ペンダント、見つかる!
7月下旬に失くしたアセンションペンダントが見つかった!
なんと、失くした日に訪れたライブバーのマスターが見つけて、保管して下さってたのだった。
「コレ、(オレの本名)さんのと違うのー?誰のやろう?思ってたら、(オレの本名)さんが付けてたのを覚えてたんで・・・。」
勿論、マスターに御礼を述べたのは言うまでもないが、このペンダント、「後ろ向きな考えを前向きにする」らしいんで、ひょっとして、保管されてた間、このお店は繁盛しまくってたのではなかろうか? なら、それはそれでいいんだけれど。
以前の日記でも述べたが、失くした時は「いくら何でも、お店で落としたなんて事はないだろう。道の途中か電車ん中に決まってる!」と決めつけていたが、その思い込みが見事に外れたわけだ。
戻って来たからには、その代わりに8月に買ったのとで、2つの同じペンダントを持つ事となったが、もう落とさないように、今までのチョーカー∔もうちょっとロックがキツめのチョーカーでブラ下げる事とする!
これからは、かわりばんこに身に付ける事となろうが、ド不安な時や不幸のズンドコに陥った時は、2つとも身に付ける事としよう!
年末の玉造ギタースクール発表会
8日の日曜日、習ってる音楽教室の恒例発表会が開催されました。
今回も、弾き語り部とバンド部の合同発表会で、老若男女様々な方々の参加でありました。
私はバンド部で1曲(Fireball・ディープ・パープル)でベース&リードボーカル、バックで1曲(Call Me The Breeze・ジョン・メイヤー)でベースのみ、の計2曲を演奏しました。
”Fireball”は、ベースプレイとドラムとがなかなか合わず、それも歌いながらのプレイだったんで、レッスンやリハ、個人練習で非常に苦労しました。本番直前リハでも、外しまくり、何度も先生にダメ出しをされました。
元々、ディープ・パープルは、歌はボーカリストのみが歌い、楽器演奏者は基本的にボーカルを取らないので、二人分を一人が演る事に無理があるんかも知れん。
で、本番ですが、いつもは弾き語り部を先に演奏するところ、今回はバンド部を先に演るプログラム、しかもトップバッターでした。
「(テツリン)さんが先だと演りにくい、キンチョーするワ!」と言われましたが、いやいや・・・、この私もキンチョーと不安ばかりでした。
”Fireball”、いつも如く、キンチョーと焦りと開き直りが同居したようなプレイでしたが、それでも他メンバーの人達と一体になってノリノリで弾けたような気がしました。聴いてる方々からも大盛況でした。
あとの1曲の”Call Me The Breeze”はブルーズナンバーで、ベースだけのプレイでしたが、まあキチンと演奏できたんではないでしょうか?
他の出演者の方々の演奏ですが、バンド部は、私の知らない曲や今話題の眞子さまが大好きな”GET WILD”だったりでしたが、みなさん楽しんで、そして余裕のよっちゃん的な感じで演奏なされてたと思います。
弾き語りは、ブルーズナンバーがあったり、フォークソングであったり、御自身で作詞作曲された恋愛の歌を披露されたりして、ここん処ギターを手にしてないのと、恋愛してないのとで、羨ましさと感動とが綯交ぜになったような気が致しました。
午後5時前には全て終了、いくつかの反省点はありますが、場数を踏んで次に活かしたいです。
帰宅後、私はベースの手を休める事なく、23日に開催されるセッション参加曲の為の練習をしています。いずれも過去、この教室で何度も弾き倒して来た曲なんですが、忘れんこしていたり、別の弾き方もトライしてみたりで練習していきたいです。
なつかしの模型店
ガキの頃から上京するまで、よく通ってた、近くの商店街の模型店。
店主はこのように、いつもベレー帽を被り、パイプや煙草を咥えてて、結構説教めいた事を言う、気難しい親爺でした。
しかも、決して値引きしない!
例えば、塗料を買う時に色名で言うと、「番号で言ってくれないとわからん!」と叱られたり、冷やかしでお店に行ったりしたら、「アンタお金持ってんのか?えっ、ない?、何も買わんのだったら出て行け!」と怒られた友達もいて、予め買うものを決めてから行かねばなりませんでした。当然、長居は出来なかった。
当時既に、KIDDYLANDなどの大型ホビー店はあったが、大阪梅田まで出なければならないし、他の模型店は遠すぎてしかも品揃えも豊富でないので、止むを得ずココで買ってました。
(昭和48年の日記から)
もう11年が経つけれど・・・
今日は父親の命日である。今年も、毎月お坊さんが実家に来てお経をあげる月命日と何ら変わらぬ1日であったが、今回だけは違うお経であった。ゆえに一緒に読経ができず、最初と最後に詠む、浄土真宗の誓いや生活信条しか声出して挙げられなかった。
以前の日記でたびたび述べてるとおり、父親にはガキの頃から20台前半にかけ、多くの夢ややりたい趣味を潰され、向かない事物を押し付けられたし、私の考えを意見として聴かず、一方的に単に「強情だ!」と決めつけて、親子の会話を潰した事も多かった。
その事に対しては今でも憤るし、それを思い出しては、狂おしい気持ちになるケースも多い。
昨年のこの日に「親父もあの世行ってから10年になるんで、いつまでも怒るなんてもうやめよう!」と思ったんだが、やはりこのモヤモヤ感を消し去る事は難しいようだ。
しかしあすは、習ってる音楽教室の発表会がある。こんな暗い事や今更変えられない悲しき思い出ばかりにかまっているワケにもいかない。
”今この瞬間、自分自身を見失わずに見つめ、全力を尽くす事!”と、古今東西いろんな人達が仰ってるが、自分はソレがどーも弱いようだ。やはり、仰ってるように、今の自分自身を見つめ、今全力を尽くすように頑張って行こう!
1ヵ月かかって完成!
先月上旬から作り始めた、2軸貨車の鉄道模型キット8両がようやく完成した!
以前にも述べたように、このうち4両が金属キット、しかもヤスリで所々を成型をしなければならなかったので組みづらかった。
あとの4両は、普通のプラモデルと同じプラスチック製のキットだが、コイツもガレージメーカーゆえか、そのまま組み立てただけでは車輪が回らないなど、手直しせねばならない箇所が結構あった。
塗装は1色だけなんで単純。艶消しで塗装したので、その分リアルに見える。
ほとんどが黒ばかりの中、1両だけくすんだ黄色があるのは、コイツだけ保線区の工事用車両という設定なため。
それよりも一番手こずらせたのは、やはりナンバリング等のインレタシール。小さすぎて貼りにくいし、位置決めがしにくく、しかもずれたり破けたりしやすい。貼り付け後は、シールをフィットさせる液で保護しておいた。
まだ、機関車に牽かせる事はおろか、レールの上さえも走らせてはいないけど、運転会などでお披露めする事となろう。
10年かけてついに読破!
2008年に読み始めて以来、コンスタントに読んで来た、故横溝正史先生の金田一シリーズ、足掛け10年、先週末「病院坂の首縊りの家(下)」を以って、全巻ついに読み終えた!
最初は、映画化ドラマ化されてるものだけしか読まないつもりだったけれど、金田一のムック本で他にも面白そうな小説があるというのを知り、古本屋やAmazon、ヤフオク!で次々と買い求めては読んで行った。
尤も、試作作品や途中で執筆を止めたマニアックな作品は読んでないけど、世に1話完結の事件として小説になっているものは全て読破、パターン化しているな、と感じさせるものもあったけど、大いに楽しませていただいた。
普段このような小説の類を殆ど読まなかったオレに、新たなる趣味が加わり、自分の知識や雑学をより豊かにしてくれた。
次回は、所属している美術協会の顧問先生が執筆された本を読んだ後、亡き親父の書斎にある、たくさんの全集を読んでいく事とするが、もう一度記憶に忘れんこした物語や面白そうだった物語も、読んでみるのもいいかも知れぬ。

