あの世に行って10年が経った・・・。
父親があの世に召されて10年が過ぎた。
奇しくも、太平洋戦争開戦日で、ジョン・レノンや野村佐知代の命日と一緒である。ま、そんな事は関係ないが。
10年目の命日は、毎月実家で行なっている、お坊さんが来てお経をあげる月命日と何ら変わらぬ1日であった。
さて、この10年間オレはいったい何をやってきたんだろう?
「オレはオレの生き方で成長する!」と、胸に誓い行動してきたつもりだが、実際は10年前と何ら変わらぬ頼りないだけの独身五十路おやぢである!
以前の日記でも述べたように、父親にはティーンエイジから20台前半にかけ、多くの夢ややりたい趣味を潰された事、向かない事物を押し付けられた事は今でも恨みに思い、思い出してはおかしな言動をするケースも多いが、それでも上京してる間に、その”潰された事”や夢、出来なかった事をバリバリやってたし、また、死んでから再びやり続けてるとは言うものの、とてもとてもプロの域には達してない!
仕事のほうは、父親ほどは動き回ってはいないが、多くの人達に助けられて、どうにか安定した経営を続けて行けてる。
この10年の経過を期に、趣味の他、父親の遺志を継いで・・・と言うよりも、自分なりのやり方で、家業の仕事をより一層がんばろう!
過去の辛い出来事ばかり思い出して、なかなか前向きになれぬオレだけれど、少しでも歩んで行こう!
(写真下:父親の書斎の本棚)
指にマメができた
来る冬の発表会に向けて、最近は家でベースを弾いてる事が多い。
オレはピック弾きではなく指で弾き、しかも普通のプレイヤーの如く、人指し指、中指の二本の指だけで弾くのではなく、親指も使って弾く。
今やってる音楽はハードロックで、しかも低音弦をかなりの速度で弾く事の多い曲だ。
それで必然的にマメが出来たのだ。
この写真ではわかりにくいけれども、親指先端の右部分、中指先端真ん中のやや左部分に出来ている。以前はギターで左指を患った事もあったが。
”潰してはダメ、余計に悪くなる”という事は知ってるんで、潰すどころか薬も何もつけず、そのままの状態で、弦をヒットする時はなるだけソコの部分避けて弾いたり、普通の二本指だけで弾いたりもしているが、結局は元の弾き方に戻っている。
まあ、プレイに支障がなければいいんだけれどねえー。
道具に投資
梅雨の時季から作り直してる、阪急電車の鉄道模型だが、ようやく吹付塗装が終了、今、あのピカピカに光ったマルーン色を表現しようと、砥ぎ出しという作業をしているところだ。
また、少しでも作業しやすく、そして納得のいく素晴らしきものにせんが為、最初に製作した約32年前にはこの世になかった、ありとあらゆる便利なツールやグッズを購入、あーだこーだと使用している。
作業している途中で、「ああ、コレは別に必要はなかったな。」と思うグッズもあるけれども、”必要最小限のアイテムで、素晴らしい作品を作るぜ!”、なーんて男気は、オレにはない!
今回は使わなくても、また他で必要になってくる事だってあるだろうし。
勿論、ネットでベテランモデラーのノウハウも調べて行なっているので、今までの自分のやり方を反省させられる事も多々あるが、おかげで手こずったり、失敗したりが少なくなっている。
一番厄介だった吹付塗装が終了してるんで、これからも時間はかかると思うが、あとの作業は順調に行くだろう。
かき揚げえきそば
姫路駅名物「えきそば」に新たに、新メニューが加わった!
かき揚げえきそばだ!
今年の8月くらいからJR姫路駅ホームやJR元町駅の店舗で発売されていたのだけれども、知らなかったのと行った時売り切れだったのとで食べ損ねてしまってた。
今日神戸方面へ行った際、その帰りにJR元町駅へ立ち寄ったところ、売り切れてなかった!ラッキー。
写真がそのかき揚げえきそばで、普通のえきそばよりも、少し多めの油がだし汁に浮いている。かき揚げの中身は、ゴボウや丸い小エビなど。だが、普通のかき揚げとは違い、これは具材がまとまってないような感じだ。箸で摘まむたびに具材や天ぷらころもがバラける。
しかし、そばと一緒に口ん中にすすめて行くと、だし汁がやや濃く普通のえきそばとはやや違ったおいしさで、えきそばにも少しコッテリがほしい人にはうってつけであろう。
でもオレは、普通の天ぷらが載ったえきそばのほうが好きだなあ~!
取引先からご招待の淡島、吉奈温泉の旅
取引先からのご招待イベントで、2泊3日、伊豆にある淡島と吉奈温泉の旅へ行って来ました。
1日めは、新大阪駅からひかりで静岡まで行き、バスに乗り換え日本平ホテルで食事、その後久能山東照宮へロープウェイで往復見学、またバスに乗って駿河湾に浮かぶ淡島の淡島ホテルにて宿泊。
日本平からは富士山の裾が見えたが、頂上は雲被ってて見えなかった。また、ビンテージカーのイベントか何かが開催されているんだろう、日独伊の古いスポーツカーがたくさん駐車場に停まっていた。
久能山東照宮は12年前、静岡の一人旅で訪れた事があったが、ロープウェイが日本平まで通じている事は全く知らなかった。さすが徳川家康公を祀っているだけあって、荘厳かつ豪華なお社である!

