中央アジア巡礼行記 2023年

1 OZ101便、573便ソウル経由タシケント行

 

 「世界ふれあい街歩き」でサマルカンドを取り上げたことがあった。番組の内容は全く覚えていないのだが、最後にレギスタン広場の夜景が映し出されたことだけが記憶に残っている。

 そしてこの夏、ソウルでウズベキスタンの「TOZA」なる紅茶を買った。いつしか、中央アジアが自分を呼んでいたのだろう。今年の秋はウズベキスタン、タジキスタン、キルギス、カザフスタンの4か国を訪れることにした。

 

 中央アジアの国々はいずれもイスラム教徒が多い国だ。ムスリムの旅といえばメッカ巡礼が思い浮かぶ。巡礼とは、本来、神の前では平等なはずの人々が現実世界では人種、国家、階級など様々な集団に分裂させられている。そうした既存社会の束縛から人を解き放ち、自由な結びつきを得るための営みなのだという。(坂本勉著「イスラーム巡礼」)

 しかもメッカ巡礼といっても単純に往復するばかりとは限らない。多くのムスリムは道行きの途中で様々な聖地や聖者廟を参拝して回るのだ。この地域を旅行するからには、モスク、マドラサや聖者廟を訪問することは必定である。まさに巡礼行ではないか。

 

 

 さて、日本から中央アジアへ行くにはソウル乗り換えが便利だ。今回はアシアナ航空にした。午後に成田を発ってその日のうちにタシケントに着けるのは便利だけれども、仁川空港での乗り換え時間が最低乗り継ぎ時間と同じ45分しかない。しかもソウルまでの機材がA380とあっては、少々不安である。だから座席を前方の通路側にしておいた。ところが、荷物も預けていないのに搭乗待合室で名前を呼ばれた。何事かと思ったら、乗り継ぎ時間が短いのでさらに座席を前方に換えるのだと言う。そこまでするほどタイトなのだろうか。かえって不安が募る。

 

 

 飛行機に乗る前に、ちょっと寄り道。以前から気になっていた、第4と第5のサテライトを結ぶ連絡通路を通ってみる。案の定、通行者はほとんどなく、成田空港の異界か魔界か異次元か。なんとも不可思議な空間であった。

 

 

 ソウルまでのA380は快適な飛行であった。エコノミークラスであってもシート配置にゆとりがあり、エンジン音も静かだ。(対極なのはボーイング787で、窮屈な室内に不快な機構の作動音が響いて、短時間の飛行でもうんざりする。)

 

 仁川空港では、タシケントと書いた紙を持った地上係員が待っていた。同じ行程のお客が集まってから移動するので時間はかかるが、置いて行かれる心配はしなくてすむ。タシケント行きA330のシートに納まったのは出発時刻の10分前であった。

 無事に乗り継げたのはいいけれども、この機材の座席は前後の間隔が狭く窮屈だ。窓も妙に曇っている。周囲を見渡せば、座っているのは出稼ぎ帰りのウズベキスタン人らしき兄さんばかりである。大幹線から一気にローカル線の雰囲気になった。離陸前から座席を倒している奴、窓からの写真を撮ってくれと頼みに来る奴、スマートフォンでヘッドフォンもつけずに音楽を流している輩までいるのだ。

 

 

 タシケントまでの飛行時間は8時間。飛び立つとすぐに日が暮れてしまい、内モンゴルから河西回廊あたりの夜景を見ながら飛んで行く。

 

 

 離陸後すぐにチキンをのせたピラフの機内食があったから、2食目はないだろうなと思っていたら、到着前にピジャが出た。紙ケースに入っていて手が汚れない。

 

 タシケント空港への着陸前には左手の窓に中心街の明かりが広がった。大きな観覧車が見え、鉄道の南駅をかすめる。この街に高層ビルはほとんどないようだ。

 

 

 空港は市街地から至近ではあるのだが、バスの終車が早い。致し方なく、タクシーでホテルに向かうことにする。

 ターミナルビル出口にタクシーのカウンターがある。表示されている料金は高い(といっても数ドルのレベル)。料金は距離により定額制なのに、カウンターではなく運転手に直接払う仕組みだ。さすがに車両はきれいで、このレベルなら悪質運転手に遭遇することはないだろう。

 空港を出たタクシーは鉄道線路を陸橋で越えた。道路の片側には歩道があり、通勤帰りらしき人が結構、歩いている。大通りはライトアップされた建物や街路樹の電球がきらびやかだし、ホテルまでの距離は2キロメートルあまりなので、これなら歩いて行けたかもしれない。タクシーはホテルの玄関前まで乗り入れたので、楽ではあった。

 

 

 車内から小さなストアが店を開けているのが見えたので、チェックインの後、飲み物を買いに外に出る。ガイドブックには夜間のひとり歩きを戒める記述が目立ったが、夜でも危険な雰囲気は全く感じなかった。

 

 

 