茶店の誘惑
紅葉を観に、能勢妙見山へ行って来たが、境内の坂の途中に、このようなお店があった。

ぜんざい、飲み物、各種うどん類、おにぎりセットなど、いかにも峠の茶屋みたいなメニューで、お店の誘惑に負け、そしてお昼すぎという事もあって、入ってカレーうどんを頼んだ。

そんなに辛くはないが、熱いので辛さがブーストされているような感じがする!
また、豚肉の他、油揚げ、茸などが具として入ってて、おいしさに彩りを添える。
以前、ある人のブログで、”カレーに油揚げ入れるとあう!”と読んだ事があるが、まさにそうだ。
カレー汁まで飲み干し、腹いっぱいになった。
他の食べ物メニューである、おにぎりセットも¥800とやや高額ながら、おにぎり2個、何か知らんけど漬物よりも大きな付け合わせ、具だくさんの味噌汁が付いてて、おいしそうだった。
丹波篠山市へ市名変更
「丹波篠山市」誕生へ。住民投票で賛成「56%」、反対「44%」で賛成多数に
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デカンショ祭り、そして先月は春日神社の秋祭で親しんでいる、兵庫県の篠山市が来年から丹波篠山市に市名変更され、来年から新市として誕生する事となった。
市名の変更では賛成反対どちらの意見も一理あるし、自分的には”どちらでもよい”派であるが、~因みに私は、個人的に岡山県の津山市を美作津山と呼んでいる~ 、いずれにせよこの市に親しみを抱いている事には変わりはない!
これからも、遊びに行くんでヨロシク!です。







