郊外でレンタカーを借りて行ってきました、奥多摩方面

短長いくつものトンネルを抜け、曲がりくねった道なき道、、
ではなく、道路ではありましたが、曲がりくねった山道を走り続け、ようやくたどり着ける日原(にっぱら)鍾乳洞。

手前の駐車場お隣にある食堂は、木目が美しいどっしりとしたテーブルと椅子があり、意外に落ち着く…
食堂の外に設置されたお手洗いも、あんなにも山の中なのに、きれいに掃除がされていて驚きました。

なにより、食堂メニューの「ゆず味噌田楽」!
コンニャクを噛った瞬間に広がるゆず味噌の風味に感激しました。
食器返却の際、思わずお店の方に「とても美味しかったです。おねがい」と伝えるほど美味!!

食堂で腹ごしらえをして坂道を上ること数分
右手に下へ降りる階段があり、青看板に白文字で日原鍾乳洞が見えます。

中は結構広く、苔で滑る石段をたくさん歩くので、運動不足の方は要注意!
私は途中で息切れしました。笑

日原鍾乳洞
入場受付時間 9:00〜15:00
所要時間 1時間半〜2時間ほど
〒198-0211 西多摩郡奥多摩町日原760

何十年、何百年もの時をかけて少しずつ造られた自然の美は、まさに「お見事」としか言いようがない。
岩の色の変化さえ美しい、マイナスイオン満載の場所でした

なかでも気に入ったのは、水琴窟(すいきんくつ)です。
瓶に落ちる水の音で奏でられる、透明な音がしました。
素敵な音のお裾分け


鍾乳洞の後は小河内ダムへ。
こちらも、うねうね山道と古いトンネルをいくつも抜けてやっと到着です。

水位が低くなっていたので、夏の水不足が心配になりましたが
連なる山々の中は、やはり空気が澄んでいて気持ちがいい

海は苦手ですが、湖や渓流、湧き水は美しいと思う
不思議です。笑





テレ東60周年を記念して放送された【晴れたらいいね】


またタイムスリップものか…と観ていましたが
生きて家族の元へ帰りたかっただろう方々の、それを口に出してはいけない空気
銃撃を受ける恐怖はどれほどだったろう
遠く離れた地で、どれだけ故郷が、父、母、兄弟が懐かしかっただろう…
戦地で散っていった方々は、平和で幸福な未来をどれほど望んでいただろう

など想像しながら観ていると、やはり涙が溢れました。



同じことを繰り返さないために、戦争の残酷さや過酷さ、背景にある方々の想いを伝え続けることは大切ですね



ロシアも北朝鮮も、長い歴史からいい加減学べばいいのに
何故相手を攻撃し続けるのか…

他を攻撃(非難)するということは、自分も迎撃(お返し)されても仕方がないということ


原作は藤岡陽子さん【陽だまりのひと(テミスの休息 改)】も書かれた方です








先日韓国ドラマを観ていた時のこと

Happy Birthday to You を歌うシーンがあった。

『おたんじょーびーおめでとー
おたんじょーびーおめでとー』

へー「Happy Birthday to You」じゃないんだー
あえて訳をそうしたのかな?


メロディーは同じなので、日本と同じように1番だけかと思いきや
『ねーどぉしーてーうまれーてきたーの
そんなブサイクーでーうまれーてーきたーのー』

え???嘘でしょ??ガーン


親しいからこその冗談なのかもしれないけれど
大切なひとを侮蔑するようなバースデーソングはないわ





ねえ どうしても僕らは上手くできなくて
気がつけばからっぽになってしまった
米津玄師【がらくた】


なんとなく聞き流していると
恋をした2人が喧嘩ばかりするようになり、お別れをした。
けれど、やっぱり一緒にいよう。
という歌に聞こえました。

MVも若い恋人たちでしたが、聴いていると、別の歌にも聞こえてきました。

米津さんの詩は言葉の選び方が秀逸なので、つい何度も聞いてしまいます。
聞き流して、聞いて、聴く。



恋人たちのお別れと復活の歌が、なぜだか
どんなあなたになっても、ずっと私のそばで生きていてください。
そんな極上のプロポーズに聴こえました


本当に、なんてあたたかい詩を紡ぐひとなのだろう…
コメントで拝見しましたが、ドームツアーで
『今まで生きていてくれてありがとう』と仰ったとか。

もしかしたら
かなしい事や、辛くて生きたくなくなった事、強い孤独を感じたこともあったのかもしれない。

米津さんにとって今生きていることは、当たり前ではなく奇跡のようなことで
だから「ありがとう」なのですね





サトウハチロー【おかあさん】


 序にかえて


たくさんの たくさんの おかあさんがいて

たくさんのたくさんの こどもがいます


そのたくさんのたくさんの おかあさんと

たくさんのたくさんの こどもさんたちへ

ボクはこの詩集をささげます


ボクのように もうすぐ六十になるものでも

おかあさんにとってはこどもです


また十九かはたちでも

お子さんがあれば おかあさんです


そのみなさんに ボクは申し上げます


――母ありてこそ われあり―― 


 ボクはおふくろがすきでした


サトウハチロー




小学生くらいの頃に与えられた本だったと思いますが、今でも忘れられない文です。


私はマザコンではありません(理想の父親像に対してのファザコンではありそうですが…)が、こちらの文をよく思い出します。



 母ありてこそ我あり。僕はおふくろが好きでした


ご母堂に面と向かって言えなかった、後悔の言葉なのかな?と思っています。