船旅汽車旅ヒンドスタン 1994年
7 バングラデシュからインドへ
今日は国境を越えてカルカッタまで行く。第一の行程は、ジェソールまでの列車である。
朝6時、リキシャに乗って駅まで行く。赤レンガ、平屋建ての倉庫みたいな駅舎だ。
クルナ発車は7時30分。トーマス・クックの時刻表では8時となっていたから、早めに駅に来て正解だった。
ホームに停車していたのは意外とまともな客車で、車体にはインターシティーと書かれてある。窓に格子はついていないしトイレも車室の端にある。トイレを覗いてみたら、ステンレス製のトルコ式便器で、手洗いの水もちゃんと出る。但し、窓ガラスは薄汚れていて、外の景色が薄暗く見えている。
バングラデシュの西部を縦断する幹線なのに乗客は少なく、座席の三分の一ほどしか埋まっていない。
列車は街を抜けると、バナナや椰子の木の下を走った。椰子の葉の付け根には小さな壺が引っかけてある。樹液を集めるのだろうか。
ジェソールまでは1時間足らずだから、旅情を感じる間もなく着いてしまった。この駅もレンガ積みの駅舎である。
駅前から国境行きのバスに乗る。隣に座ったオッサンは絵筆を手に持っている。何故にと尋ねると、座席の後方を指さして「アーチスト」と答える。
見れば、リアガラス一面に青、黄、緑三色のベンガル文字が踊っている。フロントガラスには、ハイ・スピードだとかハイ・デラックスだとかラテン文字で書かれているのだが、こちらはSの字が裏返しになったりしている。
駅前を発車したときには空席があったが、500メートル程の距離をゆっくりと走りながら、車掌が「ベナポール!ベナポール!」と叫ぶうちに通路までいっぱいになった。
約1時間かかって、ベナポールの中心に到着。さらにリキシャに乗り換えて15分で国境に着いた。トラックが道に並んでいるだけの殺風景な国境であるが、金髪の旅行者グループもいる。パスポートを見たらスウェーデン人であった。
国境のパスポート・コントロールではロード・パーミットを持っているかと聞かれた。すっかり忘れていたのだが、ダッカのホテルでも、船上でも、陸路でインドへ抜けるなら必要だと言う人も不要だと言う人もいてよく分からなかった。結論は、べつになくても全く問題なしであった。
インドの入国審査を抜け、時計を30分戻す。両替所は何軒もあり、客引きが強引に連れ込む。バングラデシュのタカはここで両替せざるを得ないだろうが、レートは非常に悪い。
インド側の道路には、タータのトラックがずらりと並んでいた。荷台の側面にはインドの国旗と「我がインドは偉大なり」とかいうデーヴナーガリー文字が書かれている。運転手もターバンを巻いたスィク教徒に替わった。しかし、通貨の呼称は変わらない。インド・ルピーも西ベンガル州では「タカ」と称するのだ。
国境からまたリキシャに乗ってバンガオン駅へ。国境のこの区間にはかつて鉄道も通っていたはずだが、今は使われていない。
リキシャから見る沿道の樹々には、おこのみやきみたいに整形して手形を捺した牛糞が貼りつけられている。写真を撮りたいと思えども、ひどく揺れるのでとてもムリだ。
途中で、さっき国境にいたスウェーデン人たちを乗せたアンバサダーが2台、追い抜いて行った。
駅までは40分以上もかかったのに、運賃は20「タカ」であった。換算すると66円にしかならない。何だか申し訳ないような安さだ。
バンガオン駅舎はトタン波板の屋根で、何だか簡素な感じがした。護符みたいなものを売る子どもがしつこくつきまとってくる。出札口では乞食の老婆がひとの手をつかんで離さない。
客車の中もまたものすごい。壁や座席に塗られたペンキは剥げているし、床材もなくなって下地の木組みがむき出しになっている。それだけならまだしも、あちこちに白いヘドがこびりついてさえいる。トイレにドアはなく、床はゴミが散らかり放題。これほど汚い列車には過去、お目にかかったことがない。
それでも、列車が走り出せば水田や菜の花畑が広がり、目が和む。それにしても、カルカッタが近づいている割には、風景がますます田舎じみてくるのはどういう訳だろう。
1時間あまり乗車したところで、終点に着いた。だが、カルカッタではない田舎町の駅である。窓口に行って接続を尋ねると、ここはラナガートなる駅で、どうやらカルカッタとは反対方向に来てしまったということがわかった。バンガオンに戻らずとも、カルカッタに直行する路線もあるとのことだ。
改めて乗り込んだカルカッタ行きは電車であった。車内は超満員である。しかも、シートも壁もつり革も、何もかもが鉄板でできていて、何だか暑苦しい。
途中駅では、線路のあいだに積まれた牛糞や、同じく線路の間に開かれた野菜市場などが見られた。やがて複線の線路がいくつも合流したり交差したりし、17時5分、電車はカルカッタ・シアルダー駅に到着した。
シアルダー駅はカルカッタ都市圏を縦貫して流れるフーグリー川の東岸一帯へ向かう路線のターミナル駅である。しかし、東側にはバングラデシュとの国境が迫っているから、発着するのは近郊への電車ばかりで、雑踏はしていても旅情は感じられない。
そしてこの駅は、北方からの線路と南方からの線路が直角に突き当たったような構造をしている。ホームには昔の工場みたいな鋸歯状の屋根がかけられていて、全体に薄暗い。
出口へ向かうと、ホームの途中で皮をむいてスライスしたイモのようなものを売っている。確か、広東ではサーコウとか言う名前だったような気がする。
シアルダー駅前からアンバサダーのタクシーに乗って、街の中心サダル・ストリートへ向かう。意外と距離があったので、40タカ(130円)では安すぎたかもしれない。
サダル・ストリートでタクシーを降りてホテルを探す。最初に看板が目についたディプロマット・ホテルで部屋を見せてもらう。しかし、このホテル、名前は立派でも部屋は地下にあって、当然ながら窓もない。ドアの上には廊下に面した換気口があるのだが、同じフロアには印刷所などが同居していて、機械油の匂いが部屋の中に容赦なく入り込んでくる。一泊70タカ(230円)と格安であっても、これでは病気になってしまいそうだ。
というより、今日は昼間でもセーターが必要なほど寒く、リキシャで風に吹かれる時間が長かったせいか、何だか風邪っぽいのである。
そういうわけでこのホテルはやめにして、近くにあるアストリアなるホテルに入る。こちらは、一泊485タカで、ディプロマットの7倍もするが、休養するにはこれくらいのところでないとさすがにムリだろう。
























































































































