選挙戦、真っ只中である。

 

言うまでもなく、今行われているのは、

「参院選」であって「衆院選」ではない。

 

だが、我が国では、

この二つの国政選挙に全く違いがない。

 

双方の選挙とも政党間で競われている。

 

その結果と言うか、だからと言うか、

上院も下院と同じ政党政治が行われることになる。

 

これでは、本当の意味の二院制ではない。

単に、同じ「院」が二つ存在すると言う事に過ぎない。

 

だから、参院は衆院のカーボンコピーと揶揄されるのだ。

 

そもそも、「院」とは、階級間抗争が絶えなかった

中世ヨーロッパにおける、階級別議会を起因とする。

 

スェーデンでは四院制の時代すらあったと言うが、

階級制度が消滅するとともに「院」も減り、現在は一院制だ。

 

我が国も、かつては貴族制度があった。

ゆえに、明治憲法下では、二院制に意味があった。

 

しかし、現行憲法第14条の2を読めば、一目瞭然。

「華族その他の貴族の制度は、これを認めない」とある。

https://goo.gl/d8i0C1

 

よって、本来ならば現行憲法が施行されると

同時に一院制にしなければならなかったのだが、

不思議と言うか矛盾というか憲法42条には、

「国会は衆議院及び参議院の両議院でこれを構成する」とある。

https://goo.gl/At3Z2f

 

おっと、時間が来た。出かけなければならない。

 

最初は、サラッと、書こうと思って、PCを打ち始めたが、

書き出したら、段々と重い話になってしまった。

 

こうなると長くなる。

 

また、つづきを書くことにする。

 

皇太子殿下にお会いしたことを記して以来、

暫くブログを書かなかった。

 

何人もの方から「どうした?」「体調悪いのでは?」

などとメールを頂いたりした。

 

メールには、決まって次の様に返答した。

 

「何でもそうだが、やり出すと面白くなるが

一度やめて間が空いてしまうと、

ズクが抜けてめんどくさくなってしまう。

ご心配お掛けして申し訳ないが、私は至って元気」と。

 

さて、閑話休題。

 

昨日、男子ゴルフの第一人者である松山が、

ジカ熱を始めとする衛生環境を懸念し、

オリンピック出場を辞退したことが、発表された。

 

だが、その理由は満額に受け止めるべきではない。

 

その証拠に、陸上であれ水泳であれ

体操であれ何であろうが会場は同じ

リオデジャネイロだが、誰も辞退などしない。

 

する訳がない。

 

何故なら、それら競技の選手にとって

オリンピックは最高のステージだからである。

 

言い換えれば、ゴルフにとって

オリンピックは、最高のステージでないと言うことだ。

 

あり得ないことだが、もしUSオープンゴルフが

リオで行われるなら、松山も必ず出場するに違いない。

 

要するに、オリンピックにゴルフなんか要らないちゅうことだ。

 

野球も然りだ。

 

JOCは東京オリンピックで野球を

復活させたいらしいが、やめた方がいい。

 

しかし、ソフトは違う。

彼女等には、オリンピックと言う舞台を提供してあげて欲しい。

 

野球とソフトを一体と考える、

IOC、JOCがどうかしている。

 

リオでのゴルフ。

 

松山ばかりではなく、

世界の一流プレーヤーの大半は、出ない。

 

4年後の東京で野球が復活しても

シーズン途中のメジャーリーガーが出る筈がない。

 

今回の松山の辞退に関して、

少なからず彼に対する批判が出よう。

 

しかし、それはお門違いと言うもの。

 

個人に、選択権を与えること自体が、可愛そうだ。

 

