てつりんのブログ -153ページ目

2年ぶりのLIVE IN JAPAN


イギリスの老舗ハードロックバンド、DEEP PURPLEのコンサートへ行って来ました。

行ったのは16日の月曜日、会場は大阪フェスティバルホール。
因みに、フェスティバルホールは新しく建て替えられてから行った事がないので、少々戸惑った。

18時開演、19時スタートなんで、この間にグッズ買って自分の座席をチェックしておかなければならない。
グッズ売場は整理されるほどのすんげー行列だったが、ソレに反して特に目を引くようなものは売ってなかった。だが、メンバーの顔があしらわれたTシャツとベースボールシャツ、パンフレットだけは買っておきました。

A席の後ろのほうだったけれども、充分観る事が出来、これで申し分ない!
だが、勾配がキツく階段上り下りするのには若干注意を要すし、隣席や前席との間隔が狭いので、見てる時に途中から遅れて前横切られたりするとウットウシイ!

19時ちょうど。クラシックぽいオーケストラの前奏が流れ、”ハイウェイ・スター”のイントロが流れた!さあ、いよいよはじまるぞ!

黄金期の曲は一とおり演奏、今まであまり演奏される機会がなかった隠れ名曲も演奏された。但し、2年前のニューアルバムからの新曲や、再結成後の曲はあんまし披露されなかったです。

当然というか、みんな知ってる”スモーク・オン・ザ・ウォーター”では全員が大合唱!、コンサートのクライマックスでした。

最後尾のお客さんが座って見てるので、立ってノリノリ状態で見る事が難しかったが、それでも充分5人の紫神達はノラして下さいました。
尤も、下のアリーナ席は観客総立ちで、大ノリでありました!

DEEP PURPLEのオリジナルメンバーは、もうドラムのイアン・ペイスだけだし、70年代の黄金期に活躍したメンバーも3人しかいない。
バンド創設者であるキーボーディストの故ジョン・ロード師も、体力上の理由からバンドを去られてから約14年、そして数年前お亡くなりになられた・・・。
大人気ギタリストであったリッチー・ブラックモアも、バンド去られてもう23年で、今は奥様と中世音楽バンドを組んでて、もうパープルには戻って来そうにもない・・・。

しかし、ギタリストのスティーヴ・モーズはバンドに加入してもう20年になり、在籍期間は、リッチーよりも長くなっている。
ギターサウンドは硬い音がするリッチーとは違いやや柔らかな感じだが、マルチに弾けるミュージシャンである。

ドン・エイリーも、あらゆるキーボードに精通しているが、創設者であった故ジョン・ロードの遺志を引き継ぎ、ハモンドオルガンでの演奏が多かった。

途中のキーボードソロで、どっかで聞いた事のあるメロディーを演奏。あとで、いきものがかりの曲だという事がわかったが、なんで知ってんねん?

2年前のニューアルバムが、パープルの新境地を開いたって事で結構好評だったと聞くし、平均年齢66、7歳の紫神達は、これからも素晴らしいROCKを聴かせてくれるでしょう!
彼らのこれからのますますの御活躍を期待しています!


上野の森美術館出品用の絵が完成&上京

絵ねたに少し悩みながら仕掛けていた、今年度の上野の森美術館・日本の自然を描く展へ出品する絵がようやく完成致しました。

題は「極楽への第一番所」。

毎年冬の季節に、大神神社へ訪れた際ついでに寄っている近くのお寺、平等寺の風景を絵にしました。
リストラされた直後から訪れているんで、もうかれこれ13年間訪れてるという事になる。

最初に訪れた時は、何だか天国か極楽浄土へ行く番所いうか関所みたいな感じに思えた。
大神神社は全国的にも有名かつパワースポットでもあるので、多くの人々に知られているが、この平等寺は聖徳太子と関わりのあるお寺なのにも関わらず、あまり知られていない。

晩秋の季節は毎年紅葉が非常に美しく、まるで極楽浄土のお寺のような感じがするので、是非とも絵にしてみよう、て事で貼り絵にしました。

いつもながらの殴り描きならぬ殴り貼り状態なのと、晩秋の季節にふさわしい樹木の葉の色の和紙が少ないのとで苦労しましたが、さて、この絵が入選するかどうか・・・?

 

今年もいけばな展観賞!

もう約2週間前になってしまったが、5日の木曜日、今年もネット友人が出品展示しているいけばな展を観に、神戸元町の兵庫県民会館へ行って来た。


今回も、薔薇、なでしこ、ヒマワリ等、お馴染みの美しき花々をメインに使用、例年のような凝った創作いけばなは、盆栽風のものがあったり、油絵やグラスとのコラボレーション作品があったりして、新しいスタイルのものが多かった。




よく彼がお話しされてるんだけど、「俺はコレを出すんだー!」と意気込んでたものの、前日当日になってしおれたり枯れたりで、展示できなくなったりして、止むを得ず他の花にするなんて事もよくあるらしい。




今回は、”新たな芸術作品”という感じで、伝統的ないけばなを新たな次の時代へ挑戦させているかのような作品群が多かった。





今年も、今年出品する貼り絵制作の息抜きに癒されるものを見る事が出来ました。

おに、がわ、らぁー!

