華南お手軽旅行 1990年

3  深圳経済特区

 

 深圳に行くために九龍駅へ行く。途中、フェリー乗り場のファストフード店で鮮茄雞蛋三文治を食べる。茄子のサンドイッチは珍しいと思ったけれども、トマトとタマゴを挟んだものであった。

 

 

 

 紅磡駅とも呼ばれている九龍駅は繁華街から外れたところにある駅だから閑散としているのではないかと思っていたのだが、案に相違して大きな駅で、利用客も多い。

 コンコースには大きな袋を提げた旅行客らしい姿も見える。中国本土ではいろいろなものに使われている、赤白水色のブルーシートみたいな材料でできた安っぽいものである。

 

 

 この駅は広州まで行く国際列車の始発駅でもあるから免税店もある。しかし銀行は見当たらない。2階に上がると、駅の構内を見渡せる窓があって、転車台と水色に塗られたディーゼル機関車が見えた。

 

 

 「国境」手前の羅湖まで行く電車に乗る。この車両は英国バーミンガム製である。2等車はオレンジ色したプラスチックのシートが2人掛けと3人掛け向かい合わせで、互いに足が届かないくらい前後の間隔がゆったりしている。1等車になるとワインレッドのレザー張りシートで配置も左右2列ずつとなる。

 

 

 終点まで行かずに大埔墟駅で途中下車して鉄道博物館へ立ち寄る。旧駅舎を利用しているとのことではあるが、現在の駅からは800メートル程も離れているので、暑い日差しの中を歩いてゆく。ところが、今日は火曜日で定休日であった。がっかりして、柵の外から旧駅舎の写真だけ撮って引き返す。

 

 

 ここまで歩いたなら一つ先の太和駅の方が近い事はわかっているけれども、途中にあった大埔墟仮設マーケットに寄りたかったのだ。この市場はマカオほどではないにしろ、東南アジアの古い街の雰囲気が濃厚に漂っている。皮蛋を買ったら殻に斑点のあるタマゴであった。

 市場の近くには公厠浴室なるものもあって、浴室は朝の7時から8時と夕方4時40分から8時30分の開放と出ている。

 

 もう一度電車に乗り終点の羅湖で降りる。「国境」になっている橋の手前で出国審査を受け、帰り用の入境申報表をもらう。何しろ橋の向こうでは1枚30セント(6円)で売り付けているのだ。

 この橋は下階が中国本土行き、上階が香港行きで、駅の跨線橋のように人々がぞろぞろと歩いている。ビザ発行所は中二階にあって、9時から11時と札が出ている。深圳だけの入域ならば85ドル(1700円)ですぐに発行してもらえる。

 いよいよ(と言うほどでもないが)入国審査である。といってもこれだけ大量の人が行き来するのだし、深圳から先へはさらに国内の「国境」があるからか、全てにおいておざなりな感じであった。ただ、カバンをベルトコンベヤに乗せる税関検査で日本から持ってきた新聞紙を抜かれた。

 税関を出たところに中国銀行があり20米ドル両替したら、外貨兌換券で93元が返ってきた。

 

 

 表に出ると、路上で地図を売る人がいる。「1レンミンピェー」と言うので、香港の1ドル玉を押し付けて買う。後でよく考えたら半額に値切ったことになり、よく素直に地図を渡したものだと思う。

 その地図を見るに、駅前から伸びる二筋の大通りを北上すると中心街で、ホテルもそのあたりにあるようだ。右側の人民南路をとり、新しく白っぽいビルの下を歩いてゆく。車が右側通行になり、車道と柵で区切られた自転車道が幅広くとられているのは、やはり中国だなと思う。道行く人々の服装は香港と変わりはない。

 

 

 やがて突き当たった深南東路に面して深圳飯店がある。フロントに行ってみると、新楼は双人房で1泊168元(6800円)もすると言う。しかし、よく聞いてみると別館もあって、そちらの方がずっと安いらしい。はじめは、単人房は公用だとか何とか言っていたのだが、ねばったら単人房1泊36元(1440円)でということになった。

 

 

 ホテルを出て深南東路の北側にある旧市街へと行く。大通りから路地に入ると、店先に水槽を並べたレストランが並んでいる。通りの名前は「涯食街」という。

 

 