本来、PGAやJGAが、

野球ならば、MBLやJPBと言った組織が、

「ゴルフ、野球には、既に十分なステージがあります。

どうか、他の競技をお選び下さい」言うべきと、私は思う。

昨日からサミットが始まった。

チラッとニュースで観ただけだが、
気になったことがひとつある。

それは、安倍総理のスーツの色だ。

ドイツのメルケル首相は、
女性だから例外だが、安倍総理以外が着ているスーツは、
黒か黒と区別がつかないほどの濃紺だ。

つまり、どういうことかと言うと、和装の場合は、
男性も季節によって色を淡くする文化がある
かもしれないが、洋装には、ない。

もちろん、カジュアルな世界は、別だ。

しかし、ビジネスや政治と言った世界では、
真夏だろうがなんだろうが、ダークスーツと言う決まりがある。

淡い色の夏物のタキシードやモーニングがないのと同じだ。

昔、中曽根総理がサミットで
薄いグレーのスーツを着ていたことがあった。
https://www.youtube.com/watch?v=vYnYcbUwXio

その時は、ホント日本人として恥ずかしい思いがした。

今回の安倍総理のスーツの色は、
ギリギリ許される範囲かもしれないが、やっぱりちょっと淡すぎる。

2日目の今日は、しっかりと
ダークスーツで登場してもらいたいと願う。
教授が私を殿下に紹介して下さったあと、
いよいよ、お話をさせて頂いた。

<私> 岐阜県の恵那から参りました
    阿部伸一郎と申します。

<殿下> 恵那山のあるまちですか?

※現在は、恵那山は、恵那にはなく、隣町だが
  何せ数分しか時間がないので次の様にお答えした


<私> 今は恵那山のあるところは恵那ではありませんが、
    昔は恵那山の周辺は全て恵那と呼ばれていました。

※これ本当。
 恵那と言う名称は尾張とか飛騨とかと同じように
 恵那山の周辺地域一帯を指した。


<私> 現在恵那山の長野県側は「いな」と言われていますが、
  「えな」が訛って「いな」になったと聞いています。  
  「カッコいい」と「カッコええ」の様に
  「い」と「え」はしばしば入れ替わります。

◎殿下、笑顔で頷かれる

※そんな会話をしていると

<殿下> 近くに「神坂(みさか)」がありますね。

<私>  仰せの通りです。
     ヤマトタケルの尊が東征の時にお登りになられた地です。
     神が登ったから「御坂」でなく「神坂」と記します。

<殿下> その近くの馬篭へは私も行きました。
      島崎藤村の出身地ですね。

<私>  はい、そうです。
     秋篠宮様も学習院時代に紀子様と行かれたそうです。
     有名な老舗の蕎麦屋にお立ち寄りになられたとお聞きしました。

<殿下> ・・・・・・・
<私>     ・・・・・・・・・・・・・
<殿下> ・・・・・・・・・・・・・・・・・

まぁ、こんな会話を、3分くらい。

そして、パーティーは2時間続いた。

殿下も最後まで、
終始笑顔で、恐らく全ての方と会話をされていた。

平成28年5月7日。

この日は、人生で最も畏れ多い
生涯忘れることのない、一日となった。

来年は、学習院が出来て170周年だそうだ。

もともと同校は、公家の学問所として京都御所内に開校し、
その30年後に東京に移された。

そんな経緯から、現在「幕末京都の学習院」展
が開催されており、その記念講演を聴講させて頂いた。

私の席は、指定席で前の方の通路側だった。
着席して暫くすると、皇太子さまがご入場。

アナウンスはないが、全員自然と起立してお迎えする。


講演内容は省略し、それが終了すると
先ず、殿下が席を立たれた、起立してお見送り。

そして、聴講者の中からざっと3・40名ほどの招待客が、
キャンパス内の別の建物へ移動。

そこが、懇親会場だが、10歩も歩けば
左右の壁に突き当たる皺めて質素で小さな部屋だった。

パーティー形式は、立食。


私が、一番奥の隅にポツンと居ると殿下がご入場。

なんと私の直ぐ横に立たれた。

隣に立つなんて、余りに畏れ多い。

幾ら図々しい私でも、
勝手に足が動いて3.4歩中ほどへ移動した。

そして、乾杯。

目と鼻の先で殿下が
お飲みに成られているのは、
予め会場に送り届けてあった、恵那の酒だ。

それから、15分ほど。

忙しそうに色々な方々と会話されていた教授が
「殿下にご紹介しましょう」と、私のところに来られた。

そして、殿下の前へと進んだ。

いよいよ、畏れ多くも畏くも
皇太子殿下とお話しするクライマックスの到来。

もちろん殿下に名刺を差し出すことは、
禁止されているので、教授が私を紹介することから始まった。

この後の詳細は、また明日記す。


先週7日の土曜日にフェイスブックで
学習院に行ったことを写メ付きでアップし、

「どんなお方にお会いし
どんなお話をしたかは、後日ブログに書く」と記した。

ズバリ、そのお方とは畏れ多くも畏くも皇太子殿下であった。

何で阿部伸一郎ごときが、そんな場に・・・?
と言うのが、万人が思う疑問に違いなかろう。

先ずは、その辺からお話をしよう。

2年ほど前のこと。

私がお世話になっている会社社長が
学習院大学のある教授を弊社に連れて来られた。

その際に千載一遇のチャンスと思い、
建設と介護の“複業化”のビジネスモデルの
説明を簡単にさせてもらうと、ご興味を抱いて頂いた。

そんなことがあって、今年の2月に
その教授と学習院の先生ほか2名、合計3名で
弊社にお越し頂き、若い先生の研究テーマにすると言う
ことで取材をしてもらう機会を得た。

