百済の古都と茶畑を訪ねて 2023年

10 宝城(1)

 

 

 到着時と同じ119系統のバスに乗って、全州駅に戻ってきた。時刻は6時40分。今日はこの駅から更に南下して順天乗り換えでポソン(宝城)まで行く。22分後には順天行きがあるけれども、その先の接続は同じなので1本後の列車にする。

 券売機には「国内カードONLY」と明記してあるので窓口で切符を買う。

 

 

 駅に着いたときに、ほぼ同時に駅舎に入った女性がいた。その人は構内にある全州パンの店員で、店の奥に備え付けられたオーブンにパンを出し入れしている。パンは焼けたら冷まさなければならないから、7時を回っても店頭に並ぶ気配はない。 諦めて、最初から置いてあるホワイト・チョコパイを買って朝食代わりにする。3000ウォンもするけれど、値段だけのボリュームはある。口の中がすっかり甘ったるくなった。

 

 

 今度のムグンファ号はディーゼル機関車牽引で、お客が乗れる車両は2両きりしかない。この駅からは50人程も乗っただろう。車内は満席である。

 機関車は力を持て余しているのか、構内を出はずれるとたちまち高速運転を始めた。新線になっているのでトンネルが多い。長めのトンネルを抜ける度に天気が変わる。全州を出た直後は山に霧がかかっているだけだったのに、南原では驟雨となって山の形も定かではなくなった、途中のオス(獒樹)駅のホーム待合室には「顧客の控え室」と日本語で書いてあった。機械翻訳の結果をそのまま表示してしまったのだろうか。谷城からは峡谷に並行して走る。昨日来の雨で、本流も支流も水は赤茶色に濁っている。韓国の河川は大小を問わず無闇と川岸にコンクリートを流し込んだりしないので、風景が目に優しい。

 長いトンネルを抜けて川の流れが逆向きになると、山中にもかかわらず30階建てくらいの高層アパートが現れ、程なく順天に着いた。約30年ぶりの順天駅はすっかり今風の駅に立て替えられ、跨線橋にはエスカレーターも備えられている。このエスカレーターがたいそう鈍足で、それにも関わらず、皆、じっと立ったまま乗っている。

 さすがに朝ごはんがチョコパイでは物足りない。30分の乗り換え時間を利用して、ホールにある鉄道公社系コンビニエンスストアのストーリーウェイでおむすび2つを買う。ひとつは「全州ビビン」とあり全体が赤くて辛い。もうひとつは「キムチ・チェユク」という名でキムチと豚肉の炒め物が入っている。こちらは見かけによらず、むしろ甘いくらいだった。

 

 

 さて、ホームに入ってきた木浦行きのムグンファ号は、古びたディーゼル機関車が牽いていた。日に4往復しかない区間なのに車内も空席が目立つ。走りだすと床下からレールの継ぎ目音が響いてくるし、踏切の警報音も窓の外を過ぎる。速度も時速60キロ程度にしか上がらない。順天以西はまだ高速化されていないのである。

 薄日が差す中をまどろっこしいくらいゆっくりと25分も走って、最初の停車駅ボルギョ(筏橋)に着く。ここは瓦屋根の駅舎が残っている。

 筏橋を出て峠を越えると再び雲が厚くなってきた。このあとはちょこまかと停車して、宝城に着いたときには土砂降りになっていた。

 

 

 小さな駅前広場にあるバス待合室に駆け込んだら中はおばあさんたちでいっぱいだった。ほどなく、10時40分発のユルポ(粟浦)行きがやって来た。町の西端にあるバスターミナルから町の中心部を経由してきたらしい。幸い、おばあさんたちは別な方角に行くようで、誰も乗り込んでは来ない。数人の乗客を乗せたバスは、駅前を発車するとすぐに立派な道路をぶっ飛ばし始めた。目的地の大韓茶園までは所要15分と聞いていたのだが、10分ほどしたところで、右手の土手下に案内所の赤いボックスが見えた。あわててバスを停めてもらうと、土産物屋と歩道橋のあるところで降ろされた。歩道橋はポッチェなる巨大な施設に直結している。まだ雨が降っているので、その館内に入ってみる。

 この建物は、向かいの山に見えている茶畑を所有するポッチェ茶園直営の喫茶室がメインの施設らしい。広々とした空間にゆったりとしたソファやテーブルが配されているけれども、ほとんどお客はいない。抹茶アイスを食べたら濃厚でうまい。

 

 

 

 

 

