建築と空間 イタリアの巻 1994年

13 フィレンツェ(4)

 

 

 ドゥオモのクーポラから地上に戻る。このあたりから南の地区には古代ローマの都市だった時代からの街区割が残っていて、他の地区とは直行する街路の軸線が30度ほどずれている。もっとも、歩いているだけではその違いはわからない。

 

 

 まず南へ街区2つ分進み、直角に曲がって西へ向かう。すると、パラッツォ・ストロッツィの前に出る。狭い広場に面した四角四面の屋敷であり、イル・クロナカの設計によるコーニス(外壁最上部の張り出し)が見どころとされている。しかし壁面の構成を見るに、各階の窓上の部分が広すぎるうえに、後付けのコーニスも出っ張りすぎで全体にバランスが悪い。

 

 

 パラッツォ・ストロッツィを背にして路地を抜けると、パラッツォ・デッレ・ポステすなわち中央郵便局がある。窓口のあるホールは列柱を連ねていて、パラッツォと称するにふさわしい。

 

 

 コルソ通りを東へ行く。途中で小さな教会堂に入る。有名な教会ではないから地元の婆様がろうそくをつけたりしているだけである。こういうところに来るとホッとする。

 

 

 ドゥオモとシニョーリア広場とを結ぶカルザイウオーリ通りに出て南下すると、ブティックなどに挟まれてオルサンミケーレ教会が建っている。他の建物よりひと回り背の高い角塔で、どっしりとした外観はおよそ教会らしくない。もとは13世紀に建てられた礼拝所つきの小麦市場だったそうだ。14世紀にアルノルフォ・ディ・カンビオが再建したとものの本には書いてある。

 

 

 

 

 

 シニョーリア広場に面したパラッツォ・ヴェッキオへ入る。建物そのものは13世紀の最終盤にアルノルフォ・ディ・カンビオが設計したものだが、15世紀になってミケロッツォが中庭を作り、イル・クロナカが五百人広間を加えと、様々に改変されている。さらに五百人広間の壁画は16世紀になってからヴァザーリの工房が描いたものだという。

 

 

 といった具合で蘊蓄を傾けるには事欠かないのだが、見どころが多すぎてかえって印象が散漫になる。数多くの部屋の中でひとつだけ挙げるとすれば、百合の間だろうか。開いた窓から見下ろす裏道とグラーノのロッジアの佇まいの方が印象に残った。

 

 

 パラッツォ・ヴェッキオのすぐ裏にはパラッツォ・ゴンディがある。レオナルド・ダ・ビンチが滞在した屋敷だそうで、現在は中庭が花屋になっている。

 

 

 

 夕方、ウフィツィ美術館に入場する。言わずと知れたルネサンス絵画の至宝が展示されている。 展示室に入ると、マゾリーノやルカ・シニョレッリといった大家の聖母子像が掛かっている。しかし、これらの作品、どうも母子ともに視線が変だ。身体のバランスも崩れている。

 それにしても、このギャラリー、恐ろしいほど参観者がいない。窓からの光はすでに弱々しく、そのわりに館内の照明は点けないから、展示室から回廊に出たときなど、異次元の世界に入り込んでしまったかのような感じがする。

 概して不気味な美術館なのだが、トリブーナと呼ばれる展示室だけは華やぎがある。八角形のドーム天井には貝殻がびっしりと貼り付けられ、照明に輝いているのだ。

 

 

<14 フィレンツェ(5) へ続く>

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