圓教寺
姫路のはずれにある西国三十三カ所、西の比叡山と呼ばれる書写山・圓教寺へ行って来た。
「ラストサムライ」や「軍師官兵衛」のロケ地にもなった事でも有名。最近では「本能寺ホテル」や「3月のライオン」のロケもされている。
されどもこのお寺、関西人でしかも姫路にはよく行っているオレでさえ、友達のキネシオロジストが訪れた日記を見るまでは全く知らなかった。
しかも姫路によく行ってるのは、お城ん横の市立美術館に鑑賞に行くためで、あとは途中下車する町という感じだ。
姫路に着くと、さっそくバス乗って、お寺のふもとにあるロープウェイ乗り場まで行った。市内なのに30分くらいかかり、まわりはほぼ田舎の風景、すぐ上を中国自動車道が通っている。
ロープウェイ乘って山の駅へ着くと、仁王門まで少し歩く。道の両脇にはたくさんの仏像が並んでいる。
山門から15分くらい歩くと、清水の舞台みたいな摩尼殿へと到着する。ここからが、お寺の境内だ。

この摩尼殿を下側から眺めると、ホント、木造建築の緻密さが伝わってくる!仏さんも安置されてるらしいが、奥の方なので見れなかった。
ここから、お寺の境内にも関わらず山道みたいな道を6分くらい歩いて、大講堂、食堂、常行堂と3つの堂がある場所へ行く。ココが本堂ともいうべきトエリアなのだそうだ。なお、映画撮影がなされてるのも主にココらしい。

なるほど、お寺だけれども、こうして内部から撮るとなると、城郭のようにも見えるな!大講堂の二階には仏像などが安置されてる史料館的な感じになっている。その他の伽藍は、お参り出来る建物もあるが、5時くらいにもなると閉門される。

石畳で敷き詰めた中にあるようなよくある寺院とは違い、ココのお寺は自然の山ん中に伽藍をそのまま建てたような感じだ。まるで、初心者が造る(鉄道模型の)レイアウトのお寺みたいだな。(笑)

約3時間強。じっくりと観て周ったって程でもないし、深刻なお願い事や願掛けをしたというワケでもないが、4月上旬第一日曜日の昼を存分に和ませていただきました。
湯浅ぶらり旅
先月末の話しになるが、和歌山県の湯浅へ行って来た。
別になんて事はない、ただかつてみかんと醤油の町として有名になり、上京前にも訪れた事もあるので、久しぶりに行ってみたいと思ったまでだ。
青春18きっぷ使ったので、往復はもちろんJRの紀州路快速。ただ、快速とは言えど途中かなり多くの駅に停まるんで結構時間がかかる。
湯浅駅に着いたのが午後3時頃。やや遅い時間であり、しかも小雨がパラついている。遅い起床のせいでそうなったのだから、止むを得ん!

昔ながらの木造住宅の間に、建て替えた現代風の瀟洒な一軒家があったり、古そうな公民館が残ってたり・・・、またココでも観光に力を入れてるのか、道路や公衆便所が整備されてたりして、ブラリの町並み散策にはいいだろう。


漁港のほうへ行ってみた。漁船の船溜まりと言った風情で、個人持ちのクルーザ船や、ましてやタンカーや高速船や客船などデカイ船舶はない。天候のせいか静かだ。
またココも、過去に津波が数回発生して、その度に堤防が築き上げられた。今は完全なる対策がなされているようだ。

それから駅に戻って横切るような恰好で、醤油工場の町並みへも行ってみたが、既に午後5時まわってたんで、どこも閉館していた。
そのまま西へまっすぐ行くと、コチラ方面も海のそばになり、小雨パラついてるのに、はるか水平線眺むれば、うっすらと沈みかけてく太陽が見れた。
ココには、役所のビル取り壊した跡とさびれた公園とがあった。

どーもココ、上京前の27年前以外に、9年前にも来た事あるみたいだ・・・。なんだか、当時の記憶がうっすらと浮かび上がって来た。
たまたま、当時の日記を書いていなかったのと、写真も撮ってなかったのとで、そんで以って記憶が飛んでしまったのだろう。
行った感想だが、近畿圏の町とは思えない、静かな漁港の町で、そんなに大きな町ではないので、日帰り旅には充分なエリアであった。
しかしやはり遅い起床のせいで、出発が遅くなったのと、天候が悪かったのが悔やまれる。天候は止むを得ないとしても、遅い出発はなんとでもなる。
これで3回訪れてはいるものの、それでも閉館で入れなかった資料館など、行ってないエリアもまだある。
次回湯浅を訪れるのはいつの事になるだろう?また、行ってみたい!
大阪でもほうとうが食べられる!
大阪の電気街、恵美須町へ行って引き返す時の事。
地下鉄堺筋線が人身事故に遭い、当分運転を見合わせるとの事だったんで、自分ん家の最寄駅に直通している地下鉄御堂筋線の駅まで歩いて行こうとした。
で、足を数歩進めたところ、山梨県の名物であるほうとう鍋を出しているお店「甲州麺」に出くわした!
生憎この日は既に、他の店でらーめん食った後だったので、店入らなかったが、後日あらためて入り、ほうとう鍋と餃子のセット「甲州麺セット」を頼んだ。
幅も厚さも、きしめんの2倍はあろうかと思われるほどのデカイ麺に、カボチャ入った味噌スープが絡んでうまい!
もうかれこれ、24,5年前のG・W時に味わった懐かしの・・・、ではなくて、忘れかけてた味だ!
らーめんとは違い油は入ってないので、スープもすっきりおいしく味わえる!
因みに、なんで餃子とセットなのかまではわからんかったが。
次回恵美須町行った際は、従来から行きつけてるらーめん店と、このほうとうの店とで悩むところだな!

