(twitterより)
見方(1) 日本型の集団独創の2タイプは「家康志向=集団を身内で固定」と「信長志向=自由に活動している個人を集団に構成」で本来、日本的経営の強みはその合わせ技にあったと主張。現代の膠着状況は、企業社会・官僚社会・学校社会一体の「家康志向」一辺倒化の帰結。この見方色々に当てはまる。
↓
見方(2) 経団連の方が政官財癒着の「家康志向=集団を身内で固定」で、経済同友会が対抗して「信長志向=自由に活動している個人を集団に構成」が強かった。両者が大政翼賛的になってから日本財界の歪みが増した。もともと東京財界に政官財癒着の「家康志向」顕著で、関西財界に「信長志向」顕著。
↓
見方(3) 東電原発事故以来、首都圏の放射能汚染が深刻化し、東電社員や厚労省職員の家族が西日本移住、国交省が首都移転を構想と言われている。東電等を頂点とする経団連・東京財界が政官財一体で重心移動するならば、西日本で彼ら「家康志向」勢力と関西財界「信長志向」勢力が対峙することに。
(twitterより)
(家康志向と信長志向の目的の違い1)日本人の集団独創ないし集団志向にはじつは2タイプあり、現在私たちの血肉となり常に意識してて自然体で発揮しているのは「家康志向」=集団を身内で固定しての独創や恊働。歴史を振り返ると、これ一辺倒化すると社会や組織の全体が硬直化し、それを打開するのは
↓
(家康志向と信長志向の目的の違い2)一部の有志たちの「信長志向」=自由に活動している個人を集団に構成して独創・恊働。「家康志向」は既存パラダイムの受け入れが前提ということから大枠として受動的、「信長志向」は新規パラダイムを模索し転換を図ることから大枠として能動的。私は企業社会に
↓
(家康志向と信長志向の目的の違い3)両者の合わせ技の有効性を実際の企業活動を例に解説し実践的な活動テーマとともに提唱してきた。つまりは、マーケティング&マネジメントの手段論として論じてきた。今そこには重大な人間論、目的論が欠落していたことを反省する。それを気づかせてくれたのは、
↓
(家康志向と信長志向の目的の違い4)以下の孫崎享氏のtweetだ。長いが引用する→*ベネディクトは『菊と刀』で「日本人の行動は末の末まであたかも地図のようにあらかじめ決められている」「日本人が誠実であるという語を用いる際の意味は地図の上に描き出された道に従うということである」
↓
(家康志向と信長志向の目的の違い5)としたが、今日本に求められているのは地図を書くことにある。また丸山真男著『日本の思想』は「徳川時代のような社会を例にとってみます。この社会では権力関係も、モラルも、一般的なものの考え方の上でも、何をするかということよりも、何であるかということが
↓
(家康志向と信長志向の目的の違い6)価値判断の重要な基準になるわけです。各人がそれぞれ指定された“分”に安んずることが社会秩序にとって生命的な要求になります」と記述。日本の社会では“分”に安んずることが求められる。努力するとすれば、より上の“分”を得る努力。“何をするか”
↓
(家康志向と信長志向の目的の違い7)ではない。しかし、日本社会は“分”を得る努力だけしていれば急速に衰退してしまう。それが今だ。かつそれは数々の敗れし者があって初めて、その上に築かれる。*(引用終り)つまり、「家康志向」の目的は「指定された”分”に安んずること」だと言い切れる。
↓