 翌朝、時刻は6時30分。朝食前の散歩に出かける。ホテルから1キロメートルほどのところにあるアスキヤ・バザールをとりあえずの目標にする。

 表に出るとちょうど空が白み出したところで、交差点のイルミネーションが華やかだ。写真を撮っていると、6時45分、それらの明かりが一斉に消えた。

 

 

 

 冷たい空気の中、街路樹が2列に並んだ広い通りを歩いてゆく。どうということのないアパートの壁面やテラスの装飾が、どことなくイスラム風である。

 

 

 行き交うバスは音も静かで、歩道いっぱいに待合所が建っているところもある。こうしたバス停には小さなカフェも併設されていて「QAHVA」と看板が出ている。「コーヒー」のウズベク語はアラビア語から来ているのだなと思う。

 この通りには「イスタンブール・バクラヴァ」とか「ベラルースカヤ・コスメチカ」などといった店もあり、なんだか国際色豊かだ。

 

 

 アスキヤ・バザールまで来たけれど、まだ店は1軒も開いていない。ホテルの朝食も8時からだし、市場に限らず街全体が朝寝坊のような気がする。

 

 

 帰りには裏道に分け入ってみた。通りの名前を「Tukor Kurkor Kochasi」と言う。その語感がくねくねした道にふさわしい。朝のこの時間、一軒家でもアパートでも、家の前の道を掃除しているおばあさんをよく見かける。日本でも昔はそうだったはずだが、いつのまにか廃れてしまった。

 

 

 ホテルに戻り朝食。スパムみたいなハムとソーセージが主体の不思議な料理であった。

 8時30分、行動開始。まずは長距離バスターミナルへ行ってビシュケク行きバスの予約をしておかなければならない。

 バスに乗って地下鉄ミルゾ・ウルグベク駅手前で降りる。バスの運賃は2000スムに値上がりしていた。といってもたったの20円である。おっさんの車掌が運転席の横にいるので、その男に払う。地元民は8割がたICカードを持っていて、それだと運賃が2割引きになる。20円が16円になるだけだから、面倒なのでICカードは買わない。

 

 

 下車したバス停は駅よりもだいぶ手前だったらしく、大きな公園の中を歩いてゆく。ボルゴグラード湖と言う名の池があって、巨大な車輪を備えた水上自転車が並んでいる。

 地下鉄の運賃もバスと同じく2000スム。ICカードを持っていないので、窓口で切符を買う。二次元バーコードが印刷されたレシートでつまらないことこの上ない。どうせなら自動販売機を備えればいいのにとも思う。

タシケントの地下鉄は豪華な装飾を施した駅もあるとのことだが、この駅は平凡な内装である。中心街を微妙にはずれた位置にあるからだろうか。

 

 2駅乗って、市街の南部に位置するオルマザール駅で降りる。ホーム前方から地上へ出る階段を上がりかけると、マルシルートカの客引きの声が響いてくる。駅周辺が南方のグリスタン方面へのターミナルになっているのだ。しかし、これは長距離バスターミナルではない。遠くを見まわすと遥か彼方に「アフタヴァグサール」の文字が見える。長距離バスターミナルは、駅後方の地下道から自動車道路をくぐり抜けた先にあったのだ。

 ウズベキスタンの長距離バスについては情報が乏しい。そもそも、長距離バス自体が壊滅状態なのだという。このバスターミナルにしても、グーグルマップに「廃止」と一度だけだが表示されたことがあって、営業しているかどうかさえ定かではなかった。タシケント、ビシュケク間の夜行バスの時刻を載せたウエブサイトを見つけたのだが、それもいつの情報なのかがわからないという有様だった。

 

 

 実際に来てみれば、空港のように大きくかつ、新しくてきれいな建物である。玄関でバッグをエックス線に通して中に入れば、広々としたホールに発券窓口が並び、電光掲示で行先が表示されていた。国際線になるアルマティとビシュケクは一緒の窓口で、先客が一人、物わかりの悪そうなおばちゃん係員と長々とやりあっている。ふと見ると、隣の窓口にもビシュケクと出ているので、そちらに行く。こちらはヒジャブをかぶった若い女性の係員で、愛想はないけれども切符は買えた。18時発と20時発とがあり、ウエブサイトの情報は正しいことがわかった。18時発ではビシュケクに早く着きすぎるので、20時発の方にする。料金は26万1000スム(2600円)で、クレジットカード払いも出来る。切符の方は単なるレシートでつまらないけど、なくさないよう、書類挟みの奥にしまい込む。

 改めてホールを見渡せば、壁面のディスプレイに出発便の時刻表が出ている。国内線ではブハラやサマルカンド行きが日に1本だけあり、国際線にはモスクワやサンクトペテルブルク行きまである。所要時間はそれぞれ68時間、72時間と足かけ4日がかりだ。

 

 さて、これで少なくともビシュケクまでは行けることが確定した。明日はサマルカンドに行くのだが、その切符は既にインターネットで予約済みである。今日一日、タシケントの街を歩くとしよう。

 

<2 タシケント(1) へ続く>

<うさ鉄ブログ トップページ へ戻る>