中央アジア巡礼行記 2023年

23 タラズ(3)

 

 プロムナードの終点まで来ると、ここにも直方体のショッピングセンターが建っていた。ちょうど斜面に位置しており、1階にはスーパーマーケット、2階にはレストランやティールームなどが入っている。

 

 

 それらの店の中に、バウルダクなるハンバーガーやピザのテイク・アウェイ専門店があった。店内に入り注文しようとすると、いったん外へ出て隣のドアを入れと言う。隣接する区画は同じ経営体の大きなレストランで、どうやら外国人と見て、そちらを案内したようだった。カウンターに戻り、メニューの中で一番安い1800テンゲ(600円)のコンボを注文する。

 この店のキャッチフレーズは「カザフのファスト・フード」である。しかしながら、厨房で奮闘しているのは兄さんが一人の上、注文まで受け付けている。だからあまり「ファスト」ではない。

 

 

 コンボの袋を手に、さらに10分ほど歩いて、やっとこさホテルにチェックインした。幹線道路沿いに建つミラーガラス張りの建物である。中心街から外れているわりには料金が高く、今回の旅行では一番の高値であった。(といっても、一泊3500円程度であるが。)

 それだけに、部屋も広く、設備も申し分ない。ベッドの上にはガウンも置かれていて、「ガウンのまま外に出るな」との注意書きまで書かれている。

 

 

 先ほど買ったコンボの袋をさっそく開けてみる。ハンバーガー、チップス(フレンチフライ)、きゅうりのピクルス(唐辛子つき)、小さなパックに入ったチーズ、調味料としてケチャップとマヨネーズ代わりのチーズ・ソース、そして大きなカップのスープが入っている。スープは中華料理店のスープと同じ味である。ハンバーガーは見かけよりもボリュームがあり、これだけでおなかがいっぱいになった。

 

 

 少し休憩して、再び中心街に向けて歩いてゆく。今度は表通りだけではなく、住宅街の中も歩いてみる。電信柱がタシケント旧市街と同様、コンクリートの杭に木柱をしばりつける方式である。都市ガスは各戸ごとにガバナ状のボックスが立ち上がっているので、壁面をガス管が這うようなことはない。

 

 

 中心部の広場まで来て、手持ちの地図を改めて見てみる。すると、広場に隣接した地点に「展望良し」のマークが書き入れてある。(自分で何かを見て書き込んだマークだ。)広場に立ちその地点を見ると、午前中には気が付かなかった、展望タワーがあるではないか。

 

 

 

 

 タワーの足元にいた警備員ふうのおっさんに料金200テンゲ(70円)なりを支払い、エレベーターに乗る。

 展望台からは中心の広場とタラズの市街地を最上の位置で望むことができる。トレ・ビー・プロスペクトの裏手にも、かなり広い区域が発掘されているのも見えている。

 

 

 ところが、いつのまにか空はねずみ色の雲で覆われ、大粒の雨が激しく降り始めた。屋外に張り出したテラスからガラスに囲われた室内に避難する。広場を見れば、元々少ない人通りが、ぱったりと絶えてゴーストタウンの様相を呈してさえいる。

 この街には高い建物は無く、地平線まで眺望がきく。だから雲の動きがよく分かる。しかし、風は四方八方から吹き付け、雲の動きが見定めがたい。後から上がってきた地元の若いお二人さんともども、展望台に閉じ込められた形だ。この街のすぐ北東にはモインクム砂漠が迫っているくらいだから、基本的には乾燥地帯なのに雨に降り込められるとは。そもそも、油断して雨具などホテルに置いてきてしまったのは失敗だった。

 そういえば、ブラナ村のおかあさんが「2日後には雨になる」と言っていた。おかあさんと別れたのは昨日のことなのに、もう何日も前のような気がする。

 40分ほど経っても雨はやまない。警備員のおっさんが上がって来て、もう閉館すると言う。

 

 

