「世論誘導のトリック用語法」① 
マスコミは、何かにつけて「社会保障・税一体改革」「国会議員も身を切る定数削減」を強調してきた。そして「実態は社会保障も定数削減も先送り」と批判してきている。そこに問題はなさそうだが、じつは「世論誘導のトリック」がある。


「世論誘導のトリック用語法」② 
まず税=消費大増税は本来、社会保障よりも「公務員制度改革=シロアリ退治」と一体であるべきであり、実際そういう主張を国民が信じて政権交代が成った。 また、脱官僚主導を掲げながら現政権が官僚マリオネットに堕したことで分かるように、


「世論誘導のトリック用語法」③ 
ただ議員定数削減だけをしても官僚体制にメスを入れなければ官僚支配がより深刻化するだけなのは明らかだ。しかも選挙制度は、少数野党=脱官僚主導派を当選しにくくする方向で画策されている。


「世論誘導のトリック用語法」④ 
マスコミは以上のことを百も承知でかつ助長すべく、「公務員制度改革や官僚体制へのメスへの関心や論題化」を回避する用語法を徹底しているのだ。 それを称して「世論誘導のトリック」と言いたい。 




企業市民①
私は、カタログハウスや城南信用金庫のように、企業市民として政治的な姿勢を明示して社会貢献とする企業とその経営者を尊敬する。きっと社員も自らの会社と仕事に誇りをもっているだろう。 本来は企業社員の場合、組合員として会社を動かすことができる。

企業市民②
そのためには職場の同僚同士が政治的な対話をして、自分たちの仕事として何ができるかを創出しなければならない。休日に都会のデモに一市民として参加することより強力なことが沢山できる。現状は、組合は、経営と談合する御用組合でしかない。よく団塊の世代=全共闘世代が批判されるが、

企業市民③
昔は政治的な姿勢を露にする組合も多く存在し職場での対話も盛んだった。けっきょく社員や職場から政治的意志を捨象したままでいることが、連合が財界と談合して原発やTPPを推進することを実質支援している。みな分かってて職場の「空気」を読んで長い物に巻かれたつもりになっている。



社会構成主義の結論を待つまでもなく、世の中にこれは絶対正しいということは何一つない。
たとえば、上下はある、という命題さえ普遍的で正しいようでいて、宇宙船で地球を脱した宇宙では上も下もない。つまり命題が真となる、地上、という限定的領域があるに過ぎない。

何かの体制や秩序についても、これが絶対正しいということはない。
たとえば、AからBに変わるのが時代の趨勢だとしても、Bのすべてが良くて、Aのすべてが悪い訳ではない。
理想的にはAの悪い所を除いて、Bの良い所を伸ばすのがいいに決まっている。
ところが、人は自分の利害でどちらかを選択しがちだから、A派とB派に分かれてしまう。
ABを理想的に統合する合理派もいるにはいるが、両者から排除されてしまうし、多くの人がそれを見越して合理派にならず、たいてい合理派は少数派に留まる。
民主主義が生まれたギリシャ以来、少数意見の尊重が言われるが、その少数意見とはこうした少数派に留まりがちな合理派のことを捉えていたのではなかろうか。

ABを理想的に統合するという考え方には、Aをやめることによって利害を損なう人の救済策やBへの移行策が含まれる。
ところが、派閥の利害秩序は、自派体制を強化する方向にばかりに向かうから、つねにその貫徹を構成員に強いている。
それは、構成員が自派に留まり協力するなら本来、不合理・不条理なことでも独自の、つまりは限定領域の論理で正当化して、構成員に許したりやらせたりして、構成員に派閥に依存させる、という人格変容を含む。
(具体的な例を上げれば、農家が生産活動をしないことでむしろおカネをもらえる減反政策とか、原発を受け入れさえすれば自力で地場産業を育てなくてもおカネをもらえる原発交付金とか。企業が本来、雇用する必要のない社員を雇用してもらえる就労補償金とか、この場合、企業と社員の両方が依存体質になり弱体化する。)

