百済の古都と茶畑を訪ねて 2023年

8 全州(1)

 

 全州は朝鮮半島において、北の開城と並んで瓦屋根の街並みが残されている街として名高い。だからいつか行きたいと思っていたのに、なぜか今まで訪問の機会がなかった。今日、やっと来ることができたので、それなりの感慨と期待がある。しかし、旅程を検討中にあるブログで気になる表現を見つけてしまった。「観光地化されてしまった全州・・・」

 鉄道駅は新市街にあり、瓦屋根の駅舎以外に全州らしさは感じられない。駅の移転から30年は経っているはずなのに、駅前広場は再整備が行われているのか、バス停があっても使われていない。バス乗り場はいったいどこにあるのか、表示が何もない。同じ列車から降りた人たちは足早に道路を渡って行ったから、そちらなのかもしれないと思い、横断歩道を渡る。

 

 

 バス乗り場は駅正面の大通りの真ん中に伸びる公園状のところにつくられていた。旅行鞄と帽子をデザインした待合所である。

 待合所の壁には路線図が張り出してあった。ずいぶんと路線が多いのに、旧市街まで行くバスは119系統だけのようである。「市街がどこにあるのか見当もつかないほど」何もなかった駅周辺も、今やビルが立ち並んでいる。20分ほどの乗車中、ずっと通りの賑わいは途切れなかったから、全州はかなり大きな街との印象を受ける。

 

 

 バスを降りると、ちょうど韓屋村への入口に位置する校洞教会と豊南門のすぐそばであった。まず、豊南門を見る。ソウルの南大門などに比べると随分と小さな門ではある。胸壁に開けられた銃眼がかわいらしい顔に見えてしまう。ただし、周囲から見学するだけなので、さほどおもしろいものではない。

 

 

 バス通りを渡り、韓屋村に足を踏み入れる。なるほど、道はきれいに整備されている。だが、通りに面した商店やレストランは奈良や京都、もしくは小布施の土産物店のように伝統建築を模した現代建築でしかない。

 しかし、ここはまだ韓屋村の入口に過ぎない。この先には「本物の」古い街並みがあるに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この通りに面して慶基殿という一角がある。要するに巨大な奉安殿であって、ここは史跡として訪れる価値があると思う。実際、入場してみればなかなかに興味深いところだ。けれども、観光客が闊歩する通りとは対照的に入場する人は少なく、閑散としている。奥の方まで行って振り返ると、校洞教会の鐘楼が瓦屋根の上に突き出していた。

 

 

 韓屋村(市街地でも「マウル」と言うらしい)の中心に近づくにつれ、雑踏ぶりはますます「観光地化」の様相を帯びてきた。左右に並ぶ建物も、観光用の商店、飲食店ばかりである。通りに向かってスピーカーで音楽を流している店さえあるのだ。無神経と言うより、これが彼らの感性なのだろう。いずれにしても、ここまでになってしまっては、歴史的な街並みというより、韓屋村テーマパークと言った方がよい。

 この旧市街では伝統建築の保存に反対する住民も多かったという。しかし、最早この地区では住民の意向を考慮するまでもない。観光用の商業施設に席巻されて、住民自体がほとんどいなくなってしまったのだから。

 

 

 

 

 中心部を通り抜け全州川の堤防に出ると、ここにも屋根付き橋が架かっていた。公州の屋根付き橋がただの歩道であったのに対し、こちらは木の床が張ってある。下駄箱まで作られていて、靴を脱いで上がれるようになっているのだ。ホームレス風のおっさんから、街に遊びに来た中学生の女の子たちまで、様々な人が利用している。

 

 

 

 

 このあたりまで来ると、ようやく街並みに生活感が感じられるようになった。路地から路地へ、人が暮らしているという証を求めるかのように彷徨い歩く。路地でも路面は今風の石畳で舗装されている。道幅や曲がり角の具合など、神楽坂の料亭街を思い出させた。

 

 

 

 

 

 ふと視線を上げると丘の中腹に展望台が見える。上がっていくと、展望台といっても、ただ道路が張り出したところに過ぎないとわかったのだが、ここからの景色は良かった。瓦屋根の家並みにスレート波板や陸屋根の建物が混じっている。観光用につくり過ぎた街並みを見た後では、それらを醜いと感じるよりも、自然な姿と捉えてしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

 今立っているこの丘は、全州旧市街の中心部に隣接する梧木台(オモクデ)に連なっている。坂道や階段を上り下りして、梧木台の北側にある韓屋村を見下ろす地点に立つ。ここからの写真はいろいろなところで目にしたことがある。実際に来てみれば、韓屋村の向こうには雑然としたビル群が壁のように建ち並び、黒い瓦屋根の間には安っぽい店の看板が見え隠れもしている。屋根の色は黒から青灰色に制限されているけれども、よく見ると平瓦葺きの新しい建物も多い。それでも、下界の俗っぽさに比べれば、甍の波を眺めている方がましかもしれない。

 

 梧木台から階段を下りて行くと、とうとう雨が降り出した。雨宿りを兼ねて昼ご飯にしたいところだ。しかし、韓屋村の中には食指をそそる店がない。朝、降りたバス停のそばに大きなパン屋があったのを思い出して行ってみる。

 パン屋はPoongNyunという、ベトナム語みたいな名前だった。ピザパン、バタークリームサンド、ソーセージサンドにアメリカ―ノのコーヒーをつけて11000ウォンになった。ドリンクメニューがハングルだけなので、解読に少し手間取る。カウンターに立つ女の子の愛想は良いけれども、これほどハングル一辺倒では欧米人には旅行しにくいだろうなと思う。

 

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