なんと濃い2泊の旅だったのでしょう。


その日、広島駅に降りたった僕は主催者さんの軽自動車にチェロと共に乗り込むと一路、妖の国、島根へ!


途中、チェロの練習をするために空き家に寄って下さるという事なのですが、どんな空き家なのでしょう?周りに家がないので何時まで練習しても大丈夫らしいのですが。

いろいろと妄想が膨らみます。


我々の車が市街地を抜け島根との県境に差し掛かかると、辺りは午後の日差しに黄色く輝く田園風景。そして次第に赤茶色の屋根瓦が目に付いてきました。島根名物、石州瓦ですね。中国山脈超えは、素晴らしい日本の原風景が見られるので、いつも興奮してしまいます。


中国山脈越えと言えば、毎回話さずにはいられない、お決まりの思い出話しがあります。それは山越え中、道路の真ん中で日向ぼっこする亀を、このままじゃ轢かれてしまうよ、という慈悲心と、「亀の恩返し」狙いの営利目的、7対3くらいの割合いの気持ちで救った事があります。しかし結局7対3という割合いが良くなかったのでしょう、その後、これと言って亀の恩返しだなと実感するようなラッキーな運命はなかったです。やはり10対0のピュアな気持ちで亀を救わなかったのが良くなかったのでしょうね。


そうこうするうちに、なんとなく午後も深まり、山の影が長くなってくると、ここ島根は、お化けや妖怪に神話、そして動物の気配が現実味を帯びてくるような空気になってきます。主催者さんがおっしゃるには、暗くなると真面目に動物との衝突には気を付けなくてはならなくて、この春にも鹿との衝突でご自身の自家用車、廃車に追い込まれたばかりなのだそうです。またイノシシとぶつかった時は、イノシシが興奮しているので決して様子を見に車から降りてはいけない・・熊は見ましたか?はい、なんか黒い物が動いているなと思ったら・・・とお話しが尽きません。
いろいろとお話をうかがっていると不安でワクワク興奮してきます!

ほどなくして車は、素晴らしいお宅の庭先に到着いたしました。

ええ?ここ??ここがその空き家?想像していたのと全然違う。

しかも、ここのお宅の方でしょうか、品の良いご夫妻と、さらにご近所の方らしき数人の方までもが既に庭先で待っていらっしゃるではありませんか!これでは、僕は、まるで皇族。

恐縮のあまり出来るだけ小さくなって車から降りると、初対面のご挨拶をさせて頂きました。


そして今から使わせて頂く空き家ですが、お手入れが行き届き、文化財のように立派です!

荒れ果てて、ものの怪が棲みついているような家を想像していたので、ほっとしましたが、ほんの少し残念かもしれません。なぜなら、ものの怪の気配を振り払うよう強い集中力で練習しようと思っていたからなのです。


ものの怪の心配こそなくなりましたが、ここの皆様、田園地帯に突如として現れた「チェロの練習」という非日常的現象を、壁の陰や庭先とかで、興味津々ながらも静かに見守って下さっているようです。


こうなると僕にも見栄というものが芽生えてしまいます。皆様だって、そうでしょう?例えば英語の勉強をしようっと思っているところへ、近所の子供達が勉強しているところ見学させて下さいとやって来たら、声出し練習の時、いつもよりRやLの発音、英語っぽくしてみたりするんじゃないですか?

チェロの練習も同じです。1人で素振りするのと、みんなに見られている中で素振りするのとでは違います。1人で練習するなら、明日の本番で上手く弾けるように1箇所を何回も繰り返し練習するのでしょうが、物陰で静かに聞いて下さっている方々の事を思うと、サービス精神がムクムクと湧き上がり、本番さながらの通し練習となってしまいます。

でも、それが功を奏したようです。僕のサービス精神満点の練習に感心されたご主人が、来年あたり、ここでコンサートをとおっしゃって下さっているそうなのです!