こうした背景から派閥の<内>の構成員のほとんどは、合理派にはなれない、というか、理性的に分かっていてもならない。
合理派に理性的にも本音的にも容易になれるのは、一般的に、特段の利害関係がなく特定の<内>に留まらない<外>の協力者である。
ここで言う<内><外>は、組織や集団の内外と考えてもいいし、知識や活動の分野の内外と考えてもいい。
少数でも合理派がいて健全に機能している組織や集団の場合(統率力のあるリーダーがいたり、現場業務にまで基本理念が徹底した会社など)、<外>の協力者との連携を綿密に図ることで、対立しがちな内部派閥なり考え方の守旧ABの統合的な調整をしているが、そうした理想的なケースは、企業社会、官僚社会、学校学問社会、地域社会すべてでつまりは日本の国全体で少なくなってきている。


以上、長々と述べてきたことは、国や社会、組織や集団の人間関係論であり政治力学である。
こうした人のサガというものはいたし方ないものなのだろうか?

私は、ポリティクスの実態を俯瞰する視座、つまり文化の視点が、このサガを客観視しコントロールするための対話そして解答を創出していくのではないか、と考えている。


しかし、世の中が政治的に急変する時節に、悠長に文化論を述べている暇はないし、述べたとしても誰も聞かないだろう。
しかし、政治的な急変が新しい事態を重層的にもたらし、さすがにその実態を自らの日常の生活や仕事の状況とした人々は、過去からの経緯を振り返って、悠長な文化論にも耳を傾け、生活文化や仕事文化という土台から、自分たちが関与している人間関係や政治力学の現実の好悪得失をとらえて改善なり改革をしようと思い立つのではなかろうか。

そして、その時に有意義なことを本質を分かりやすく述べるには、今から用意を周到にするしかあるまい。

私はライフワークとして文化論の方に軸足を置いてきたが、昨今は、日本と世界の急変に目を向けざるを得ない日々となっている。
しかし、人には持ち場役割があり、また時間、体力、知力などなどリソースも無限ではなく、何もかにもができる訳ではない。そろそろ初老の域に達するとならばなおさらだ。

急変する現実という、ポリティクスの実態を文化の視点から俯瞰しつつ、人間関係と政治力学の現実を、フェアかつオープンマインドな対話によってコントロールしうる文化論、つまりは組織や集団の知識創造論の検討に集中していきたい。

それは急変する現実に関わる諸問題にとっても、遠回りのようでいて、急がば回れの近道ということもあろう。
目の前の現実に引きずられずにむしろ悠長に古今東西の関連テーマに目を向けることで、世界市民としての連帯を射程にいれた視界の広さももつことができよう。
矛盾するようだが、この課題は、ひょっとすると急務なのかも知れない。
そしてたまたま、今の私は、この悠長な急務をこなすにある意味ベストな身の上にある。

東京都心でやってきた仕事とその現場から距離をおいた私だから振り返って俯瞰できる問題があり、また目前の事態に引きずられない立場だから掲げられる、個人的な利害や特定の専門分野の垣根を超えた社会的な課題もあろう。

(facebookより)


この一年ちょっと、父の最後を看取って、事後処理をあれこれしつつ理屈なしに実感したことが2つある。

1つは、人間、たとえ経済的にゆとりがあっても長く生きればいいというものではない。たとえ健康な人でも生きる張り合いや喜びがないと認知症になったり機嫌悪く周囲に当たったりするようになり、実は本人も自己嫌悪になってしまう。

いま1つは、飲み仲間とか同窓生とか群れる仲間ではなくて、何か同じ目的とか価値観において恊働したり励まし合う、そういう本当の意味での仲間が一人でもいると人間は幸福であるということ。
それは子供や孫の成長を共に見守る伴侶でもいいし、仕事や趣味や活動における信頼し合う協力者でもいい。そういう仲間がいる人は健康を害しようが命を落そうが、その直前までそうした生き方ができたことで幸せなのだと思う。