(家康志向と信長志向の目的の違い8)そして「信長志向」の目的は、汲々と「指定された”分”」を求めたり安んずるのではなく、それを脱して、現下で言えば「今日本に求められているのは地図を書く」ことに他ならない。自由に活動する個人を集団に構成して独創・恊働する「信長志向」のパラダイム転換
↓
(家康志向と信長志向の目的の違い9)の典型例を求めて歴史を遡ると、戦後の本田やソニーの創業、大正デモクラシーの理想主義的活動、維新前夜の龍馬や勝の動き、国際商人も大名にした信長、中世の商工業拠点である境内都市を発展させた寺社勢力、律令体制に対峙した天皇直轄の供御人=移動民の体制。
↓
(家康志向と信長志向の目的の違い10)集団を身内に固定して独創・恊働する「家康志向」は、260年のいわゆる鎖国の太平を通じて日本人の血肉化した。一方、中世までは社会全体としては合わせ技であった、自由に活動する個人を集団に構成して独創・恊働する「信長志向」は、信長短命にして頓挫。
↓
(家康志向と信長志向の目的の違い11)以後「信長志向」は、為政者の支配原理としては少ない例外を除き封印された。ただ武家支配に対抗する江戸町民文化において、誰もが努力と才能しだいで生業にできた大工をはじめとする職人集団や、浮世絵や歌舞伎や落語などの芸能情報集団が「信長志向」を堅守。
↓
(家康志向と信長志向の目的の違い12)歴史を通じて「家康志向」は定住民を前提にした農本~生産主義、「信長志向」は移動民を前提にした交易~情報主義というコントラストがあったと感じる。足利義満、平清盛、聖徳太子のような為政者もそれぞれの「移動民」重視の「交易~情報主義」が注目される。
↓
(家康志向と信長志向の目的の違い13)私は歴史家でも学者でもない。自分の生きる今の日本社会において、偏狭なる「家康志向」の一辺倒化による膠着状態を脱するために、現代のグローバル世界にふさわしい形で「信長志向」を再生し実践したい。そのために温故知新をしてきたしこれからもしていこう。
↓
(家康志向と信長志向の目的の違い14)具体的にはマーケティング&マネジメントにおいて「マーケティング1.0=送り手側製品発想→マーケティング2.0=受け手側需要発想」と来た現在、さらに「信長志向」で「マーケティング3.0=送り手と受け手が恊働し社会を良くする発想」を促していこう。
↓
(家康志向と信長志向の目的の違い15)2つ具体論述べる。東電→保安院→経産省→官邸は「家康志向」一辺倒化の帰結という事実。提唱例:「救命要請と事件発生位置情報」を現場近くの走行車両がカーナビで受けて急行する!体制http://cds190.exblog.jp/11620096/。
(補記)
郷原氏談http://bit.ly/gl0QJ9:「コンプライアンスは組織が社会の要請に応えること。法令遵守という翻訳はアメリカ流に限定」「コンプライアンスに2つ重要な要素あり。センシビリティとコラボレーション」組織パラダイムを脱した感受性で組織の垣根を超え恊働すれば「信長志向」
(参照blog記事)
「『信長志向』の総括に信長が向かった経緯を確認する」
「信長革命 『安土幕府』の衝撃」藤田達生著 角川選書刊 発
(1)http://cds190.exblog.jp/15162423/
「改革者」としての信長
信長が「改革者」にいたる3ステップ
(2)http://cds190.exblog.jp/15164045/
「都市型領主」と「ムラ型領主」、あなたの会社の経営は?
