船旅汽車旅ヒンドスタン 1994年
9 プールヴァ急行

今日はカルカッタからパトナへ列車で向かう日である。
宿のそばからミニバスに乗って始発のハウラー駅へ向かう。フーグリー川にかかるハウラー橋は渋滞がひどいと聞いていたが、さほどのことはない。橋を渡る路面電車は既に廃止されたようだが線路は残っていて、橋の上に廃車体が留め置かれている。何も渋滞する橋の上を占拠しなくても良さそうなものだ。

橋の上からは城砦のように巨大なハウラー駅舎が見えている。前面が幅の広い川で遮るものがないから、なおさら豪壮に見える。

ハウラー駅については、いろいろなところで噂されている。要するにインドの混沌を象徴するかのような駅だということである。
しかしながら、実際に来てみれば、ところかまわず寝転ぶ人を跨いで歩くこともなければ、駅を住居としているような人も見かけない。
今日も非常に寒い日で、ホールを吹き抜ける風が冷たい。それくらいだからか、線路上に垂れ流された汚物の臭気が立ち昇ることもない。
いささか拍子抜けした想いで改札口へ向かう。改札鋏を持った男が立っているが、かまわず通れというしぐさをする。
ホイーラーズという本屋の前に囲いがあって、時刻表を売っている。全国版は40ルピー、北東部時刻表は7ルピー。いずれにしろ重くなるので、買いはしない。

電光表示板を見て、街中のオフィスで予約した列車の出るホームへと行く。券面を見るとプールヴァ急行という列車の愛称とともに、車両番号、座席番号が記されている。
それにもかかわらず、客車のデッキ脇にはコンピューター打ち出しの乗客名簿が貼りつけられているので、一応は確認してみる。もちろん、自分の名前(性別や年齢も)が印字されている。

この列車のハウラー発は10時15分、パトナには18時15分に着く。日中の区間しか乗らないが、列車自体はインドの北西部まで夜を徹して走るから、寝台車である。線路と直角向きの3段寝台と、通路を挟んで窓と平行に2段寝台が備えられているという、線路幅の広いインドの幹線に独特の配置である。指定された席は2段寝台の側で、寝台をセットしていないときは、1人掛けのベンチが向かい合わせになる。
停車中から、車内には物売りがいろいろやって来る。
コーヒー屋はコンロになった石油缶に収めたヤカンと紙コップを持っていたが、紅茶屋はバケツの水に浮いたガラスコップで飲ませるらしい。もっとも、コーヒー屋の紙コップはフチが真っ黒だったから、どちらがマシかは測りかねる。
数が多いのは新聞売りで、貸し枕屋などというのもやって来る。もっとも、四つ折りにして取っ手のついたスリーピング・シートを持ち込んでいる人もいる。寝具はいちいち別料金だから、度々寝台車を利用するならばこの方が煩わしくないだろう。
物売りではないけれども、乞食ももちろんやってくる。
定刻、前方でファーンと頼りなげな警笛が鳴って発車。
10分足らずで最初の停車駅。駅舎はレンガ積み。赤帽の制服もレンガ色。民家の屋根瓦もレンガ色をしている。
郊外に出ると複線区間を時速85キロメートルくらいで快走し始めた。

4段重ねのカレーチャパティ弁当を食べる。
紅茶売りは「チャア」と陰気な声で車内を売り歩く。車内売りのカップは素焼きで、線路のまわりには、割れたカップが大量に捨てられている。

ステンレスのトレイに載せたミネラルウォーターや、ぶっかき氷を入れたバケツで冷やしたビン入りジュースなども売りに来る。
ヨーグルトも売りに来れば、素焼きのカップに匙を突き立てたアイスクリームも売りに来る。
車内にいる限り、飲食の心配は必要なさそうだ。

いつのまにか線路が複々線になっていて、スピードも上がった。時速100キロメートルは出ていそうだ。
ほうきで床を掃く12歳くらいの少年もいる。後でお金を徴収にくる。箱に入っているのは20パイサ貨が多い。彼のお陰で、とにもかくにも車内がきれいになった。

13時ドゥルガプール着。このあたりから、鉱工業地帯に入り、石炭列車を多く見かけるようになる。石炭用の貨車は緑色に塗られている。
13時40分、アサンソール着。貨車からこぼれ落ちた石炭を拾い歩く人が何人もいる。子どもの頭大のがごろごろと転がっているのだ。
14時、カットレットを売りに来た。ヴェジタブル・カットレットのサンドイッチで、4.60ルピー(15円)。
ビハール州に入ったのか、駅名標からベンガル文字が消えた。車窓の方も、ゆるやかな起伏の雄大な景色に変わっている。そういえば、紅茶売りも「チャイ」と呼ばわっている。
14時55分、マドゥプール・ジャンクション着。ここではヒヨコ豆もやしのサラダを売りに来た。故紙に一杯で4.50ルピー。香草とトマト2切れをのせ、レモンを絞る。うまいが、かなり顎が疲れる食べ物でもある。

15時50分、低山に囲まれた常緑樹の森を通過した。ラージャグリハもこんなところだったのだろうかと思う。
森を抜けて16時ちょうど、赤茶けた崖下の駅、ジャンジャンに着く。同音2文字の駅名標がカッコイイ。

ときおり、駅構内で蒸気機関車の姿を見かけることがある。広軌線では、既に蒸気機関車牽引の列車はなくなったはずだが、入替用にはまだ稼働しているようだ。

少々遅れて、19時ちょうど、パトナに到着。ビハール州の州都にしては、暗くて小さな駅である。
それにしても寒い。とても耐えられないので、バザールでコートを購入する。着丈は合っているのだが、手足の細長いインド人の体形に合わせて作られているから、肩幅がきゅうくつだし、袖口のゴムがきつい。
駅のすぐそばにあるホテルに投宿。夕飯はホテルに併設のレストランに行った。ミックスヴェジタブルなるものを頼んだら、超絶辛いカレーで、スプーン1杯も食べられない。
駅前には、緑とピンクの蛍光灯が何層にもついた塔のある寺院があって、スピーカーでがなり立てている。「エーカー、エーカー、エーカーエー」の大合唱、演説、そしてまた大合唱。それが一晩中続き、部屋の中にまで響いて来る。
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