テレ東60周年を記念して放送された【晴れたらいいね】


またタイムスリップものか…と観ていましたが
生きて家族の元へ帰りたかっただろう方々の、それを口に出してはいけない空気
銃撃を受ける恐怖はどれほどだったろう
遠く離れた地で、どれだけ故郷が、父、母、兄弟が懐かしかっただろう…
戦地で散っていった方々は、平和で幸福な未来をどれほど望んでいただろう

など想像しながら観ていると、やはり涙が溢れました。



同じことを繰り返さないために、戦争の残酷さや過酷さ、背景にある方々の想いを伝え続けることは大切ですね



ロシアも北朝鮮も、長い歴史からいい加減学べばいいのに
何故相手を攻撃し続けるのか…

他を攻撃(非難)するということは、自分も迎撃(お返し)されても仕方がないということ


原作は藤岡陽子さん【陽だまりのひと(テミスの休息 改)】も書かれた方です








先日韓国ドラマを観ていた時のこと

Happy Birthday to You を歌うシーンがあった。

『おたんじょーびーおめでとー
おたんじょーびーおめでとー』

へー「Happy Birthday to You」じゃないんだー
あえて訳をそうしたのかな?


メロディーは同じなので、日本と同じように1番だけかと思いきや
『ねーどぉしーてーうまれーてきたーの
そんなブサイクーでーうまれーてーきたーのー』

え???嘘でしょ??ガーン


親しいからこその冗談なのかもしれないけれど
大切なひとを侮蔑するようなバースデーソングはないわ





ねえ どうしても僕らは上手くできなくて
気がつけばからっぽになってしまった
米津玄師【がらくた】


なんとなく聞き流していると
恋をした2人が喧嘩ばかりするようになり、お別れをした。
けれど、やっぱり一緒にいよう。
という歌に聞こえました。

MVも若い恋人たちでしたが、聴いていると、別の歌にも聞こえてきました。

米津さんの詩は言葉の選び方が秀逸なので、つい何度も聞いてしまいます。
聞き流して、聞いて、聴く。



恋人たちのお別れと復活の歌が、なぜだか
どんなあなたになっても、ずっと私のそばで生きていてください。
そんな極上のプロポーズに聴こえました


本当に、なんてあたたかい詩を紡ぐひとなのだろう…
コメントで拝見しましたが、ドームツアーで
『今まで生きていてくれてありがとう』と仰ったとか。

もしかしたら
かなしい事や、辛くて生きたくなくなった事、強い孤独を感じたこともあったのかもしれない。

米津さんにとって今生きていることは、当たり前ではなく奇跡のようなことで
だから「ありがとう」なのですね





サトウハチロー【おかあさん】


 序にかえて


たくさんの たくさんの おかあさんがいて

たくさんのたくさんの こどもがいます


そのたくさんのたくさんの おかあさんと

たくさんのたくさんの こどもさんたちへ

ボクはこの詩集をささげます


ボクのように もうすぐ六十になるものでも

おかあさんにとってはこどもです


また十九かはたちでも

お子さんがあれば おかあさんです


そのみなさんに ボクは申し上げます


――母ありてこそ われあり―― 


 ボクはおふくろがすきでした


サトウハチロー




小学生くらいの頃に与えられた本だったと思いますが、今でも忘れられない文です。


私はマザコンではありません(理想の父親像に対してのファザコンではありそうですが…)が、こちらの文をよく思い出します。



 母ありてこそ我あり。僕はおふくろが好きでした


ご母堂に面と向かって言えなかった、後悔の言葉なのかな?と思っています。






1999年に放送された【世紀末の詩】

今でもとてもとても好きな物語です。

あの頃から、愛についてよく考えています。


「愛とは



たしかにそうだな、と思いました。
強いても得られない。乞うたとしても、決して得られるものではない。


髭の殿下は「私たちは生まれながらの皇族だが、母は違う。」と娘に仰ったそうですが


ひとの貴賎(貴いことと卑しいこと。身分の高低。)は、生まれではないと思う。


貴く生きるか、卑しく生きるか

品よく生きるか、下品に生きるか


その差ではないのかなと思いました。



親御さんの言葉は、何気ないものでも子に影響を及ぼす。

親の発言は、子どもにとってとても重要です