皆さまも、一度は動物園で、お堀状になった底にいる象や熊を上から見下ろしてご覧になった事があるかと思います。

昔、訪れた登別のクマ牧場では、熊が下から餌くれ~ 芋投げて~と立ち上がってオネダリしていたものです。

あのような動物の立場に自分がなり代わってみたら、どんな感じなのでしょう?

実は先月、僕は、その逆の立場というのをたっぷりと体験してきました!


熊川哲也さん率いるKバレエの「眠れる森の美女」公演に、9公演も参加したのです。


あのお、熊川さんだから熊・・・牧場・・?

それって動物園とどう関係あるの?とお思いでしょう。

状況が酷似しているのですよ。バレエやオペラの時のオーケストラの演奏する位置が!

登別の熊のように深いお堀の底で弾くのです!


開演前、僕が堀の底で練習していると、お客様が興味深げに上から覗かれます。熊役であるこちら側からは、縁にかけられたお客様の指先と、少しニヤニヤされた、あるいは覗くのが初めてなのか怖々とされたお顔、おそらくお母さんと娘さんでしょう、楽しそうにお話ししながら覗き込むお顔などなど、これを絵にしたらさぞかし面白かろうという程の様々なお顔が見えるのです。こちらも見上げて「芋くれ芋くれ~」と手招きこそしませんが、暗い堀の底から、次々と現れるお顔を拝見しては、熊の気分は、かくありきか?と楽しんでいるのです。

ところで、この穴ぐらのような薄暗いオーケストラ・ピット、まるで船底の奴隷部屋のように劣悪環境かというと、そんな事は全くありません。それどころか演奏中、お客様からの視線というプレッシャーを感じないで済むので気持ちが楽だし、豆電球だけの薄暗い中では楽譜と指揮者以外が目に入らず、音楽に専念出来て思いのほか居心地が良いのですよ。


そんな中で今回演奏した「眠れる森の美女」も含めたチャイコフスキーのバレエの素晴らしいこと!

軽快な曲が終わった途端にくる拍手とブラボッッ!の掛け声。終わった途端に来る拍手、これはテンション上がりますねえ。

また前回、弾かせて頂いた「白鳥の湖」の黒鳥役のダンサーによる32回転の場面では、まだ終わらないうちから熱狂的な拍手が湧き起こり、会場全体が華やかな雰囲気に包まれます。このまばゆいばかりの雰囲気、今、幸せならそれで良いじゃないかという気分にさせられ、弾きながら感動で何度泣きそうになった事か!

そして「白鳥の湖」や「眠れる森の美女」に出てくる素敵なチェロのソロを弾けたこと。やはりこれが僕をバレエ音楽に真剣に向き合わせた最大の要因かもしれません。

そんなチェロのソロの場面、どんな感じで弾きましょう?王子様とお姫様のラブシーンなら、少し艶っぽい音色で弾こうかな。美しいお姫様への憧れの場面なら、艶っぽさよりやはり美しさかなあ。ロウソクならぬ豆電球の薄暗さの中を僕の空想力は飛び周ります。


一方で、こんなにバレエは良いなと言っておきながら、自分の演奏中のバレリーナの方々の踊りは、チェロがステージに背中を向けている関係上、一度も見た事がないのですよ。

いつもカーテンコールの時に初めてダンサーさんのお姿を拝見して、うわあ、こんな素敵な方々が踊っていたんだあ、と初めて知る始末です。

でも現実的に目の前でダンサーのお姿を見ながら、タイミングが早過ぎたな、遅かったかなと気を付けながら演奏するより、ダンサーさんとは空想の物語りの中だけで、ご一緒しているほうが素敵なのではないでしょうか。


「さあ、とうとう次の曲はチェロのソロで物語り的にも大事な場面だ、緊張するなあ」。実際には見えなくとも何千人というお客様の集中力がステージに向けられているのがひしひしと感じられ、身が引き締まる思いです。そして僕は自分に言い聞かせます。「さあ本気を出すんだ!今、出さないで、いつ出すんだ?こんな素晴らしい瞬間に居合わせられるなんて幸せ者じゃないか。本気を出して緊張なんて吹きとばせ!」

そして始まる2小節の弦楽器群の前奏に続いて、僕は弾き出します。


薄暗い谷底で、空想の世界を行ったり来たり。「眠れる森の美女」が弾けて最高に幸せでした。