先日、初台オペラシティでの僕のリサイタルの時に、書いた解説文の一部てす。好き勝手具合が面白いかもと思ったので紹介致します。

ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第4番
 
ベートーヴェンのチェロソナタの中では最も有名な第3番に引き続き、この第4番までもがチェロのアカペラで曲が始まります。普通なかなかない大胆な発想です。
おかげで少しの間ですが、ひとりぼっちにされるチェリストは、何か立派な結果を残さねば!と張り切るやら自滅するやら。
この第4番の出だしは学生時代に聴き込んだパブロ・カザルスのレコードが良かったなあ。学生時代はカザルスになったつもりで、この曲を弾いたものです。
少し横道にそれますが「影響を受ける」と言えば先日、僕が中学生の頃からのチェロの演奏が色々と入っている録音を聴きました。例えば桐朋音高入試前夜、自宅リビングでの残響ゼロの練習曲の録音、桐朋音高1年前期試験当日朝の伴奏してくれた友達との話し声や笑い声も入っている録音等々。技術もまだ不安定で痛々しいものでありましたが、その初々しい演奏の隅々に、師匠の安田謙一郎先生の音楽が、よくぞ、こんな細かい所にまでと感心してしまうほど色濃く浸透していて、10代の感受性恐るべしと驚いてしまったというお話しでした。
 
序奏に続くエネルギッシュな楽章にはコロコロと変わる変幻自在な楽想に大変魅力を感じますが、極限までエネルギーを出させられる冒頭部分には、こんな事これから弾く人が言って良いのかと思いますが、半ば閉口しております。しかしながら、だからと言って、その場になって全力を尽くさないという選択肢は僕に無いわけで、精神的に一本道に追い込まれた牛追い祭りの牛の如く、全力でチェロを弾く事となり、そして結果的には、その事が最も音楽的良心を安堵させる事となるのです。
最終楽章は16分音符の躍動感に満ち溢れていて、弾いていて心から楽しいのですが、そこへ躍動感とは対極的なキャラクターの3連符の歌が割り込んできます。4に3をねじ込む。まるで4人の悪ガキに3つの玩具を与えるが如し。その軋轢は、またもや演奏家の全力を必要とし、そうしなければ音楽的良心が悲しむのです。
誰が「運命」交響曲の冒頭部分、ダダダダーンを75%の力で弾けるでしょう。やはり120%ですよね!
ベートーヴェンとは、そのように演奏家の出し惜しみのないエネルギーを求める作曲家なのだと思います。