そして、4月25日ころだったと思うが、
前述の会社社長から5月7日上京できるかとの連絡が入った。

東京で何があるのですかと聞くと、
「学習院で云々・・・」と、つまり、今回の件だった。

早速手帳を見るとあいにく会社の会議が入っていたが、
皇太子殿下がご出席される会に同席出来るなどと言うのは、
きっと一生に一度のこと。

迷うことなく「行かせて下さい」と即答した。

今日は、これから出かけなければならない。
つづきは、また。


私だけではないと思うが、ドイツ人と言うと、キッチリとして、
少々堅物でクールな民族とのイメージを抱いていた。

しかし、今回の一週間で、そのイメージはガラッと変わった。
先ず、意外だったのは、ドイツ人は優しく人懐っこい。

今回の旅で、一体、私は何人のドイツ人に道を尋ねたことか。

老若男女を問わず、全員が嫌な顔ひとつつせずに
寧ろ、聞かれることを喜びの様に実に優しく道を教えてくれた。

最初の何人かが、そうだったので、
下手に地図を見るのではなく、私も尋ねまっくた。

中には、私が地図を観ていただけで、
「Can I help you?」と声を掛けてくれた老人や、複雑な道路では
態々大回りして私の行先に案内してくれた若い二人連れもいた。

雨の中、一緒に地図を見て目当ての場所を探してくれた淑女のいた。

そうした後には、大半は握手して「ビーダゼン」と言って別れた。

一番の驚きは、ドイツ人はホンと親切と言うことだった。

その逆に、キッチリとしたと言う点では、
イタリア人やスペイン人程ではないにしても、
やはり結構ルーズな一面を持つことを、しばしば観た。

それを最も感じたのは、長距離列車。

ミュンヘンからハイデルベルグ。
ハイデルベルグからフランクフルトと二度利用したが、
双方とも正々堂々と当たり前の如く30分ほど遅れて来た。

切符を買うのには、暇そうな田舎町
ハイデルベルグ駅ですら結構時間が掛かった。

車内では、
車掌が変わるたびに全員の切符を何回もチェックする。

思わず、「おいおい。さっき、見せた」と言いたくなった。

たったの一週間。

表面をホンのちょっと見たに過ぎないが、イメージとは裏腹な
人間くさいドイツ人と接し、またこの国に行きたくなった。

間もなく、弊社のイベント「住まいるバザール」が始まる。
その前に、出社し書いているので、一筆書きでざっと記す。
http://goo.gl/qIH41P

お近くの方で、お時間あらば、
是非お寄り頂きたい、私も終日居る。

さて。
昨日、BAUMAを視察し、一例としてダンプトラックの
積載量の差が国土の基礎体力の違いから生じており、
それが労働生産性を左右していることを記した。

頑強な岩盤からなる欧米大陸には地震が殆どない。
その逆に、我が国は地震国で地盤は極めて軟弱である。

それは、インフラ整備に決定的な差をもたらす。

橋梁などの構造物一つとっても耐震を全く考慮しなくてよい国と、
我が国様に震度7までに絶えることの出来るモノを
築かなければならないのでは、コスト面で雲泥の差と成る。

山河然りである。

山国で急流な短い河川が連続する我が国と
アルプス以外に山と言う山が存在しないて
大河がゆったりと流れる国々では、
トンネルも橋梁の数でも圧倒的に差が生じる。

一例を上げれば、フランスの高速鉄道であるTGVでは、
パリ・リヨン間の431キロにトンネルは一本も存在しない。

橋梁も数えたことはないが、極めて少ないに違いない。

しかし、日本の新幹線では関東平野を走っても
品川・新横浜間に2つのトンネルが存在する。

パリ・リヨン間は、新幹線で言えば東京・京都間(458キロ)より
少し短いだけだ。

新幹線には、その間に数知れないトンネルと橋梁が存在し、
それらが全て、震度6とか7に耐えれるだけの耐震補強が
必要と成る。

よく、日本の公共工事費は欧米に比較し高いとか
言うが、こうした数値を見れば当たり前にことであり、
欧米と一緒で然るべきなどと言う論法は、
大型バスと軽自動車を同じ価格にせよと言うに等しい。

