オリエント∞(無限大)周遊記 1987年

12 エーゲ海横断航路

 

 エフェソス遺跡からタクシーでクシャダスの港に着いた。クシャダスからはギリシャ領サモス島のヴァスィ港に渡る船が出ている。運転手がチケット・オフィスの前に横付けしてくれたので、やっぱりタクシーは楽だなと思う。

 

 船会社はサモス・エクスプレスといい、運賃は22,000リラ(3700円)とトルコにしては法外ともいえる値段である。北キプロス航路と同じく出国には税金がかかっているのかもしれぬ。

 

 

 サモス・エクスプレスは夕方のせいか3隻が続行して出航する。自分が指定されたのは3隻の中でも一番小さい船であった。出港直前に切符を買ったからいわば3号車で、これはバスでもよくあることだ。ところが、この「3号車」先頭を切って出港したのはよいが、沖合に出ると後から港を出た「1号車」にも「2号車」にも抜かれてしまう。その度に横波を受けて、甲板に座っている乗客に波しぶきが降りかかる。

 

 

 性能の悪い船であっても国際航路だから、乗船前と下船後に出入国審査がある。しかし、トルコ出国、ギリシャ入国ともパスポートにスタンプを押しただけで、至極あっさりしたものだ。北キプロスの入国印があるとギリシャには入れないこともあるように言われていたが、全く問題はなかった。

 

 

 ヴァスィは入江に沿ってホテルやレストランが並んでいる。夕方なのでそれらに明りが灯ってリゾート地ながらも落ち着いた雰囲気が好もしい。

 桟橋から歩いて5分ほどのところにあったクセニアという名のホテルに1泊2500ドラクマで投宿する。

 

 

 夕飯は海岸通りのレストランでピザとフルーツサラダを食べた。ピザは一人前としては大きく、測ってみたら26センチメートルもあった。トルコ料理も悪くはないのだが、ギリシャの食べ物のほうが口に合う。夕食代は飲み物も含めて886ドラクマ。円とドラクマはほぼ等価だから換算の必要がなく楽だ。ホテルも食事もトルコに比べたら高いのは致し方ない。

 

 翌朝、まだ明けやらぬ海岸通りを港へ行く。ピレウス行きフェリーのヴァスィ出港時刻は6時15分と早い。この船はこれから丸一日かけてエーゲ海を横断していくのだ。

 切符は一番安いツーリスト・クラスにしたので、デッキでの自由滞在である。要するに座席すらないわけだが、夏のエーゲ海ならひなが一日、手すりにもたれて海を眺めるのもいいだろう。

 

 サモス島の北岸に沿って進むうち、ボワンとした太陽が昇った。ヨーロッパ人たちは寝袋に入って甲板で寝ている。

 甲板にチーズパイを売りに来た。まだ朝食を食べていなかったので買う。船内で調整しているらしく、手に持つと温かい。ひとつ50ドラクマと、船上にしては安い。

 

 

 

 

 最初の寄港地は7時30分到着のカルロヴァシで、ここはまだサモス島のうちである。この島は東西40キロメートルもある大きい島なのだ。

 カルロヴァシは風光明媚な所で、海に突き出た岩山の上に教会が載っている。白い壁に赤い瓦の家々の雨戸や窓枠はライムグリーンかライトブルーのどちらかである。

 

 

 カルロヴァシを出ると次の寄港地はフルニ島だった。この島は海岸線が複雑で入江の奥まで入り込む。大型船は直付けできず、はしけで本船と往来している。この島では、各戸に3つついている雨戸も、教会のクーポラもエメラルドグリーンだ。

 

 

 続いてイカリア島のアイオス・キリコスに入港した。町の背後に石灰岩質の山塊が立ち上がっていて、漁業と観光以外、生きるすべが無さそうなところではある。家々の窓枠は、えんじ色、深草色、水色、クリーム色、黄土色など多彩である。

 

 

 イカリア島ではもう1か所、人家もほとんどなく桟橋だけが海に突き出したところにも寄港した。桟橋には大きなリュックサックを背負った若者がびっしりと立って船を待っている。もちろん直接には接岸できず、はしけで連絡している。船べりから身を乗り出すと、青緑色の水を通して海底が見えていた。

 

 

 このあとしばらくは島のない海域を航行する。寄港の前後にはそれぞれ案内放送が大音量で流れてうるさかったが、今はそれもない。ギリシャ語でしか放送しないので「パラカロー」(どうぞ)と「エフハリストー」(ありがとう)しか分からない放送である。大半の乗船客にとっても同じことだろう。

 早くも正午を回り、ゆったりとした時間が流れてゆく。

 

 16時、久しぶりに港に入った。近代的なビルの多い街で、下船客が多い。

 17時49分、日没。カフェテリアに行ってみると、飲み物のほかにはホットドッグ、ピザとアイスクリームしかない。朝方のチーズパイは美味しかったのに、ホットドッグはえらくまずかった。

 

 船はアテネの郊外に差し掛かった。エリニコン空港に発着する飛行機がさかんに上空を横切る。その先には、ミクロリイマニ、パサリイマニと円形の入江が連なっている。空港からの海岸線にはずっとナトリウムランプの街灯が続いていて、それが入江を縁取っているのが船上からもわかる。

 アテネの外港ピレウスはもうすぐだ。

 

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