宿泊した淡島はホテルの従業員以外はいない無人島で、まるで盛った塩のような形をしており、小さな連絡船で渡るようになっている。先般の台風の影響で営業は休止しているものの、水族館や釣りなどの施設がある。
2日めは、出発頃には富士山がバッチリ見え、三島市へ行き、三島スカイウォークという日本最長の大吊橋を渡りながら富士山を眺望、うなとろ丼の昼食を食べ、修善寺界隈を散策してから、吉奈温泉で宿泊。

三島スカイウォークの大吊橋は、自分は高所恐怖症ゆえ、とても富士山を優雅に眺めながら渡る気分にはなれず、時折揺れたり変な軋み音に怯えながら、とにかく”早く渡り切りたい!”の気持ちでいっぱいだった。

うなとろ丼はうまかったが、オレはとろろをかけるのがあまり好きではないので、山椒だけをかけて食べ、とろろは別口でズズーッと食べた。
修善寺は、伊豆箱根鉄道の駅周辺は知ってるが、ここまで足伸ばした事はなく、竹林の小径や和風の民家が多く並ぶ家々、小ぎれいで凛とした佇まいの修善寺など、自分が青春18きっぷなどでよく訪れてる美しい街とそう変わりはなかった。
宿泊した吉奈温泉の東府や旅館は和風の旅館で、渡り廊下で結ばれてたり、蔵を模した建物棟が宿泊部屋になっていたりして、結構凝っている旅館である。
また、広大な敷地においしいパン屋や大正時代の建物があったりして、1つのテーマパークのような贅沢な造りである。
3日めは、浄蓮の滝、韮山反射炉を見学、そば膳の昼食をした後、伊豆村の駅にて買い物をした後、三島駅に到着して、帰路に着きました。
浄蓮の滝、韮山反射炉も初めて訪れる場所で、滝つぼまで行くのにはかなり降りて行かねばならぬが、滝の高さはそんなに高くはないけれど、瀑布ともいわんばかりの水量で、この水で名物のワサビが出来るんだな・・・。
韮山反射炉は、鏡が入ってるのではなく、炉の内部構造が熱を反射させるようになっていてそう名付けられているのであり、コレが江戸末期から明治初期に亘って稼働して、大砲などの武器を製造していたのだ。当時は日本の各地に数基あったが、今ではココしか残っていないらしい。
団体旅行ゆえ、今回も当然一人旅のような気ままなブラツキ見学や観賞は出来なかった所も多かったが、今回も、露天風呂がある淡島温泉や吉奈温泉の超高級ホテル、普段している食事の倍以上のグルメ、ピアノとバイオリンのセッションコンサートやフラメンコなどの観賞をも楽しめました。
東京と横浜に住んでてた折には、近場ゆえ伊豆へはよく行っていたけれども、今回訪れた場所は殆どが初めての場所だったので、反って新鮮に感じました。