そろそろ、時間が来た。

出掛ける。

つづきは、後日書く。


やっと、本題のBAUMAについて書く。

その1にも記したが
BAUMAと言うのは、3年に1度ミュンヘンで開催される
世界最大の建設機械展のこと。http://goo.gl/mEzHXd 

会場は57万㎡と流石にデカい。
この面積は、東京ドームのグランド面積の45倍に相当する。

例え、開催期間中毎日通ったとしても
とても、全部回れるような規模ではない。

ざっと観た中で、私が感じたのは、
この中で我が国にそのまま持ち帰って使用できるものは、
いったいどのくらいあるだろうか?と言うことであった。


建設に関係ない人にも
解り易い一例を上げれば、ダンプトラックがそれだ。

ベンツやボルボなどなど欧米の出典が目立った。

欧米各国で生産するダンプの積載量は20トン超のものが主流。

近年では40トンと言うものも登場した。
http://goo.gl/JHCDWJ


因みに、日本の公道を走れるのは、
最大で積載量が10トン前後の「10トンダンプ」と呼ばれるもの。

もう少し、正確に言うと、
我が国では、ダンプそのものの自重と積載するものの
合計重量が20トンまでと成っている。

通常、ダンプの自重が10トンほどなので
積載の上限が10トンとなると言う訳だ。

と言うことは、欧米のダンプ輸送の生産性は
日本の少なくとも2倍以上と言う単純計算が成り立つ。

こう書くと、何で日本は
もっと積載量を増やせるように規制改革しないのか?
と、思われるかも知れない。

だけど、悲しきかな、
頑強な地盤から成る欧米大陸に対して、
日本列島のそれは、軟弱地盤では物理的に出来ない。

要するに、国土の基礎体力が違うのである。

もし、40トンダンプが日本の公道を走ったら、
道路はズタズタになり、橋梁も落ちる。

ポルトガルなど一部を除くヨーロッパには、地震がない。
アルプス以外には、山らしい山もない。

川を見てもラインやセーヌ、ドナウなどの大河が
ゆっくりと数本流れるだけ。

つまりは、インフラ整備の基礎条件が
欧米は、我が国とは比較に成らないほど恵まれていると言うことだ。

昨今よく、我が国の労働生産性は先進諸国と比較して
云々と言う見出しの記事を見かける。

しかし、その観点に、インフラの整備の差が抜けている気がする。

詳しくは、また後日記すこととする。


今から、17・8年前のこと。

アムステルダムで
アンネフランクの隠れ家を訪れた。

帰り際に、日本語版もあったので
フランク家を紹介した一冊の本を買った。

この一冊は、きっと今もどこかにあるが
私がユダヤ教に興味を抱くきっかけを与えてくれた。

帰国後、『アンネの日記』の完全版はもとより、
ユダヤ教に関する本を何冊も読んだ。

その後も、『天地創造』に『十戒』
『シンドラーのリスト』や『戦場のピアニスト』などの
ユダヤにまつわる映画も興味深く観た。

ヤハウェから始まって
アブラハム、イサク、ヤコブ、モーゼ・・・ダビデ・・・・
となると、キリスト、マホメットまで自然の流れで読むことになる。

そして、西暦2000年。

このミレミアムイヤーは、偶然にも
キリスト教の「復活祭」とユダヤ教の「過ぎ越しの祭り」
が重なる年だった。https://goo.gl/mqJ3Ly

千載一遇のチャンス。

確か、GWだったと思うが、エルサレムまで出かけた。


前置きが長くなってしまった。


こうした経緯から、
いつかはホロコーストを見てみたいと思うようになった。

そして、ミュンヘン行が決まった。

ミュンヘン郊外には、ポーランドのアウシュビッツと
並んで知られるダッハウがある。https://goo.gl/ZAMX7w

ミュンヘン中央駅から電車で30分。

憧れと言う表現は、
相応しくないかも知れないが、ついに来た。

だが、ダッハウには行きたくないと言う人も多い。

極めて特殊な場所なので、素人解説はよそう。


それでも見てみたいという方だけに
現地で放映されていたモノに近い動画を紹介して終える。
https://goo.gl/aoqhbp