DVモラハラサイコパスの父親の下で、不遇の時代を送っていたト姉弟。
感情を表さないよう処世術を身に着けていた姉ト・ヘス
感情を押し殺しすぎて、感情を失くしてしまった弟ト・ヒョンス


連続殺人犯の父親の死後、小さな町で再び殺人事件が起こる。

その犯人として挙げられたのは、事件後に行方をくらましたヒョンスだった。
その後も殺人事件は続き、それらの犯人としてト・ヒョンスは追われ続けている。

そんな時、ヒョンスは別人の人生を送り、ジウォンという美しい妻と家庭を持ち愛娘と暮らしていた。
人の感情を、心から理解できることもなく…



ある事件をきっかけに十数年ぶりに再会した姉弟。
ヘスはヒョンスの変容に驚いた。


『ジウォンさんは大切なひとなのね』
「うん、とても重要だ」

子供の頃の弟は、全ての感情に欠けていた。
大人になって再会してからも、姉や旧知の相手には、無の表情しか見せない。
そんな弟が、結婚して家族を持ち、娘を育てることで変わった。


『いいえ、‘ 大切なひと ’ よ』

「何が違う?」

『重要なものというのは、時が経てば重要ではなくなる。
でも大切なものは、失うと辛い』


「時が経てば必要でなくなるもの」と、「失うと辛いもの」の違い。

このドラマの脚本家は、とても上手いと思う。
構成もさることながら、登場人物それぞれの魅力や特徴、心情の微細な表現の仕方まで。
役者も勿論

果たして日本には、こんな物語を書ける方はいらっしゃるだろうか





【海のはじまり】

初回はホラーだと騒ぐ方々がいましたが
不思議ちゃんの母に育てられた子ども。
しかもまだ小学生の表現力なら、何も不思議はない。
むしろ初めて存在を知ったお父さん(夏くん)への、空気を読んだ気遣い抜群の子どもかと。笑


海を宿した水季を見て、産みたいのかもしれないと気づいた父。
やや影は薄めですが、さすが『おとうさん』です。
「孫が見たい」と、娘の背中をそっと後押ししてくれました。

そんな父子の会話
「お母さんを大事にしない私でも、お母さんになれる?」
「(お腹に)居るんでしょ。じゃあもうお母さんだ。
『そう簡単に、始めたり止めれたりするものじゃない。』」

はっきりした性格の母親は、愛娘に忠告をしました。
「人にかわいそうと言うのはやめなさい。
知らないかもしれないけど、(私は)幸せなの。」

夏の恋人の弥生は、一人で何でもできて、しっかりしている。
立派に自立した人間に見える。
けれどそれは、環境からくる前面に現れる姿というだけで、心の奥底は見えません。
意見を押し付けることもなく、自分の気持ちだけで話を進めることもなく、考える時間を与えてくれる穏やかな夏。
そんな夏に、おそらく初めて心を打ち明けた弥生。
「一緒に迷えるのが淋しくない」


父が言うように、『お母さん』は、簡単にやめられません。
お腹に宿し産み落としたら、成人するまではお母さんに責任があります。

産もう。
あ、やっぱ育てるの面倒だからやーめた。
は、命には通用しない。

かわいそうだと思うのは自由だけれど、かわいそうだと『言ってしまう』のは、なにか違う。
どんなことが幸せで、どこがかわいそうなことかは、本人にしか判らないことですもんね





ウィルスや菌が浮遊する空間で

踏まれて
押されて
押しつぶされて
ぶつかってこられて
ぶつけられて
全力で寄りかかられて

考えてみると
通勤は恐ろしいシステムだと思う




【ビリオン×スクール】

山田涼介さん(雇い主)と木南晴夏さん(執事?秘書?お世話係?)の掛け合いが絶妙です。
山田さんは美形ですが小柄なので、ハンサムよりコメディの方が似合いますね。

御曹司でIQも高そうですが、性格に問題がありすぎる教師を演じています。

訳あり問題児専門クラスの担当になった加賀美は、自慢の頭脳を駆使して問題を解決していく。
『理想のAI教師』を完成させるために。

天才故か、度々人の気持ちを理解できない加賀美ですが、たまにいいことを言う。

「誰にでも自分を一番大事にする権利があるはず。
‘ 自分を傷つける自分 ’であってはならない。」


人間はよく後悔をします。
後悔をしてそれを次回に繋げるだけならまだしも、酷く自分を責めてしまうこともある。
責め続けてしまう場合もある。
これも加賀美が言う‘ 自分を傷つける自分 ’ の姿


無理をして頑張って、辛いと思いながら今の会社で働いていることも
行きたくないと思いながら重い足を引きずって通学することも
もしかしたら、「自分を傷つけている自分」なのかもしれません





あちこちの駅やトイレから、ゴミ箱やカン・ペットボトル捨てが撤去され
健康促進で副流煙を防ぐため、あらゆる場所から喫煙所も撤去され久しいですが

それらの弊害でしょうか…

気がつけば、線路高架下の雨水を抜く(と思われる)箇所に、缶やペットボトルが入れられていました。

場所に依っては奥に押し込まれ、飲み口を何かで引っ掛けでもしない限り、取り出せない位置にまで。

通り道に設置された穴、おそらく全てです。


副流煙を避けるために喫煙所を撤去した結果、歩きタバコとポイ捨てが目立つようになった。

けれど、せっかく撤去されずに残してもらっていた喫煙所でさえ、一部のマナーの悪い人間により、空箱や空き缶を捨て置かれていました。


テロ予防にゴミ箱を撤去した結果、塀の上にぽつんと置かれたり、自販機の横にコッソリ隠すように捨てられていたり…

マナーを守れない人間が多く、ルールが守られないから撤去されたのか

撤去をされてしまったからゴミが目立つようになったのか


「あった方が便利なもの」を排除するには理由があると思いますが、いいことなのでしょうか