スイスの東北ぐるり旅 2003年

3 クロンベルクのハイキング

 

 今日はクロンベルク山からアッペンツェルまでのハイキングを楽しもうと思う。クロンベルクは標高1663メートル、北東スイスの最高峰センティスの前山のような位置にあり、ヤコブスバートなる小駅からロープウエイが通じている。

 ヤコブスバートはいわゆるリクエスト・ストップであって、お客がいなければ停車はしない。現にアッペンツェルに来たときに乗った夕方の列車はこの駅を通過していた。

 

 

 アッペンツェル駅から列車に乗る。すぐに車掌が検札に来るかと思ったのだが来ない。駅に停車中に、最後尾にいるであろう車掌に言うべく、ヤコブスバートのひとつ手前のゴンテン駅でホームに降りた。その途端、ドアが閉まり、列車はスルスルと走り出した。

 どうやらワンマンカーであって車掌はいないようだ。前方に向かって大きく手を振っても運転士は気が付かない。とうとうホームに取り残されてしまった。次の列車は1時間後である。それまで、ゴンテンの村を散策することにしよう。

 その前にヤコブスバート方面からの列車が1本到着する。同行者が引き返してくるかもしれないと思い、ホームで待つ。ほどなくやって来た列車から降りたおじいさんが「あんたの奥さんはヤコブスバートにいるよ」と教えてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それで安心して、村に出てみる。村と言っても街道に沿って一塊の家が並んでいるだけのところである。駅に隣接した教会だけがやけに大きい。駅に戻ってホームに出て、何気なくヤコブスバート方向を眺める。空中に黄色いゴンドラが浮かんでいる。あれはクロンベルクへのロープウエイではないか。あの距離なら次の列車を待つまでもなかったではないか。後で地図を見たら、駅間は実際のところ1.5キロメートルほどしか離れていなかったのだ。

 さて、1時間後の列車に乗る。車内をよく観察してみれば、扉の横に「Verlangen」と書かれたボタンがある。これを押せば、停車の要求というわけだった。さっきもボタンには気が付いていたけれども、非常ボタンかと思っていたのだ。

 ヤコブスバートに停車するというアナウンスがあり、列車は静かに停止した。しかしドアは開かない。今度は降り損ねたかと運転席のドアを開ける。列車はまだ駅の手前にいて赤信号で停止していただけだった。

 ヤコブスバートに着いてみれば、ハイキング姿のお客がたくさん降りた。停車するかどうか、やきもきするほどのことはなかったのだった。

 

 お客は当然ながら皆、ロープウエイ駅に向かう。跨線橋などはなく、列車が出発した後にホームの中央を横切る道路を渡る。ロープウエイ駅の設備も簡素で、必要にして充分といった印象を受ける。

 ゴンドラは定員25人程度で比較的小型である。水平距離は3キロメートルほどもあるから、わりかし長い。半額カードを提示しても上りの片道券は10.5フラン(900円)もする。

 

 

 

 

 

 

 スイス国旗がはためくクロンベルクの頂上に立つ。風は冷たく、一方で陽射しは強い。麓側にはなだらかな田園風景が広がっている。さっき見たゴンテンの教会や駅も見える。

 

 

 

 

 反対側はセンティスの岩場がそそり立っている。そちらの足元にはたくさんの牛がいてカウベルの音が響き渡っていたのだが、もう移動して一頭もいない。

 

 

 

 山頂から東へ向かって尾根筋を歩きはじめる。前方にアッペンツェルの町からも見えていた三角山が見えているので方向を見失うことはない。

 すれ違う時のあいさつは大半が「グリュツィ」で、時たま「ボンジュール」。まれに「グリュース・ゴット」の人もいて、この人たちはチロルから来たのだろうか。犬を連れた人も多く、牛の水飲み場に犬用が併設されたところもある。

 

 

 

 

 足元にはさまざまな花が見られる。黄色いキンポウゲは花が小さく、タンポポは花びらが短冊状である。ゴマノハグサの仲間は岩場に咲き、忘れな草やベニバナのような花もある。

 

 

 

 

 やがて、眼下に現れた小さな教会に向かって九十九折の階段を下ってゆく。教会を通り過ぎてから振り返れば、センティスを背に尖塔がすっくと建っている。

 

 

 

 

 道の傍らに小さな小屋が2軒ある。片方は牛小屋でもう一方はお休みどころになっている。小屋の中に「チーズ」「ミルク」などと書いた札が下がっているだけの素朴なところだ。おもてにケバケバしい色の幟旗など出すことはない。

 もう少し先のシャイデックまで行って遅い昼食にする。ロープウエイに乗ったのはお昼前だったのに、いつのまにかもう3時になっていた。半熟目玉焼きのせレシュティをおいしくいただく。

 シャイデックの標高は1352メートルとある。直線距離なら1.5キロメートルほどなのに、もう300メートルほども下ってきたわけだ。振り返ればロープウエイ駅が高いところに見えている。しかし、アッペンツェルの標高は785メートルだから、まだまだ下りが続く。

 

 

 

 シャイデックまでは見晴らしの良い尾根筋をたどって来た。ここからは、森や牧草地を通り抜けていくことになる。コースは様々に分岐しているから、人の姿もほとんど見えなくなった。

 

 

 

 牧草地に入るところには柵にステップがかけられていたり、回転するバーが作られたりしている。黄色い矢印が導いてくれるので安心だ。

 

 

 前方の三角山は近づいているはずなのに小さくなっていくと同行者が言う。手前の山塊などが大きくなるからそう見えるのだろうか。

 

 

 やがて三角屋根の農家が現れる。並んだ窓にはきちんとレースのカーテンがかけられ、その下の壁面にはアッペンツェルスタイルの模様が描かれている。

 アッペンツェルの町に向かって下る大きな斜面にはロープウエイも作られている。しかし、ゴンドラは地上に置かれている。スキーシーズンだけの営業なのだろう。

 

 

 

 松林の中の急坂を下ると、アッペンツェルの市街地の展望が広がった。市街地背後の丘の緑のじゅうたんが気持ちよさそうだ。右手の斜面をガイス方向へ向かう赤い電車が登ってゆく。町はずれのグラウンドではサッカーの試合をしていて、歓声がここまで上がってくる。

 

 アッペンツェルの町なかに入ったのは5時50分で、教会の鐘が鳴り始めた。6時丁度までの10分間、ふたつの鐘がガンガンと鳴り渡った。

 

<4 サンクトガレン へ続く>

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