一昔前の瓦屋根家屋や建物には、必ずと言っていいほど棟に飾られてた、人の顔みたいな鬼瓦。
コレが棟に飾られてるだけで、”日本家屋だな!”というのがわかり、神戸の洋館にも飾られてるんで、それだけで日本にある建物である事がわかる。




しかし現在では、下写真のようなシンプルすぎるものが主流になっているのが残念なところでして、新築家屋の鬼瓦は殆どがコレ。




とは言え現在は、瓦自体が軽い金属で製造され、昔っぽい複雑な意匠の鬼瓦も製造されているそうなんで、自分ん家の瓦葺き換えるとしたら、絶対コレを棟に付けたい!

今年もGW返上で、絵の制作!

みなさん、今年のゴールデンウィークはどこかへ行かれましたか?

私は、と言うと、今年こそゴールデンウィークはどこかへ旅行へ行こうと思うていたが、今年のたぶろう展に出品予定の絵ねたがなかなか決まらず、3月までズルズルとなってしまったのと、熊本の地震で自粛気分になってしまったのと、4月29日に鉄道友の会の(模型)運転会があったのとで、例年どおり貼り絵の制作作業をメインとした。

とは言え、ずーっと絵の製作に没頭していたというワケでもなく、先に述べた模型運転会の他、平野区にある大念仏寺の5月行事である万部おねりを観に行ったり、友人のいけばな展を観に行ったりしてたので、完全な引きこもりではなかった。

ソレにしても、締切まで出来るんだろうか?心配になってきた~!


今年も猪名川町へ行って来ました

「もう、毎年春にいつも行ってるんやし、今年はよそうかなぁ?それとも一旦今年で終わりにしようか?」と思うてたマイイベント、”春に猪名川町へチャリで行く”であるが、行ってまた新たな感動をして帰って来ました。

今年も”新緑の清々しい季節を観て感じたい!”という主旨で、ちょうど一週間前の4月23日に実行しました。

家を出たのが10時半頃だったので、猪名川町までは結構サクサク行けました。

また、例年よりも疲労感も軽かったけれど、自分の足が短かいせいで、チャリに跨った際地面につま先でしか足届かず、結構フラつく事があり、ややもすれば危険な目に遭ってた、なんて事にも遭遇した。



写真で御覧の通り、やや曇り空ではあったものの、山々の新緑や桜の後に咲くいろんな花々がきれいでありました。釣り人もたくさん見かけたので、川魚の解禁日かなんかな?

また、2年前工事中で訪れる事の出来なかった酒蔵カフェがLOPEZというおしゃれなお店にリニューアルされてました。
昼間はバイカーやドライバー達の憩いの場として、そして蔵の中では絵の展覧会やアクセサリー製作、夜にはライブをやったりしているそうだ。
当然、絵はじっくり観させていただきました!
絵の題材は自分もよく知ってる川西市や篠山市の風景ですが、このなんでもない風景をこのように”絵”になさる事の出来る技量には、やはり共感を覚えました!

ジュース飲みながら、このお店の人達とお話ししました。やはりママチャリで豊中からここまで来たのにはビックリなされてました。


 





 




町の最北端である柏原という地まで行きたかったのだけれど、チャリを押して行かねばならない急な坂道が続き、時間的にも難しく、小雨もぱらついて来たので、西原というバス停の途中で引き返しました。
その引き返す際に、河原の少しばかりの原っぱで草を食む馬を見つけ、普段牧場でしか馬を見る事はないので当然驚きました。どうやら向かいの家で飼ってる馬のようだ。









帰路は、時折小雨がぱらついてやや不快であったが、~とは言うても傘さして歩いてる人もいなかった~、それでも美しい春真っ盛りの風景を観て感じ取れたのは最高でありました!

次回は、途中から枝分かれする道の先を行ってみたいと思います。

つけ麺処つぼや

正月の挨拶回り時に見つけた、おいしそうならーめん店、「つけ麺処つぼや」。
元々はつけ麺がメインの店だったが、最近になって普通の醤油らーめんも出た。

大阪のキタ界隈で数店舗あるが、自分にとって一番行きやすい梅新東交差点近くの梅田店によく行っている。

つけ麺は甘い味にピリ辛のアクセントがあるけれども、普通の醤油らーめんは、王道の醤油スープで、やはり少しだけペッパー系のピリ辛アクセントが入ってる。




麺は丸いストレートのモチモチ麺で、コイツがスープに絡むとうまい!