どうにか完成!
今年1月中旬から製作していた、旧型客車2両がきのうやっと完成いたしましたー!

実車は、終戦直後、増大する旅客輸送(殆どが買い出し客)の安全性向上のため、明治末期から大正末期の古い木造客車の金属部分を再利用して鋼製ボディーに載せ換えた鋼体化客車で、乗り心地や居住性よりも、人をたくさん乗せて運ぶ事が主目的でした。
だから、座席間隔は狭く、座席の背摺りも板のままの、いかにもなボンビー客車でありました。
当然、普通列車やローカル線での使用がメインで、SLがなくなってからも、平成初期頃まで使用されておりました。
完成品は既に、大手鉄道模型メーカーT社から製品化されており、K社からも今月末に出る事が決定していますが、両社の事だから、どうせきれいすぎる客車となるに決まってるんで、ココはボロッちかった実車に倣い、あえて少々安物っぽい出来の古いプラモデル形態とガレージキット形態の製品を組み上げた、というワケです。

「こんなん、車体をロの字型に組んで、屋根付けて塗装すれば、1か月位で完成するやろ?」と思いきや、以前から数回述べてるように、金属とプラスチックとの接合のむつかしさ、缶スプレーの故障、塗装乾燥前にうっかり触ってしまう、湿疹に侵された薬ベタベタの指で触る、塗装がムラになる、ハゲる・・・など、結構苦労させられ、結局2か月かかってしまいました。
また、完成間近には、「実車がボロッちかったから、きれいすぎたらおかしいし、コレでエエやろ!」的な気持ちになったのも事実です。
それでも、ギミックとして、ストックしてたテールライトを点灯させる部品を組み込み、下写真の客車をテールランプが点くようにしました。
THE MODS×THE COLTS「LITTLE SCARFACE FESTA 2017」
本日、ザ・モッズとザ・コルツのジョイントライヴ・「LITTLE SCARFACE FESTA 2017」へ行って来ました。
まず、最初にザ・コルツのステージ。
ザ・コルツはモッズの弟分的なバンドで、ギター&ボーカル、ベース、ドラムの他、サックスやキーボーディスト、パーカッションをやるメンバーもいる。
黒と白の縞々ボーダー柄の衣装と帽子がトレードマークのようです。
サウンドも50~60年代ロックンロールに、ジャズやスカのテイストを加えたような明るいサウンドで、割と親しみやすいです。
コルツが45分くらい演った後、いよいよお待ちかねのザ・モッズのステージ。
今回、リーダーの森山さんは、ボーカルはもちろん、ギターも結構弾かれてて、リードギターも弾かれる事も多かった。昨年11月のステージでは、ギター弾く回数が少なかったんで心配していたが、また弾かれるようになってよかった!
リードギターの苣木さんは、今回愛用の黒いギターは使用されておらず、私が持ってるのと同じ赤いギターと金色のギターを弾いておられた。いつもながらのツボ押さえた素晴らしいサウンド。
ベースの北里さんは、結構目立つファジーなベースサウンドを奏でておられた。しかも結構動き回ってるにも関わらず、キチンとボトム押さえておられるんで、自分のベースプレイの参考にもなった。
ドラムの佐々木さんは、ビシバシと、シャープでタイトなドラムさばき、もう完全に、現モッズの中核サウンドになっている!
私の知らないナンバーも演奏していたが、ほとんどがモッズファンの間では知られてるお馴染みのナンバーが多く、静かな曲ではじっくりと聴き、激しい曲では、ダイブや飛び跳ねはしなかったものの、ノリまくってました!
フィナーレは、モッズとコルツが共同で作ったCDからのナンバーが数曲。ファンキーかつゴキゲンで明るいサウンドで会場を盛り上がらせて、終了となりました。
感動すると同時に、また音楽を、また楽器を手にしたい、練習したいと思わせました!指の湿疹治ったら、取り掛かるぞー!










