可能になる。

この『孫子』は、十三篇から構成されている。

第一篇は、
開戦前に考慮すべきことが述べられ全篇の序論にあたる。

第二篇以降は、
戦争の流れを時系列で解説しながら
具体的戦術や部下の統率法などが記されている。


その中で、私が真っ先に目を通してもらいたいのは、
「計篇」(第一)、「謀攻篇」(第三)「用間篇」(第十三)の三つである。

原文は無視し、
口語訳を中心に気になる箇所で現代語訳に目を移せば理解が進む。

三篇足してもページ数は二桁に届かない。

直ぐ読める。

本書の命題である、
“戦わずして勝つ”ための水面下のかく乱方法、
謀略戦の多くはこの三篇に集中している。

そこに記されている権謀術数の数々は、
二千五百年が経過した今日も変わることなく縦横無尽に行使されている。

特に、スパイ防止法がない我が国には、やりたい放題。

メディア操作など朝飯前。

政治家や官僚の取り込みもお茶の子さいさいと、言ったところだ。

我が国は、
道徳心に富み性善説が通用する稀有な国である。

それは素晴らしいことだ。

しかし、かの国々との関係で通用するものではない。

特と、『孫子』に学ぶ必要がある。

おかしな世の中になったものだと思う。

自動車免許を取る時に
ハンドルやブレーキには「あそび」が必要であることを習う。

切って直ぐ曲がるハンドルや
踏んで直ぐ効くブレーキは、危険で
適当なあそびが安全に通じることを知らないドライバーはいない。

これは、人間にもあらゆる組織にも
何にでも当てはまる万能の法則だと思う。

醤油だって一升飲んだら死ぬ。
しかし、醤油なしの刺身はいただけない。


さて、野球賭博関与に揺れる巨人軍が、
監督からコーチ、選手、そして球団職員、
合計299人にヒヤリング調査をしたそうだ。

野球を職業とする者が、
その野球で賭け事をするのは許されることではない。

或いは、反社会的勢力との付き合いも言語道断である。

そうしたことは、徹底的にヒヤリングすべきである。

しかし、今回の調査項目には、賭けマージャンやゴルフが
入っていて、その人数まで発表した。http://goo.gl/FqvK93


再発防止に徹底的に取り組む姿勢を強調した
ものらしいが、間抜けさ、アホらしさを感じる。

流石に、話を広げ過ぎである。

仲間内でする麻雀やゴルフでのそれは、
ブレーキやハンドルのあそび、寿司に付ける醤油の類だ。

魔女狩りに似ている。

まぁ、あり得ないことだが、
もし、巨人軍関係者に麻雀やゴルフに誘われても、
私は、謹んでお断り申し上げる。

今回の訪台で台湾人ガイドが話す日本語に
「とうさん」と言う熟語が、しばしば出てきた。

意味が理解出来なかったので
「とうさん」「とうさん」と言うが何のこととかと聞くと、
それは、「党産」のことだと解った。

「党の資産」のことだが、
具体的には、「国民党の資産」のことを指す。

李登輝総統が誕生し民主化に手を付ける前の
台湾は、国民党の一党独裁でやりたい放題であった。

日本統治時代の資産なども
国家でなく国民党がほぼ一人占めした。

まぁ、国家イコール国民党だった訳だ。

その後も、総統選を落としたことはあっても
立法委員(国会議員)では、常に第一党であった。

ゆえに、国民党は国内外に莫大な資産を有する。

そしてそれは、現在においても
不動産、製造業、金融、サービス業、マスメディアなど等
ありとあらゆる企業を傘下に収める。

政党と言うよりも一大産業グループである。

そして、先の総統選で
国民党候補は、ダブルスコアで完敗した。

立法委員(台湾は一院制)でも大敗し、
初めて、しかも大幅に過半数を割った。

与党と成った民進党や時代力量は、
既に、この党産に手を付ける法制度の準備を進めている。

利益で結びついていた政党故に、
党産が切り崩されれば、雲散霧消となることは、間違いなかろう。

金の切れ目が縁の切れ目と言うやつだ。

国民党が衰退すると、
一番面白くないのは、中華人民共和国共産党だ。

これから様々な嫌がらせが起きよう。

その第一弾は既に放たれ、中華人民共和国からの
観光客が激減しているそうだ。

そういう全体主義的体質を嫌うからこそ、
中華人民共和国に寄り沿う国民党は、
国民から三行半を下されたのが解らないとみえる。

北風で台湾人のコートを吹き飛ばすことは出来ない。

もう一度、イソップ物語を学ぶがいい。

がんばれ、台湾。

台湾、加油。


我が国が、台湾を統治した手法は、
欧米列強の「採取型植民地支配」とは真逆の、
「内地延長型」であったことを前回記した。

この「内地延長型」とは、
統治国を自国と同等に扱うことである。

その2で記した様に、1895年以前の台湾は、
清国が「化外の地」と呼ぶほど荒れ果てていた。

そこにやって来た日本は、先ずは教育が大切と考え、
統治が始まって一か月後には、日本全国から集めた
優秀な7名の教師を台湾に送り込み、
台湾史上初めての公立の小学校を作った。