何も達成したい目的やゆるがせにできない価値観をもたない人は、健康と経済的なゆとりにばかりこだわる一方、それらがある人は、病床でも、ホームレスになっても実存的な幸福に浸ることができる。

私の父は、達成したい目的やゆるがせにできない価値観を大切にした人だったのだが、それを達成できなくなった晩年、不満を募らせたのだと思う。
私は、自分もそうならないように生きることが父の身を以て示してくれた教えであり、父への感謝と供養になると感じるようになった。





孫崎享氏:
戦後史:昨日、日米学生会議の学生を主体に「戦後の日米関係」を講演。「皆さんは日米関係が重要ということに賛同している方々と思う。実は戦後の日米関係をみると米側は日本への対応の根本姿勢に様々な変化をしている。(1)占領初期。日本を再軍備化させないことに最重点。従って日本の生活水準は越



戦後史2:比等日本が占領した国の下でいい、21年頃の占領費負担は日本の全予算の30%。(2)冷戦が深刻化するにつれ日本を利用することを考える。楯にするためには一定の水準、(3)1951年安保条約(旧)を制定したが、ダレスは論文で「日本を防衛する義務は何等負っていない」明記。さらに



戦後史3:交渉にあたり「我々が求めるものは、日本における基地は、どれ位の規模で、どこに、どういう条件で置くかは米国が決めることとする」でのぞみ、これを獲得。条文上これはその後代わっていない、(4)冷戦終了後米国人にとって最大の脅威は日本の経済力。この時期CIA長官は費用の40%は



戦後史4:対経済危機に使用すべしと主張。当然対日スパイ工作を活発化(5)米国がどう出るかは次々代わる。(6)今は中国の脅威に対し自衛隊利用できる態勢をつくることを最重視、尖閣騒ぎもその一環。(7)鳩山氏の辺野古移転反対は、沖縄の県民の感情を見れば当然の判断。今でも県民受け入れて



戦後史5:いない.出来ないことを出来るとする方が問題。しかし鳩山氏を外務・防衛・官邸と誰も支援せず。講演が終わって、一人の学生が近寄って、「先生、こんなこと言ってて大丈夫なんですか」。私は「今言ったことは7月末『戦後史の正体』で本に。どうなるかはみてみましょう」と答えておきました




孫崎享氏:
野田政権:哀しいかな、日本は今大政翼賛会へ。日本政治に疑問を持つ声がメディアから出ない。外人「SHINGETSU NEWS AGENCY」が疑問提示。「野田氏の関係で気付くのは、野田氏を邪魔しようとする人々は排除され



田政権2:可能性があった。共闘を組んでいた亀井氏は増税反対だった。自民党も協力を徹底的に排除していた。橋下氏も大飯原発反対で全国動員の姿勢を見せた。亀井氏や小沢氏や橋下氏はどうなったか。これらを見ると一つの一貫性のあるパターンが見える。総務省は、亀井氏に反乱を起こしたグループを



野田政権3:即、党を代表する者と認めた。検察問題で田代検事訴追に指揮権を発動しようとした小川大臣は更迭された。小沢氏に対しては大打撃を与える夫人の手紙が報道された。」かつて、大蔵官僚が私に「日本の政治を見誤るな。彼らの工作能力の水準極めて高い」と述べた。民主党の台頭で一時混乱した



野田政権4:日本の統治機構が復活したのでないか。それが増税での民主・自民合意本質でないか。野田はその一部。民主党勝利、原発国民意識で、新生日本誕生かと思った私達はどうも間違ったのでないか。確固たる統治機構が又復活してきたのでないか。それを単に官僚支配と言ってしまうと実態を見逃す。