中央アジア巡礼行記 2023年

2 タシケント(1)

 

 長距離バスターミナルで無事、ビシュケク行きの切符を入手できた。このあとは今日の一日をタシケントで過ごす。そうとなれば、まず歴史を感じられる古い街並みを見て見たい。

 タシケントの旧市街と言うと、チョルス―バザール北側のハズラティ・イマム広場周辺を差す場合が多い。しかし、地図を見ると小さな家が建ち並んだ区域はチョルス―バザールの南西側にも伸びている。そこで、この地域にある二つの大きなモスク、コモロン・モスクからスズク・オタ・モスクへ抜けるコースを辿ってみようと思っている。

 

 

 長距離バスターミナル最寄りのアルマザール駅から地下鉄に乗り、ミリー・ボグ駅で降りる。駅を出て、地下鉄の通る幹線道路から伸びている地区内の道に入る。すぐに車の騒音は遠ざかり、平屋かせいぜい二階建ての続く住宅街となった。

 

 

 門の間から垣間見る中庭には東屋が設えられたりしているし、道は真っすぐで高級分譲田園都市といった趣が感じられる。敷地面積から言えばかなりの豪邸であっても、この国では家族の人数がかなり多いそうだから、実際はそれほどでもないのかもしれない。

 

 

 

 通りを進むと、突き当りにキリスト教の祠堂が建っていた。壁面には大天使のモザイク画が埋め込まれ、地面には黒い砲弾が月見団子のように積み上げられている。碑文はあっても、由来がよく分からない。背後にはコモロン・モスクの円屋根が見えているくらいでムスリムの多い地区と思われるが、祠堂の周囲はきれいに整備されている。

 

 

 

 道を回り込んでコモロン・モスクの正面に出る。モスク前の道は結構、車が抜けてゆく。そのせいか、道に警察官の切り抜き人形が立てられていた。日本以外の国でこの手のものを見るのは極めて珍しい。制服が緑色をしているのがウズベキスタンらしいなと思う。

 

 

 

 

 

 モスクの中庭を抜けると、裏手には墓地が広がっていた。オッパイ型の土饅頭が所狭しと並び、黒白の御影石でできた墓石を立てた墓も多い。故人の肖像を彫り込んだ墓碑もあり、お金がかかっていることを思わせる。古いものでは1964年と刻まれたものも見かけた。土饅頭の土には藁が鋤きこまれていて、容易には崩れそうにない。

 

 

 

 墓地の中央にはレンガの壁に銀色のドームをのせた廟が建っている。19世紀に建てられたホジャ・アランバルドル廟である。中を覗くと、妻面にアッラーと縫い取りされた黒い布に覆われたお棺がいくつも並んでいた。

 

 

 モスクの建物を挟んで反対側にも墓地が続いていた。こちらは市営墓地のような雰囲気であまり趣が感じられない。けれども、門や東屋が整えられていて、お参りする人もちらほら見かけた。

 

 

 コモロン・モスクを出て、静かな住宅街をさらに北上する。住宅のなかにときおり小さな店があって、ノンと呼ばれる大きな丸パンを積み上げて売っていた。ただのパンなのだけれども、なんだかおいしそうに見える。

 途中でサマルカンド・ダルバザという大通りを渡る。この通りには市電の線路が残っていた。全廃されたのは2016年だから、独立後も四半世紀を経て、とうとう都市交通も維持できなくなってしまったのだろうか。しかしながら、サマルカンドのトラムはタシケント市電の車両を再利用して開業したそうだから、そちらに後日、乗ってみるつもりである。

 

 この通りを境にして、左右の家並みは良く言えば庶民的、率直に言えば貧弱になった。下町風と言えなくもないけれども、風情も感じられない。途中で小川を渡るのだが、橋の周囲には殺風景な塀が立てられ、水の流れを見ることはできない。それどころか、わずかに覗き見た川面はゴミだらけである。乾燥地帯では水は何より貴重な物のはずなのに、現代の大都市タシケントには水辺を大切にするような発想はないらしい。

 

 

 

 それでも対岸に渡って坂道を登ると、少しは旧市街らしさを感じられるようになった。ひとつには正面にスズク・オタ・モスクの尖塔やドームが見えていることがある。そして、この一角はモスクの敷地と合流する小川に挟まれた離れ小島のような地区なので、多少なりとも路地や古い家が残されているのだろう。

 それにしても、電柱・電線に加えて、人の背丈ほどの高さで家々の壁面を伝う黄色いパイプが目障りである。大きな門のところではわざわざコの字型に曲げて出入りに支障がないようにしてあって、ますます目につきやすい。

 これは何かというと、ガス管である。旧ソ連でもヨーロッパ部ではこのようなものは見たことがない。特に地中に埋められない理由があるとも思えず、車が突っ込んだらたちまちガス爆発となるのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 住宅街を抜けて、裏手からスズク・オタ・モスクの敷地に入る。大きなイーワーン、高くて細いミナレット。ペルシャの風を感じる。

 創建はティムールの時代とはいえ、今ある建物群はごく新しい。現代風なアラベスクの色使いも控えめで好ましい。どういうわけか、参詣者がほとんどなく、明るい日差しが地面のタイルに反射するばかりだ。

 街なかにあるにもかかわらず、広々としてとても気持ちのいいモスクであった。

 

 

 

 

 陽が高くなり歩くと汗をかくほど暑い。ちょうど飲み物を切らしていたので、大通りの向かいにある店でペットボトル入りのピーチ味アイスティーを買う。コク・チョイ(緑茶)と書いてはあっても、甘いだけで緑茶らしさは全く感じられなかった。けれども、500ミリリットルを一気に飲み干してしまった。

 

<3 タシケント(2) へ続く>

<うさ鉄ブログ トップページ へ戻る>