オリエント∞(無限大)周遊記 1987年

13 ペロポネソス半島一周鉄道(1)

 

 ピレウスでは、駅近くの安ホテルに泊まった。フロントにいた黒人のおっさんが「部屋にするか、ベッドにするか?」と尋ねる。部屋だけあってベッドが無いのと、ベッドが部屋でない所にあるのとを比べたら後者の方が眠れそうなので「ベッド」と答える。

 実際はベッドが廊下やロビーにあるわけではなく、ドミトリーということだった。自分以外の泊り客も全員が黒人で、部屋の床には煮炊きする鍋釜の類が散乱していた。一泊500ドラクマだから文句は言えない。

 ホテル並びのタベルナで小魚フライの盛り合わせを食べる。サラダ、パンにレモネードもつけてたったの330ドラクマで、しかもすこぶる旨い。ギリシャに入ってからおなかの調子もよろしく快適だ。

 

 

 夜が明けて、ピレウス駅へと行く。港に面して、終着駅にふさわしい結構である。しかし、構内の出札窓口には「No Ticket」と貼紙がしてあり、切符は券売機でしか買えないのだった。

 

 

 櫛型のホームに停車しているのも地下鉄の電車である。丸っこい車体で、一昔前のバスのような感じがする。外装は鋼製者でも内装は木造であった。

 

 アテネの中心、オモニア広場で降りる。エスカレーターで地上に出る。エスカレーターは直接街路に出られて屋根もない。トルコのシミットと同じような胡麻リングパンを売っている。それを買って駅への道を訊く。トロリーバスで行けと言うので勧めに従って乗り込んだ。乗れば運転席の横に運賃箱があるのだろうと思っていたのに、そんなものは無い。車掌も乗っていない。駅にはすぐに着いたけれど、無賃乗車になってしまった。と思ったが、朝8時までは無料だったのだ。

 

 通りに面して、首都の中心駅にしては小さな駅舎が建っている。だが、これは北へと向かう標準軌間線の駅であって、ペロポネソス半島へ行く1メートル軌間の駅は裏手へ回り込んだところにある。

 

 

 

 駅舎に接したホームに出ると、線路1本を挟んでもう一つホームがあるだけで、要するに列車は2本しか停められない。

 向こうのホームにはブルーとシルバーホワイトに塗り分けられた4両編成の列車が停まっている。そのうち三分の一両分はビュフェでさらに定員は少ないから、フレームザックを担いだ若者たちで満員だ。軌間が狭いから車内も狭く余計に混み合った感じがする。

 

 

 ペロポネソス駅を発車したディーゼルカーはしばらく標準軌間の線路と並走し、三線区間を走って貨物駅を通過した。10分も走ればもうオリーブ園の中を黒ヤギの群れが闊歩しているような田舎になる。

 それでも海が近づくと工業地帯になり、そこを抜けると今度は船がたくさん停泊している内海に沿う。メガラで上り列車と交換し、今度は山塊が海に迫った崖下を通り抜ける。上にはハイウエイ、下には旧道。崖は石灰岩質で白っぽい。

 

 

 やがて前方にはアクロコリントス山の独立峰が見えてくる。いよいよ古代ギリシャの歴史的な土地にやって来たとの思いがする。

 海岸沿いの別荘地を抜け、急カーブを切って左に曲がると、突然にコリントス運河を渡った。一瞬のことで記憶にとどめる暇もあらばこそ、何だか殺風景な運河と言う印象しか残らなかった。

 

 

 運河を過ぎると、すぐに海に近いコリントス駅着。この列車はこのまま半島の北海岸を直進する。時計回りに南へ行く列車は、ここで乗り換えだ。ホームでは列車の到着に合わせて、スブラキや炭酸ドリンク、アイスクリームをお盆に乗せて売り歩いている。スブラキを買ったら2本100円で、肉はマトンだった。その後、海辺まで出て日向ぼっこをする。

 

 コリントスからの列車は3両編成とさらに短くなった。シートは一方向に向いたリクライニングシートシートで意外と良い車両だ。但し、走りだすと揺れがひどい。樹の枝も時々窓枠をかすめてゆく。

 沿線はオリーブ園や柑橘類の果樹園の連続に次ぐ連続で、丘や山を縫って走ってゆく。停車するのはミケナイだったりアルゴスだったりと由緒を感じさせる名前の駅である。

 サングラスをかけたチンピラみたいな若い男が車内を巡回している。これは検札をする車掌であった。一方、車内清掃をするのはギリシャ美人のお姐ちゃんである。

 

 

 一旦、海岸近くに出てミロイ駅に停車した後、列車は内陸へと方向を転ずる。山はどんどんと深くなり、急カーブや切通しが増えて何度も谷を渡る。こんな山中でも保線作業をする一団を見た。

 乗客のおばちゃんが車内の一同にメロンを切ってふるまう。みずみずしくて甘いメロンであった。

 

 

 やがて前方に壮大な白っぽい岩山が見えてくる。右手の斜面には町が貼りつき、左手は広大なオリーブ園になっている。その先で列車は山の中腹を左へ、左へと曲がりながら登って行った。カーブの一番奥に来ると、渓谷に沿って迂回していた線路を短絡する橋が架けられている。そして、ついに先ほど眺めていた大オリーブ園を見渡す地点まで上り詰めたのだった。このあたりの線路は、長径が数キロメートルにもなろうかという大Ωカーブで、眼下にはたどってきた線路がくっきりと見えている。

 

 

 Ωカーブの盆地に別れを告げ小さな峠を越えると、あとはひたすら坂を下り、トリポリスに着いた。ホームでアイスクリームを売っている。売り子はダミ声のおやじで、さすがにギリシャでは働いている子どもを見かけることはない。

 

 

 

 トリポリスの先にもオリーブ園は続く。場所によってはそれがオリーブの海のようにも見え、ところどころ、糸杉が樹冠を突き抜けてすっくと立っている。オリーブの海の中へと降りてゆくと、地面はホクホクと耕され、人間の足の裏みたいな形をしたサボテンが実をつけている。

 時にはY字型の谷間の各辺をなぞるように線路が敷かれているところもあり、列車はそれらを律儀にたどって行くのであった。

 

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