 アイスを食べているうちに雨が止んできた。茶畑を見に行くとしよう。バスが走る道路を900メートル先へ進んだところにチャパッチョンマンデ(茶畑展望台)がある。自動車道路を車にあおられながら歩くのは嫌だなと思っていたら、先ほど渡った歩道橋のたもとから、擬木の木道が作られていた。車には悩まされない代わりに、桜並木から散った落ち葉で足元がすべる。

 

 

 

 

 

 

 展望台に着いて、柵に近づく。おお、これは見事な円形茶園ではないか。和束町の原山茶園も見事だけど、規模が全く違う。古代ローマの円形劇場を思わせる形でもあり、前面の展望が開けているところなどエフェソスを思い出させる。

 日本の茶畑との違いは「風ぐるま」がないことと、刈り込みがきれいすぎないことだろうか。

 

 

 

 展望台の脇から円形茶園の中に伸びる遊歩道を下ってゆく。なぜかオランダ風の風車のまがい物が作られていて、その少し先まで行ける。道自体は続いているけれども草が伸び放題で、表示など何もなくても、ここから先へは行けないことがわかる。

また少し雨が降って来たので、木立の下でぼんやりと茶畑を眺める。観光バスで乗り付けていたドイツ人らしき団体も去って、自分の他には誰もいない。静寂な時が流れてゆく。

 展望台には土産物屋が1軒建っているけれども、茶園とは無関係なようで、カフェもないし、売っているのも陶磁器の類であった。茶畑に面した側に番号のついた扉がいくつかあったから、宿泊もできるのかもしれない。

 

 ポッチェに戻り、自分へのお土産用に紅茶を購入する。40グラムで15000ウォンと比較的高いけれども、せっかくだから良いものを買いたい。ティーバッグの方は、ひと袋に1.3グラムしか入っていない韓国流で、値段もあまりに安すぎた。

 

 ポッチェの正面玄関から、雨上がりでつるつるすべる石畳の坂を下って、大韓茶園に向かう。こちらは観光用に整備された茶園で入場料も必要だ。さっきの展望台て十分満足したから、お金を払ってまで見なくてもいいような気もするけれど、折角来たのだし、天候も回復してきたから行ってみようと思う。

 バスから見えた赤い案内所に立ち寄ってパンフレットを取ろうとすると、中からおばちゃん係員がわざわざ出てきて、茶園はこちら、博物館はあちらと案内してくれる。

 

 

 まず右手の坂道を登って、韓国茶博物館へ行く。途中に茶の品評館やら天文館やらもあって、要するに少年自然の家的な地区になっている。

 

 

 

 博物館の内容は名前と少々違っていて、韓国茶というよりも、世界各国のお茶や茶文化の展示が中心であった。中国の茶産地などというパネルもある。甘粛省でも緑茶が生産されているとは知らなかった。

 地元産のお茶を試飲できるコーナーもある。緑茶はあまり味がなく、紅茶はスパイシーだった。さっき買った紅茶はどんなだろうか。

 

 

 エレベーターで最上階まで行くと展望台があった。ソファなどがおいてあって寛ぐにはちょうど良い。但し、眺めの方は肝心の茶畑がほとんど見えず、大したことがない。なぜか塗り絵が置いてあって、おばさん二人が色鉛筆で一生懸命に塗っている。

 

 

 

 一旦、案内所のある駐車場まで戻り、杉並木を通って大韓茶園へ行く。途中にドラマの撮影地があってそれを目当てに来る人も多いらしい。当方は興味がないので、まっすぐ茶畑へ。こちらは大きな斜面全体が茶畑になっていて、余計な施設や看板もなく、気持ちがいい。

 

 

 

 海展望台の標識に従って裏山を登ってゆく。登り口は茶畑の左右にあってどちらからでっもいける。向かって左の道を取ったら、自然石で造られた階段が、先ほどの雨で滝のようになってしまっていて、靴がグジュグジュになってしまった。

 海展望台からは東側に海が見えた。海からこの茶園までの間に3筋の山脈が横たわっているのがわかる。さっき抹茶アイスを食べたポッチェ茶園の巨大な建物も見えている。

 

 

 

 

 

 足元には大韓茶園の中心部が見えていて、下からでは見えなかった墓地が茶畑の中にあり、土饅頭が盛り上がっていた。

 展望を楽しんでいるとフランス人らしきお二人さんが、右手の道から上がってきた。女の子はサンダル履きで、よくここまで上がれたもんだと思う。二人は左手の道を下りて行ったから、サンダルが壊れなければいいのだが。

 

 

 一応、観光施設なのでお土産屋がある。控えめな外観なのが好ましい。緑茶のラングドシャを買って、バス停へと向かった。

 

<11 宝城(2) へ続く>

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