このブランドとこんなに早く対面できるなんて思ってもなかった
伝説のブランド、THE BOSS
40年代には消滅してしまった
映画撮影用衣装を手がけていたブランド。
刺繍タグなので、最終期のものかな?~30'sはプリントタグで、カラー版とモノクロ版がある。
定冠詞『THE』がついてないけど、
2匹の象がジーンズを引っ張ってるから、あのTHE BOSSで間違いはないよね
今日、美容室の中で、
「昔、AIR FORSE 2ってのがあってさ、ずっとそればっか集めてた時期があったんだよね。」
「2ですか?」
「そう、2。俺は見つけたらそればっか買ってたんだよ」
「AIR FORCE 1は、復刻が出てるじゃん?でも、AIR FORCE 2は未だ復刻とか出てなかったんだよね。(当時)」
「なるほど」
「でもさ、やっぱ、知ってる人は知ってるわけじゃんね」
「そういうのがいいですよね」
「でしょ?」
ってやりとりがあって、
AIR FORCE『2』、かつ安価な市場価格。なのにハイテク、かつナイキ。
っていうB級感にものすごく魅力を感じて、
一体どんなスニーカーなんだろうって考えながらの、その帰り道。
あんじゃん。
AIR FORCE 2
ってことで、
お持ち帰り決定。
はじめまして。
NIKE AIR FORSE 2 LOW (2003)
NIKE AIR FORCE 1ではなく、AIR FORCE2。
2。
あくまで、2。
しかしこれ、前もって報告しておくと、
復刻モデル。
どうやら、2002~05年まで、AIR FORCE 2は再販されていたみたい。
ハイカットモデルに比べ、ローカットモデルは高値で取引されるけど、
それでも未だ全然安いのがいいね。
AIR FORCE 1が恐ろしい値段で取引されているこのご時世に。
2だから。
そう。
あくまで、2(笑
このトリコロールの配色が、どことなく一昔前の『ハイテク』を感じずにはいられない感じ。
こういう中途半端な古いものも大好き。
AIR FORCE2は、AIR FORCE 1の後継機種。
1987年から1988年まで販売されてたスニーカーです。
1に比べ、ソールが厚くなってます。
当時ニューバランス・コンバース…らがシェア争いを繰り広げていたバスケットボール業界に、
80年代『AIR JORDAN』で切り込んだナイキはこの業界において圧倒的地位を獲得することに成功します。
NIKE AIR JORDAN 1
AIR FORCE 2はこの当時のバスケットボール業界でも、
最新ハイテクスニーカーとして、絶対的な地位を担ってきました。
この頃もNIKEは中国製が多いです
製造年度はタグで判別。
『FABRIQUE』下の『031202』の上2桁が製造年度。
『03』なので、03年度製です。
当たり前だけど、ハイテクスニーカーの先駆者、かつ、コルテッツの先駆者、ナイキ。
たとえ、AIR FORCE2が『2』であろうが、NIKEメイドのスニーカーであることに変わりはなし!
要するにナイキには、一切妥協なし!
B級でもいいじゃない。
AIR FORCE2。
知ってる人が、履きたいスニーカーなのね?
そういうのってどうよ?
どう思います??
2015/2/25
こちらも合わせてご覧ください(^^
こんばんは。
本日は、N-1デッキジャケットの特集となります。
VINTAGE-1940's N-1 DECK JACKET
World War Ⅱ(WWⅡ)の生き証人。
N-1デッキジャケット。
機能性が評価され、朝鮮戦争あたりまでNAVYで使用されていたモデル。
その無骨なスタイルに定評があり、ここ数年で急激に市場価格の高騰が続く。
状態の良いN-1ジャケットは数を減らし、ヴィンテージ業界では枯渇資源となりつつある。
当時、戦艦の甲板(デッキ)作業用として支給されたN-1デッキジャケット。
甲板上でオイルまみれになりながら、整備にあたった整備士たちの、いわばアイデンティティ。
戦火の裏にはいつも彼らが居て、これを着ていた。
40年代。
WW2はミリタリーウェアにとって、革命の時期だ。
WWⅡが長期化するに伴い、革製アウターの運動性の悪さ、高度の気温差に対し保温性が悪いこと、発汗性、また、アウターの重量の問題が明確になってくる。
特に、革製アウターの運動性と保温性は最大の問題であり、
M-445やAN-J-4といったジャケットは最前線の兵士にとって非常に扱いづらかった。
こうして新たな素材のジャケットの開発が急務となった米軍は、40年代後期から、
一転したアウター開発に尽力する。
その第一弾として誕生したのが、1944年、B-10ジャケットと言っても良い。
