華南お手軽旅行 1990年

2  日帰りマカオ

 

 ハイドロフォイルに乗ってマカオへ行く。日帰りするつもりだったのに、今日の復路便は全て満席であった。しかたなく、翌日の切符を買っておく。

 船は九龍半島と大嶼島の間を通過している。外洋に出るわけでもないのに酷く揺れて、乗船時間は1時間10分にすぎないのに時間が経つのがとても遅い。マカオに着いた時には頭痛がしていた。ターミナルから街に出ると冷たい風が吹き付け、何だか調子が上がらない。

 

 

 

 カジノのあるホテル・リスボンの脇から通りを進むと関帝古廟がある。現役の信仰の場であり観光名所でもあるのに、廟前広場には雑然と物が置かれていて、あまりありがたみがない。「関帝古廟」の看板が3つも掲げられているのも多すぎる。

 中に入ってみると、夫婦が何か占ってもらっていた。占うのは赤い服の老人で、木片を2回床に落とした後、夫婦に何か説明している。それを背後から赤いローソクに囲まれた関羽像が見つめている。

 

 

 関帝古廟の向かい側にはサント・ドミンゴ市場があり、3階建ての建物内には生肉の匂いが充満している。鶏肉の店では積み重ねた籠からニワトリを引っ張り出しては、その場でさばいていく。鳥は観念したのか、籠の扉が開いたままでも逃げ出したりしない。

 

 

 

 このあたりから裏町に分け入って行こう。この街には香港のような高層のビルやアパートはなく、道も狭く入り組んでいる。建物の壁も薄汚れているのは、貧しい宗主国のそのまた植民地とあっては致し方あるまい。壁にはめ込まれたタイルの道路名標識がいかにもポルトガル領らしい。

 それはともかく、さっきからあちこちで爆竹が鳴り響いている。サント・ドミンゴ市場の屋上でも、これでもかというくらい鳴っていた。風邪気味なうえに船酔いで頭痛がするので勘弁してほしい。

 

 

 路地を彷徨い歩くうちに哪吒古廟の前に出た。このような信仰の中心は、あてどなく歩き回っていても自然と出くわすことが多い。そうした場所に位置しているからこそ、信心を集めているともいえる。しかしながら、窮屈な通りに自動車がひしめき合い、先ほどの関帝廟と同様になんとも貧し気な感じがする。

 

 

 哪吒古廟の前から石畳の坂道を上るとモンテ砦に出る。小高い丘の縁まで行くと、眼下にはサンパウロ教会跡が見える。ファサードの壁だけになってしまっていて、舞台セットを見ているかのようだ。その先、川の向こうは中国本土で、新しそうなアパートが建ち並んでいる。一昔前なら中華人民共和国を垣間見ることのできる展望台として希少価値があったかもしれないが、自由に中国へ行ける今となっては格別の眺めでもない。

 

 

 さて、マカオの路地歩きは案外楽しかったのだが、食事をするに適当な店が見つからない。泊まれるところも、港近くのカジノホテルを除けば見当たらない。

 思いついて、もう一度港へ行ってみる。すると20分後のハイドロフォイル便の席がが1等ならあると言う。即座に翌日の切符を払い戻して買い直す。乗船口へ向かおうとすると、一応は国際航路だからか免税店があって、客引きがすごい。

 1等船室は2階にあって、少しだけ眺望が良い。新聞が備え付けてあって、出港するとおしぼりが配られる。しかし2等との違いはそれだけで、シートも別に変わりがない。朝の時点では1等も満席のはずだったのに、船室にはほとんどお客がいない。

 新聞を手にしてみると「第3号風球通過」と見出しがあって、マカオでも係留していた船がひっくり返ったりしたらしい。帰りは大嶼島の南を通っているのにほとんど揺れがない。

 そういえば、支払いはどこでも香港ドルが通用し、マカオの通貨パタカには、紙幣も硬貨もついぞお目にかからなかった。

 

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