今回、実際に我々もその場所へ足を運んだ。

当然だが、貧しい食うに精一杯の環境の中で
学校が出来たからと言って、生徒が集まる筈がない。

ところが、集まった。

否。集めた。

何と、学校に来て学ぶ生徒にはお金を出して集めたのである。

この学校を皮切りに、
日本は台湾中に学校を建てて行く。

話しは戻るが、前述の7名の教師の内、6名は後に匪賊に
殺されてしまう。https://goo.gl/S0wqZ0

実は、彼らは匪賊が襲いに来るから逃げろと
台湾人からの情報を得ていた。

しかし。

「死して栄誉あり、死に甲斐あり」と教育の場を離れなかった。

その亡骸は「6士先生の墓」として学校のある丘にあり、
今尚、台湾人の手によって丁寧に管理されている。

台北を訪れた際には、
是非お寄り頂き説明を受けてもらいたいと思う。

きっと、涙されると思う。

さて、日本は学校同様に、各地に病院も建設し解決不能と言われた
衛生状況を一変させ、アヘン吸引の根絶にも成功した。

また、ダムや灌漑用水を建設し、全域に電気を供給した。

その功労者として台湾の教科書に載り、
台湾中で知らない者はいないと言われ英雄が、
八田與一である。https://goo.gl/21D2nu

この八田與一や児玉源太郎、後藤新平の名は、
台湾の人が日本人と親しくなれば、必ず出す名前である。

ところが、戦後はGHQによる「戦争の罪悪感を日本人に植え付ける」
「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」(WGIP)が
https://goo.gl/raBWvA
見事に功を奏し彼らの名を教えることはタブー視されてしまった。


八田與一に関しては、彼の偉大さが解る動画を発見したので
是非ご覧いただきたい。https://goo.gl/MIqAkp

こうして、不毛の地と言われた
地域は、アジア有数の穀物地帯となって行った。

後に、後藤新平は初代東京都知事となり、
関東大震災後の東京を甦らせることに成功するが、
台湾では、台北の都市計画を指導し、東京に水道が
引かれる前に台北に水道を引いてもいる。

また、後藤新平は、アメリカに居た新渡戸稲造を台湾に呼ぶ。

北大の二期生で農業のスペシャリストでもあった
新渡戸稲造は、砂糖キビ生産、製糖業の近代化をもたらし
台湾経済発展の礎を築いた。


今、記したことは、日本が台湾にした
「内地延長型」統治のほんの一部に過ぎない。

欧米列強が植民地化した手法とは、訳が違う。

ゆえに、あの東北の大震災の時も
台湾国民は、200億円以上もの寄付金を寄せてくれたのである。

無論、日本の台湾統治を全肯定するつもりはない。

しかし、1945年に日本に代わって台湾を統治した
蒋介石の国民党政府と比較すれば、その差は一目瞭然である。

日本が去った僅か2年後には
国民党による大虐殺「二・二八事件」が起こる。
https://goo.gl/UYR9X0


私も今回の訪台で知ったことだが、
先の選挙で大敗した馬英九まで続く国民党の酷さはまた追って書く。


だが、幸いなことに国民党は、
間違いなく、近々に雲散霧消となる。

正に今、台湾の夜明けが始まろうとしている。
昨日書いた、我々にレクチャーしてくれた新聞記者は、
台湾駐在の日本人記者の中で最も著名な方である。

台湾関連の情報ソースとして「S氏」情報と言ったら
先ず間違いなく、この方である。

それだけ、台湾に詳しく信頼されているのだが、
S氏が所属する新聞社は、日本の誰もが知る社で
左よりで有名なところだ。

何で、こんな正論を言われる方が、あの新聞社の
記者なのかと講義を受けた者、全てが驚いた程だ。

このS記者が、実際に取材してまともなことを書いて
東京本部に送っても本社の政治的スタンスに不都合とみえて
まともには取り上げてくれないと嘆いておられた。

そんな偏向報道が蔓延しており、我々日本人が、
まともに世界のことを知り得ることは容易でことではない。

ゆえに、多くの日本人はアジアの国々は反日国家と
思い込んでいる節があるが、実際にそうなのは、
韓国と、1990年以降の中華人民共和国だけと言って佳かろう。

中でも、台湾は、大の親日国である。

先ずは、歴史を振り返り
何故、台湾がそこまで親日なのかを知ることが大切である。


それは、日本のメディアから情報を取っている方には
不思議なことと思われるだろうが、日清戦争後に、
日本が台湾を統治していたことに起因する。

そもそも、1895年に日本が統治するまでの台湾は、
マラリアやコレラが蔓延し、匪賊が跳梁跋扈するどうし様も
ない土地であった。

加えて、アヘン中毒者で溢れ人心も土地も荒廃していた。

こうした台湾を清国は、
文化や文明の及ばない「化外(けがい)」の地として放棄していた。

よって、清国もこれ幸いと下関条約で台湾を日本に譲渡した。

異国を統治すると言うことは、
西洋列強以外では、日本が初めてであった。

そこで日本は、西洋列強にバカにされてはいけないと
統治方針を定めた。

それは、列強が植民地を虐げ原住民を奴隷とし手当たり次第に
採取しようとした「採取型植民地支配」とは真逆の、
統治国を自国と同等に扱う「内地延長型」と言うものであった。