当時の最新繊維であったコットン繊維を使用した、最初のアウターである。
これを契機として、米軍のアウターは革製からコットン、ナイロンにシフト。
B-15、N-2、N-1、MA-1といった名ジャケットが登場することになるのだ。
それでは、N-1のディテールを軽くさらっていこう。
先ず、全体のスペックとして、
N-1は1944年モデル、40’sモデル、50’sモデルの3タイプに分けることができる。
1944年モデル
N-1の最初期モデルは、1944年より支給が開始される。
最初期のN-1は、厚手のピケット素材が採用されている。
ライナーには、当時の最高級皮毛であったアルパカが採用されており、
アルパカの茶色い毛皮がN-1の魅力を数段高める。
極最初期にはネイビーカラーが採用されており、このカラーは1年のみの仕様だ。
バックプリントに白文字で『U.S.NAVY』とステンシルが入るものもある。
更に、当時のN-1はリブ、引き紐、尿素ボタンが黒色の仕様。
ジッパーはコの字止め・ベル型タロンが採用されている。
この時期のN-1は非常に希少で、実物が出回ることはほとんどない。
現在の入手は困難と考えていい。
1944年度製のタグのコントラクトナンバーはNXss。
40’sモデル
全体的なスペックは、1944年モデルと大差ないが、
大きな違いとしては、ネイビーカラーからカーキに変更される。
1944年度にみられたピケット素材は、40’sモデルの前期まで確認される。
以降はジャングルクロスが台頭していく。
また、40’sモデル前期~中期頃にかけては、袖先にもアルパカが植毛されていたり、
脇本にベルトループが取り付けられていたり、袖がダブルステッチであったりと、特徴が多い。
多くのブランドが復刻する、人気のモデルだ。
同じ40’sモデルでも、製造年度によってディテールは異なるため注意が必要。
当方の主観的に、40年代のN-1を前期型と後期型に分類すると、以下のとおり。
~40’s前期~
・ピケット素材
・袖先のアルパカ植毛
・脇本ベルトループ
・袖のダブルステッチ
~40’s後期~
・ジャングルクロスの台頭
・袖先のアルパカの省略
・脇本ベルトループの省略
(※あくまでも大まかな識別となります。
N-1は個体差が大きいため、前期後期のディテールが混在することは珍しくないです。
詳細は研究中です。)
リブ、引き紐、尿素ボタンはオリーブグリーンに変更。
ジッパーはコの字止めベル型TALONである。
ライナーもこの時期までは100%アルパカ。
胸元に入る『U.S.N.』のステンシルは幅狭のフォントだ。
1945年度製のコントラクトナンバーはNXsxとなるので確認されたい。
50’sモデル
先ず、50年代のN-1では、純粋なオリーブグリーンのボディカラーのアイテムが見られるようになる。
ライナーはアルパカとウールがハーフハーフの混紡繊維に変更。
ジッパーはこの時期から、コンマーのベル型(コの字止めでない)、TALONの角型、コンマーの角型といったジップが使われるようになる。
また、タグも、40年代の『製造+コントラクトナンバー+サイズ』のみの表記という簡潔なものと売って変わり、ライニング、繊維表示の加わった大きめのタグとなる。
それでは、今回のアイテムのディテール紹介。
40’sモデル前期、おそらくジャングルクロスのN-1 DECK JACKET。
100%アルパカのライナーだ。
コントラクトナンバー付近。
NXsx という表記から1945年度製とわかる。
サイズ表記は36。
ゴールデンサイズのN-1はなかなか珍しい。
厚手のアルパカライナーもあり、着用感は34に近い。
最上部はコの字止め。
ジッパーは、衣類で最もメカニックな場所。
整然とした美しさがこの時代のTALONの魅力。
アルミ打ち抜きだ。
30年代に見られるアールデコ調の装飾がないのも40年代の特徴。
ジッパーエンドのデコタロンも、この時代のアイテムに更にプレミアを付ける。
脇のループは、同時期に支給されたN-1デッキパンツを意識して設計されたもの。
隠しリブ表にもアルパカが植毛されているのは40’sモデル前期の特徴。
実物ではかなり希少なディテール。
襟元には防寒用にストラップが装備されている。
『U.S.N.』のステンシルは、40年代の幅狭フォントのもの。
以上が、N-1のおおまかな解説だ。
N-1の、その、機能性のみを追求したルックスと、防寒性は、
言葉では言い表せないような魅力、魔力に満ちている。
一度ハマると、ぞっこん。
是非、N-1の魅力を味わってほしい。
最早、衣類、というひとつの機能を払拭した、
再度、いわば、『WWⅡの生き証人』なのだ。