店内は木造の小屋のような造りで、和やかな感じがする。

いつもブラツいてる界隈から少し歩かねばならないのがチト辛いが、また行こう!

(写真は南森町店)

野上電鉄の魂に誘われて・・・

なぜか、2年前に廃止20周年記念で訪れた野上電鉄の廃線跡をまた訪ねたいと思い、青春18きっぷ使って4月第二週目の日曜日に訪れた。

なお、この鉄道の概要は2011年3月31日付の日記 でも述べているので、併せて参照にされたし。

午後2時頃、JR紀勢本線海南駅に降り立ち、近くの食堂で昼を食ってから行動しはじめた。今回は少し早立ちしたので、周りを見ながらの散歩気分でノスタルジーに浸りながら、廃線跡ウォーキングが出来そうだ!

起点だった海南駅そばの日方駅跡は今も空地で、何か工事をしはじめてるようだが、2年前と比べてさほど変わっているとは言い難い。一体何が出来るんでしょうか?

ココから約6kmほどの元線路がウォークラリー道路となっており、ズンズン歩いて行った。駅だった所は休憩所となっており、地元住民の憩いの場ともなっている。



ウォークラリー道路が途切れると、そこから先の元線路は、従来の道路や新しく敷設された道路の横に繋げられてたり、住宅になってたりして一見では見分けられない。
その道路も高く敷設されてる部分があり、22年前の廃止時の風景とは完全に変わっている。







とはいえ、元沿線だった所には田んぼや畑は未だに多く、あちこちで親と遊ぶ子供たちの姿が見えたが、おそらくこの子たちはココに電車が走っていた事を知らないんだろうな・・・。

現役時に何度も訪れた神社にも訪れ、近況報告をしておいた。

午後6時20分頃、終点だった登山口駅跡へ着いた。
2年前訪れた時より、やや時間がかかったようだが、それはじっくりと沿線風景を見歩きしながら、現役時代の感傷に浸りながら、歩いたからであろう。

昭和最後の年、この野上電鉄をはじめて訪れて感動、それからと言うもの鉄道趣味の素晴らしさを色々と味わった。

今は沿線の住民はおろか、”鉄”でさえも、野上電鉄の事は思い出したり口にしたりする事はもう少なくなってるだろうが、たびたび訪れて感動した素晴らしさはいつまでも胸に収めておきたい・・・。


月日は流れ 我等も年を取るけれど 野上(きみ)の事は 永遠に忘れない
 

幾度もの危機を乗り越えて・・・

【熊本地震】希望運ぶ〝一番列車〟…熊本の市電再開「街の誇り」

http://news.livedoor.com/article/detail/11431440/

 

この熊本市電、ガキの頃に読んだカラーブックス「路面電車」(S48年刊)にも載っており、「遠からず全廃される予定である」と書かれてあった。
ところがだ、それから約11年後の一人旅で、熊本を訪れた際は廃止どころかバリバリ走っていたし、新型車両も増備されてたんで、熊本市内の足として完全に定着しているようだった。

その後も熊本市を旅で訪れた際には、市内観光や宿へ行く時に利用していた。
その時はもう、新型車両もかなり多くなっていたし、今では最新式の電車が走っている!

今回の地震で当然運休になったが、19日にもう運転が再開されたんで、喜ばしき限りである!

何度も廃止の危機を乗り越えてるとは、不死鳥のようやな!

 

 





 

 

 

愛する土地での悲しき出来事・・・

木曜日と金曜日に起こった熊本県の大地震には驚かされた。
よもや、こんな災害とは殆ど無縁な地域という先入観があったからだ。

長い間、私のSNS見ている人達はおわかりだと思うが、私は中3の修学旅行以来の大の九州好きで、一人旅でもう10回以上も上陸している。

当然熊本県内でも、宿を取った事があったし、観光もしているし、ただの通り道だった事もある。

また10年前、NHKのお昼の番組で山鹿の町が放映されてて、「ああー、ココは全然行った事ないなあー!さほど交通の便も悪くはなさそうだし、行きたいなー!」とも思うてた位だった。

よくニュースでクローズアップされてる益城町は、バスで通っただけで殆ど記憶はないが、被災した熊本城や阿蘇神社には、31年前失恋直後の九州旅行で訪れてるし、運休中の豊肥本線も昭和63年のGW時に途中の駅で降りて、後に貼り絵ねたとするきれいな風景をも見ている。

現状態では自分には何にも出来ないが、これ以上地震が起こらないように、犠牲者が出ないように、そして何よりも早く復興してほしいものだ。

ソレにしても、神様も地震ぐらいは阻止しろヤー!