結局、お化けなんてないさ、の美しい「空き家」




そして、その夜のホテルは温泉津温泉の海っぺり。釣り好き、特に夜釣り好きな僕にとっては最高のロケーションです。僕がいつも狙う大型黒鯛を釣るには、こんな雰囲気の海での夜釣りがうってつけなのですよ。
主催者さん、憎いくらいド真ん中ストライクを投げ込んできます。なぜ僕の嗜好が分かったのでしょう?
まあ、その晩は翌日にリサイタルを控えているので夜釣りもせず寝ましたが、本当は、こういうところに1週間くらい泊まって、釣りしたり読書したり昼寝して過ごしてみたいものです。


翌日は惚れ惚れするような日本の田舎、石州瓦の素敵な公民館のような会場での無伴奏リサイタルでした。
向こうの方のテントでは天然鮎の丸焼きやイノシシのコロッケ(イノコロ)、イノシシのピロシキ(ピロシシ)、イノシシの肉まん(イノマン)が来場者に振る舞われ、ちょっとした村を挙げてのイベントとなっております。

本番前の軽い腹ごしらえは通常、楽屋にお弁当や軽食が用意されているものなのですが、本日はテントで使える食券を頂きました!

という事は、あそこのテントで食べるのですね。

ここでひと言。
本当に失礼な話しなので、こんなところには書かない方が良いのかもしれません。でも用意して下さったお料理に、僕は、とても敬意を持っているという事を、よーくお含みおき下さった上で、次をどうぞお読み下さいね。

実は僕はお刺身は大好きなのですが、丸焼きの魚を頭からムシャムシャ、全部食べる事には慣れていないのです。慣れていないというだけで、食べれば美味しいとは思いますよ。

今回、ここに来るまでのメールでのやり取りで、主催者さんからは、天然鮎の丸焼きを是非とも頭から全部食べて下さい!とおっしゃって頂いておりました。
それは、さぞかし美味しいのだろうな、だけど少し不慣れだなと実は思っていたのです。

それが今なのです。

僕は文化祭のような食券を持って、テントへと向かいます。

まずは長テーブルに並ぶ皆様手作りのお料理を見て回ります。
おお、ピロシシ、イノマンかあ、地域のイノシシ料理が色々とありますねえ。
そして、ありました。天然鮎の丸焼きが。
売り場の方や付近にいらっしゃるおじさんが「頭から全部食べられるよ!」と、にこにこ説明して下さいます。
知っております。もう10日も前から知っております。なのに「そうなのですか!」と食券を出して明るく買い求めました。
見たところ、僕にでも骨を噛み砕けるほどは焼いていない感じです。ここの方々の日常の水準をこなすには、僕には少し力不足のようです。でも生の骨だって喉に刺さらないよう気を付けて胃袋に取り込めさえすれば、相当な栄養になるはずだと考えて、思い切って顔にかぶりつきました。骨がカリカリではなく生の状態に近かったので口の中のあちこちに突き刺さったりして噛み砕くのに随分と時間がかかりましたが、子供の頃、近所の野良猫に魚の骨に味噌汁ぶっかけて、あげていたのを思い出し、あの猫でも食べられたんだから頑張れと自分を励ましながら飲み込みましたよ。
周囲の方々に見守られながら、食べ終わりましたが、結果として、とても美味しかったです!しかも初めて食べましたがシシャモのような子持ち鮎でした。次回、このような機会があったら、もう僕も慣れたものです。美味いですねえ、と2本、いや、3本くらいいってしまいそうです!

そして肝心なコンサートは、チェロの無伴奏なんてお楽しみ頂けるかなあとの心配なんて何処吹く風、1曲目から予想外の拍手を頂き、お客様と打ち解けた温かい雰囲気で終える事が出来ました。
さて終演後は、再び夕暮れの中国山脈を越えて広島へと向かいます。

次号では、今回、僕にとって最大の出来事が起こります。
どうぞ、ご期待下さい!