何か同じようなことが起こったり、同じような体験をすると、全部そうだと決めつけていませんか。
これがNLPでいうメタモデルの1つで、一般化と呼ばれるものです。
これは、自分が持っている情報から、それと似たものは全てが同じだと決めつけることです。
ところが、その情報は一部でしかないことが多いのです。
時には、自分に都合のいいようにみんながそうしていると言ってませんか。
子供がほしいものを親にねだるときにやってますよね。
「み~な持ってるよ、だから僕にも買ってよ~。」
なんてね。
しかし、「ではだれが持ってるの?」と聞くと、具体的に○○君と名前が挙がるのは数人くらいでしょうか。
大人でも同じで、
例えば、「彼らとはもう一緒には仕事はできない。」
と言われたときには、可能性が一般化されたのであり、
「何がそう思わせるのですか?
もし敢えて一緒に仕事をしたらどうなるのでしょう?」
と問うてみてください。
例えば、「かならずこちらを優先しなければならない。」
と言われたときには、必要性が一般化されたのであり、
「もし、そうしなければどうなりますか?」
と問うてみてください。
例えば、「彼はいつも怒っている。」や
「みんながやっている。」
と言われたときには、普遍的数量詞が用いられていますので、
「怒っていないときは1度もありませんか?」
「やっていない人は一人もいませんか?」
と問うてみてください。
どうでしょう、必ずしもそうではないことがあるのではありませんか。