 しかたなく、走ってショッピングセンターに逃げ込む。わずかな距離でもぐっしょりと濡れてしまった。

 最上階まで行くとフードコートがあったので、少々早いが夕飯にしてしまう。とは言え、さっきハンバーガーを食べたばかりなので、あまり量は入らない。「蘭州」という名の店でケスペなるメニューを注文する。この料理、ガイドブックの類に書かれているのとは違って、ほぼラーメンである。とりあえず、体は温まった。

 これだけでは後でおなかが空くので、1階のスーパーマーケットで夜食と明日の朝食用にパンを買っておく。

 量り売りのブドウも買ってみる。このブドウは100グラムあたり186テンゲ(65円)。黄緑色の長粒種であったが、甘いだけでさしたる風味もなかった。

 さらに、AiTeaというペットボトル飲料も買っておく。ラベルには白茶に桃とジャスミンの香りだと書いてある。しかしながら、これも茶の風味は全くなく、桃の匂いばかりが鼻につく甘い液体でしかなかった。

 

 

 

 

 買い物を済ませて表に出たら、陽はとっぷりと暮れ、雨も上がっていた。広場を囲む建築群がライトアップされている。それなりに美しくはあるけれども、サマルカンドと比べて歴史の重みが違うのはやむをえまい。

 

*      *      *

 

 快適なベッドでぐっすり眠って、次の日の朝。ホテルをチェックアウトして、中心街へ向かう。このホテルには1泊しかしないのを残念に思う。

 

 

 

 中心部の手前では、今まで通ったことのない道へ迂回してみる。カザフスタンらしく、ユルトを使った土産物屋がある。

 近くの小公園にはプーシキンの銅像が建っていた。そばを走る通りの名もプーシキン通りだ。この街とプーシキンとは別段ゆかりもなさそうだが、旧ソ連の文学者で現代でも敬愛されているのは、この人が一番なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 病院や薬局の並んだプーシキン通りからトレ・ビー・プロスペクトに戻ると、濡れた舗道が朝日に照らされている。工事現場に掛けられた目隠しさえ、透過光でステンドグラスのようにきらめいている。

 時計を見ると、ホテルを出てからここまでで1時間近くが経過していた。やはりこの街は歩くには大きすぎる。

 

 

 

 

 

 このあたりでお昼ご飯を仕入れて、そろそろ駅に向かわなければ。そう思えども、スーパーマーケットはまだ開いていない。タラズの中心にあるこの店、今までキリル文字で「МАГНИТ」と書いてあると思い込んでいたのだが、正しくはラテン文字で「MAGNUM」という名前であることに気がついた。(筆記体だとキリル文字の「t」はラテン文字の「m」と、「И」は「U」と似ている。)確かに「МАГНИТ」の意味は「磁石」だから、スーパーマーケットの名前としては少々そぐわない。

 

 駅へ行くバスに乗るべく、官庁街そばの交差点まで戻る。このバス停には電光式の接近表示機が整備されていた。しかし、カザフ語による聞きなれない停留所名の羅列である上に、バス停の数が多いから判読しているうちに遷移してしまう。タラズのバス路線は複雑で迂回も多く、駅方向へ行く車線で乗車したところで、どこへ連れて行かれるかわかったものではない。そうこうしているうちに17系統、鉄道駅行きの表示が現れた。「鉄道駅」の部分はロシア語表記だし、終点なら乗り過ごす心配もない。

 

 

 

 

 さて、その17系統のバスに乗り、駅前広場に面した路上に降り立った。すると目の前に到着時には気が付かなかったスーパーマーケットがあった。「スモール」という名のとおり、比較的小さめの店舗である。しかし、この店はお総菜コーナーが充実していた。ショーケースの後ろが厨房で、ピザ生地を捏ねているのがまる見えだ。

 ミックス野菜入りのピラフとを200グラム、じゃがいもやゆで玉子入りのサラダを100グラム、プラスチックケースによそってもらう。店員の姐さんによれば、ショーケースの上にある皿に盛られたサモサがお薦めらしいので、2個追加する。会計は〆て1236テンゲ(400円)だった。

 

<24 アルマトゥイ行 034列車 に続く>

<うさ鉄ブログ トップページ に戻る>