第一ステップ=尾張時代の軍隊の「信長志向」化
第一ステップ=尾張時代の軍事体制の「信長志向」化
第二ステップ=岐阜時代の経済体制の「信長志向」化
(3)http://cds190.exblog.jp/15164045/
第二ステップ=岐阜時代の軍隊の「信長志向」化
第二ステップ=岐阜時代の知識創造体制の「信長志向」化
(4)http://cds190.exblog.jp/15611660/
第二ステップ=岐阜時代のナレッジワーカー集団の体制と育成
(5)http://cds190.exblog.jp/15639570/
第三ステップ=安土時代の商業体制の「信長志向」化
「今問われる日本人の『甘えと義理』」
「あまえと義理 ---日本人の心の構造---」小池利正著 鳥影社刊 発
(1)
http://cds190.exblog.jp/15390651/
(2:間章)
http://cds190.exblog.jp/15427164/
(3)
http://cds190.exblog.jp/15443697/
(4)
http://cds190.exblog.jp/15488908/
(5)
http://cds190.exblog.jp/15542138/
(6:結論)
http://cds190.exblog.jp/15582730/
見方(1) 日本型の集団独創の2タイプは「家康志向=集団を身内で固定」と「信長志向=自由に活動している個人を集団に構成」で本来、日本的経営の強みはその合わせ技にあったと主張。現代の膠着状況は、企業社会・官僚社会・学校社会一体の「家康志向」一辺倒化の帰結。この見方色々に当てはまる。
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見方(2) 経団連の方が政官財癒着の「家康志向=集団を身内で固定」で、経済同友会が対抗して「信長志向=自由に活動している個人を集団に構成」が強かった。両者が大政翼賛的になってから日本財界の歪みが増した。もともと東京財界に政官財癒着の「家康志向」顕著で、関西財界に「信長志向」顕著。
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見方(3) 東電原発事故以来、首都圏の放射能汚染が深刻化し、東電社員や厚労省職員の家族が西日本移住、国交省が首都移転を構想と言われている。東電等を頂点とする経団連・東京財界が政官財一体で重心移動するならば、西日本で彼ら「家康志向」勢力と関西財界「信長志向」勢力が対峙することに。
(twitterより)
(家康志向と信長志向の目的の違い1)日本人の集団独創ないし集団志向にはじつは2タイプあり、現在私たちの血肉となり常に意識してて自然体で発揮しているのは「家康志向」=集団を身内で固定しての独創や恊働。歴史を振り返ると、これ一辺倒化すると社会や組織の全体が硬直化し、それを打開するのは
↓
(家康志向と信長志向の目的の違い2)一部の有志たちの「信長志向」=自由に活動している個人を集団に構成して独創・恊働。「家康志向」は既存パラダイムの受け入れが前提ということから大枠として受動的、「信長志向」は新規パラダイムを模索し転換を図ることから大枠として能動的。私は企業社会に
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(家康志向と信長志向の目的の違い3)両者の合わせ技の有効性を実際の企業活動を例に解説し実践的な活動テーマとともに提唱してきた。つまりは、マーケティング&マネジメントの手段論として論じてきた。今そこには重大な人間論、目的論が欠落していたことを反省する。それを気づかせてくれたのは、
↓
(家康志向と信長志向の目的の違い4)以下の孫崎享氏のtweetだ。長いが引用する→*ベネディクトは『菊と刀』で「日本人の行動は末の末まであたかも地図のようにあらかじめ決められている」「日本人が誠実であるという語を用いる際の意味は地図の上に描き出された道に従うということである」
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(家康志向と信長志向の目的の違い5)としたが、今日本に求められているのは地図を書くことにある。また丸山真男著『日本の思想』は「徳川時代のような社会を例にとってみます。この社会では権力関係も、モラルも、一般的なものの考え方の上でも、何をするかということよりも、何であるかということが
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(家康志向と信長志向の目的の違い6)価値判断の重要な基準になるわけです。各人がそれぞれ指定された“分”に安んずることが社会秩序にとって生命的な要求になります」と記述。日本の社会では“分”に安んずることが求められる。努力するとすれば、より上の“分”を得る努力。“何をするか”
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(家康志向と信長志向の目的の違い7)ではない。しかし、日本社会は“分”を得る努力だけしていれば急速に衰退してしまう。それが今だ。かつそれは数々の敗れし者があって初めて、その上に築かれる。*(引用終り)つまり、「家康志向」の目的は「指定された”分”に安んずること」だと言い切れる。