この「内地延長型」を書き出すとキリがない。

長くなる。

こんなことは、本来教科書にも載せ
学校教育やメディアが伝えることで私がすることではないが、
その一部を「その3以降」で記すこととし、今日は、終えることとする。


此度、李登輝友の会の研修で台北を訪問した。

先ず、驚いたのが台北の寒さ。

出発の朝の恵那の気温が-2度だったので
コートを着て行ったのが幸いし、向うでもずっと着用していた。

李登輝総統は御年93歳。

昨年秋に軽い脳梗塞をされた。
暖かくなればということで3月中旬に研修を設定したが、
異常な寒波もあって、今回は残念ながら
直接講義をしてもらうことは出来なかった。

但し、元大使や司馬遼太郎の『街道をゆく-台湾紀行』にも
登場し、日本国政府より旭日双光章を贈られた
蔡焜燦(さいこんさん)先生等からの講義を受けることが出来た。

その講師陣のお一人に、
日本の某大手新聞社のS記者が居た。

S氏から先の総統選と国会議員選挙で
馬英九総統の与党国民党が大敗し、蔡英文女史が総統に
選出され野党であった民進党が大躍進した詳細説明受けた。

国民党と民進党の差を、
簡単に記すと、国民党は親中華人民共和国共産党。

台湾と中華人民共和国は、
いつかは一つに成るべきと言うのが彼らの政治理念。

一方の民進党は、その逆。

台湾と中華人民共和国は別もの。
緩急の差はあるが、独立ないしは現状維持派。

台湾は台湾であって中華人民共和国とは、
一緒に成るべきではないと言うのが政治理念だ。

そして、結果は前述したとおり、
中華人民共和国とは一線を画すべきとの審判が下った。

さて、そこに至る経緯には、
「ひまわり学生運動」https://goo.gl/ogYcS0        
等の反国民党、反中華人民共和国共産党運動が起きた。

新聞記者である、S氏は当然それを取材して
台湾ではこんなことが起きていると東京に送る。

しかし、だ。

中華人民共和国の圧力や諸々で
東京本社は、それをまともに取り上げない。

潰す。

偏向報道も甚だしい。

よって、我々日本国民は、
台湾における正しい情報を知らない。

今回、この例以外にも現地で学んで、
「そうだったのか」と驚いたことが幾つもあった。

今日を皮切りに、それらを記して行くことにする。
2011年のワールドカップ優勝。
2015年は、準優勝。

先のロンドンオリンピックでも準優勝。

そんなことから、アジア予選なんかは、
勝って当たり前と言う国民の思いが蔓延していた。

しかし、そんな国民からすると、まさかの予選敗退。

残念ながら、リオ五輪出場権を逃がしてしまった。

予選敗退がほぼ確実になると、
案の条、監督が悪い、選手の意識が足りない、
誰々は云々などなど、マスコミは批判記事を並べた。

「結果が全て」と言ってしまえばそれまでだが、
勝負事には、勝つときもあれば負ける時もある。

確かに、五輪の楽しみが一つ減ってしまったがのは
日本国民としてとても残念なことだ。

しかし、
私は、この数年間、ホントなでしこは良くやってくれたと思う。

何度、夜中にテレビを付け手に汗し応援し、
感動を与えてもらったことか。

W杯優勝の日には、一日中、何度テレビのチャンネルを
なでしこ優勝のニュースをやっている局に変えたことか。

私と同じ行動をとった国民もきっと少なくなかろう。

今回の結果を踏まえ、
敗因を分析し、次につなげるための批判なら未だしも、
マスコミお得意の下品な犯人探しには、お付き合いしたくない。

十二分に感動と勇気を与えてくれた
なでしこの面々と佐々木監督に心から感謝申し上げたい。

国連女子差別委員会とやらが、我が国の皇位継承権に
いちゃもんを付けていたと言うニュースが入った。

何にも知らない者が、日本国と言う独立国の国体の
根幹をなす皇位継承と女性の権利を結び付けて
内政干渉することは、下品で許されるものではない。

我が国に対する昨今の国連の言動は度を越している。
その裏には何かがあると思うのが、自然だろう。

閑話休題。皇位継承問題に戻す。


数年前にも「女性宮家は女性天皇の始まり」のタイトルで
女系天皇は日本の国体を壊すと言うことを書いた。
http://ameblo.jp/central1961/entry-11224754948.html

http://ameblo.jp/central1961/entry-11224789250.html

まぁ、上に記したブログは付録程度でどうでもいいが、
この藤原正彦の動画は、何度でも紹介したくなる。

画像は良くないが、是非、ご覧いただきたい。
https://goo.gl/sJzUhY

女系天皇(※女性天皇とは違う)が
何故ダメなのかが、よく理解出来る筈だ。