 さらに裏路地に入ると今度は「髪廊」ばかりが目に入る。この手の店は、理容室に名を借りた怪しい営業内容の場合が多い。真昼間の白っ茶けた雰囲気からして、ここも同様なのかもしれない。

 

 

 旧市街の北側に出ると人民北路なる大通りが伸びていて人通りも多い。この通りからは「時装街」という路地が入り込んでいる。その名のとおりファッションの通りで、お客も若い女の子が多い。ただし、店は波板をのせたバラックだし、足元は水たまりだらけである。

 近くには「漁路」という路地もあって、ここも食堂街になっている。一番奥には井戸があって、男が天秤棒で水を運んでいた。

 

 

 旧市街の西側を区切るのは広九鉄路の高架線である。線路に沿って公園が伸びているので、休憩がてら列車を眺める。北京まで行く特快もあるのだろうか。窓を開けて、こちらを見下ろしている乗客が多い。中国の列車は外観だけでは長距離列車なのか短区間運転なのかの区別がつきにくい。

 

 

 

 

 公園とホテルのあいだに市場がある。市場内には政府物価局の貼紙があちこちにあり、リンゴや茘枝など品目ごとに本日の最高価格が、木の札で掲示されている。売り物の中で目立つのは茘枝である。そういえば、さっき買った地図には茘枝公園というのも郊外に記されていた。深圳は茘枝の街なのだ。つい、1束14元(560円)の茘枝を2束も買ってしまった。

 買い物ついでに国際商場内の外貨免税店に行って桂花陳酒を買う。750ミリリットル入が13香港ドル(260円)だから地元民にとっても安いのだろう。ものすごい混雑でレジに30分も並ばされる。しかも油断していると平気で割り込む輩が多いので疲れる。

 

 ホテルに荷物を置いて、食事に出る。食べるならやはり涯食街だろう。夕方の涯食街では、白いブラウスに店ごとに揃いのミニスカートをはいたおねえちゃんたちの客引き攻撃がすさまじい。その中の1軒に「22元しか持ち合わせがないのだが」と断って入る。

 注文したのは揚州炒飯で、メニューには10元(400円)とある。出てきたのはハムを使ったチャーハンであった。普通はもっと品数を頼むものらしいし、香港ドルもそのまま通用するそうだからお金の心配はいらないのだが、量が多く一品だけでお腹いっぱいになる。 食べ終わったのを見計らって、店の女の子たちが代わる代わるやってきては話をしていく。スタイルの良いこの女の子たちはただの客引きなのか、それとももっといろいろなサービスをするのかは判然としない。最後に請求された金額は12.5元(500円)であった。おつまみみたいな塩ロースト落花生と瓜の酢漬けも出てきたから、その分が加算されているのかもしれない。

 

 

 大通りの交差点に電信大楼があった。長途電信と看板の出ている窓を覗くと、長椅子がいくつも並び、電話ボックスの空く順番を待つ人たちが座っていた。ボックスは壁の両側にたくさんあるのだが、灯りがついていて使えそうなのは半分以下しかない。街角には「港奥直通」などと書かれた私設の電話屋もあった。

 

 この交差点には「花売り娘」が立っていた。自分が子どものころには日本でもたまに見かけたものだ。「あの花はものすごく高いから手を出しちゃだめだ。いちど手を出すと陰で恐い人が見ているから逃げられないぞ。」と親から言い聞かされたのを思い出した。深圳の「花売り娘」もどこかで「恐い人」が見ているのだろうか。誰彼構わず花を差し出している。

 

 交差点を回り込んだところでアーケードになった路地を発見した。ちょうど電信大楼の裏側で直交する大通りを短絡している。もう日が暮れかけているのに電球や蛍光灯の点いている店は少なく、ほとんどの店の売り場は真っ暗だ。中にはろうそくを立てて、お葬式みたいにしながら営業している店もある。

 

 表通りはさすがに電気がついている。夕方以降、流行っているのは街頭カラオケの店である。衆人環視の中で歌おうと言うだけあって、皆さんなかなかお上手だ。

 

 歩き回って汗をかいたので、風呂にでも入ろうとホテルに帰る。部屋の鍵を受け取るのはフロントではなく、各階にある服務台である。深圳経済特区でもこの方式とは意外だ。

 共同浴室に行ってみると、便器の無いトイレのような空間に、水のホースが1本垂れ下がっているだけであった。

 

<4 寶蓮禅寺 続く>

<うさ鉄ブログ トップページ へ戻る>