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(家康志向と信長志向の目的の違い8)そして「信長志向」の目的は、汲々と「指定された”分”」を求めたり安んずるのではなく、それを脱して、現下で言えば「今日本に求められているのは地図を書く」ことに他ならない。自由に活動する個人を集団に構成して独創・恊働する「信長志向」のパラダイム転換
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(家康志向と信長志向の目的の違い9)の典型例を求めて歴史を遡ると、戦後の本田やソニーの創業、大正デモクラシーの理想主義的活動、維新前夜の龍馬や勝の動き、国際商人も大名にした信長、中世の商工業拠点である境内都市を発展させた寺社勢力、律令体制に対峙した天皇直轄の供御人=移動民の体制。
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(家康志向と信長志向の目的の違い10)集団を身内に固定して独創・恊働する「家康志向」は、260年のいわゆる鎖国の太平を通じて日本人の血肉化した。一方、中世までは社会全体としては合わせ技であった、自由に活動する個人を集団に構成して独創・恊働する「信長志向」は、信長短命にして頓挫。
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(家康志向と信長志向の目的の違い11)以後「信長志向」は、為政者の支配原理としては少ない例外を除き封印された。ただ武家支配に対抗する江戸町民文化において、誰もが努力と才能しだいで生業にできた大工をはじめとする職人集団や、浮世絵や歌舞伎や落語などの芸能情報集団が「信長志向」を堅守。
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(家康志向と信長志向の目的の違い12)歴史を通じて「家康志向」は定住民を前提にした農本~生産主義、「信長志向」は移動民を前提にした交易~情報主義というコントラストがあったと感じる。足利義満、平清盛、聖徳太子のような為政者もそれぞれの「移動民」重視の「交易~情報主義」が注目される。
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(家康志向と信長志向の目的の違い13)私は歴史家でも学者でもない。自分の生きる今の日本社会において、偏狭なる「家康志向」の一辺倒化による膠着状態を脱するために、現代のグローバル世界にふさわしい形で「信長志向」を再生し実践したい。そのために温故知新をしてきたしこれからもしていこう。
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(家康志向と信長志向の目的の違い14)具体的にはマーケティング&マネジメントにおいて「マーケティング1.0=送り手側製品発想→マーケティング2.0=受け手側需要発想」と来た現在、さらに「信長志向」で「マーケティング3.0=送り手と受け手が恊働し社会を良くする発想」を促していこう。
↓
(家康志向と信長志向の目的の違い15)2つ具体論述べる。東電→保安院→経産省→官邸は「家康志向」一辺倒化の帰結という事実。提唱例:「救命要請と事件発生位置情報」を現場近くの走行車両がカーナビで受けて急行する!体制http://cds190.exblog.jp/11620096/。
(補記)
郷原氏談http://bit.ly/gl0QJ9:「コンプライアンスは組織が社会の要請に応えること。法令遵守という翻訳はアメリカ流に限定」「コンプライアンスに2つ重要な要素あり。センシビリティとコラボレーション」組織パラダイムを脱した感受性で組織の垣根を超え恊働すれば「信長志向」
(参照blog記事)
「『信長志向』の総括に信長が向かった経緯を確認する」
「信長革命 『安土幕府』の衝撃」藤田達生著 角川選書刊 発
(1)http://cds190.exblog.jp/15162423/
「改革者」としての信長
信長が「改革者」にいたる3ステップ
(2)http://cds190.exblog.jp/15164045/
「都市型領主」と「ムラ型領主」、あなたの会社の経営は?
第一ステップ=尾張時代の軍隊の「信長志向」化
第一ステップ=尾張時代の軍事体制の「信長志向」化
第二ステップ=岐阜時代の経済体制の「信長志向」化
(3)http://cds190.exblog.jp/15164045/
第二ステップ=岐阜時代の軍隊の「信長志向」化
第二ステップ=岐阜時代の知識創造体制の「信長志向」化
(4)http://cds190.exblog.jp/15611660/
第二ステップ=岐阜時代のナレッジワーカー集団の体制と育成
(5)http://cds190.exblog.jp/15639570/
第三ステップ=安土時代の商業体制の「信長志向」化
「今問われる日本人の『甘えと義理』」
「あまえと義理 ---日本人の心の構造---」小池利正著 鳥影社刊 発
(1)
http://cds190.exblog.jp/15390651/
(2:間章)
http://cds190.exblog.jp/15427164/
(3)
http://cds190.exblog.jp/15443697/
(4)
http://cds190.exblog.jp/15488908/
(5)
http://cds190.exblog.jp/15542138/
(6:結論)
http://cds190.exblog.jp/15582730/