UK & EIRE 周遊 1995年

8 イニシュモア

 

 アラン諸島へ行くには、まずインフォメーションセンター前かマイクロバスに乗る。船が出るのは、ゴールウエイからさらに西へ50キロメートル程も行ったロサヴィール港からなのだ。

 1時間あまりも凍結した道を揺られて、岸壁で降ろされる。折り返しとなる船はまだ到着していない。陽はすでに傾き、大西洋からの風をもろに受けてとても寒い。待合室などないので、そこいらをうろうろ歩き回って寒さに耐えつつ船を待つ。船を待っているのは、帰省客ふうの人たちばかりで、観光客は見当たらない。

 


 

 荒波に揺られてちょうど1時間、アラン諸島最大の島、イニシュモアに着いた。地元民は迎えの車に乗ってさっさか消えてしまった。村に入ってゆくと、B&Bの看板は次々と現れる。しかし、クリスマス直前のこの日、どこもみな休業なのであった。これは迂闊だった。いざとなれば一晩中歩き回っていれば凍死はしないだろう。だが、明日になったら船は運行するのだろうか。顔に悲壮感が漂っていたのか、村はずれにあるB&Bの1軒で泊めてもらえることになった。それどころか、クリスマスディナーやクリスマスプディングまでごちそうになってしまったのだが。

 

 


 島にいる間は、毎朝遅い朝ご飯を食べて、昼間は歩いて古代の城跡へ行き、日が暮れるとキルローナン村にある島でただ一軒のバー「アメリカンバー」に入り込んでビールを飲んでいた。この店は内部がラウンジとバーに分かれていて、トイレは外にある。この店ではビールの種類をスタウトとエールとに分けていて、1パイントあたり前者は1.80ポンド(305円)、後者は1.75ポンド(300円)と微妙に値段が違う。もちろん冷えてなどいないのだが、このほうがのど越しも香りも良いと思う。
 村にはスーパーマーケットSPARがあって、意外と大きい。だから取り敢えず飢え死にする心配はないのだが、飲食店は前述のバー以外、営業していない。

 

*     *     *

 

 島内の交通機関としてはツアーバスがある。名前はツアーバスでも、実態はミニバスを使った流しの乗り合いタクシーである。車の通れる道路は島を縦貫する1本きりだから、そこを行ったり来たりしている。1乗車2ポンド(350円)で、どこで乗ってもどこで降りてもかまわない。少なくとも2台は走っていて、別な会社が運行している。

 ツアーバスはクリスマス当日以外は運行している。しかし、せっかく車に煩わされることのない島に来たのだから、のんびりと歩き回ってみたい。疲れたら車をつかまえればいいだろう。

 



 

 島の中央、南海岸の絶壁上に位置するドゥーンエンガスという城塞跡を目指して歩きだす。

 村のを出ると、石垣で区切られた牧草地が広がる。あちこちに泥炭地もあって、そこには石垣がないから足を踏み入れることができる。ぶよぶよした地面の感触が独特である。

 

 



 石垣の間の縦貫道路を先に進む。意外にも道に沿って点々と農家が存在している。草ぶき屋根の民家もあり、がっしりとロープで葺き材を固定しているのは済州島の民家と同じだ。

 

 


 島では猫の姿が目立つ。庭先の陽だまりなんかでぼおっとしている。人間をほとんど見かけないから余計に目立つのかもしれない。

 そういえば、道を歩いている人間を見たのは、家々を回って「門付け」をもらっている女の子二人組だけだったような気がする。

 

 

 

 右手に海を見下ろしながら、先へと進む。ところどころに教会の遺跡などもある由だ。標識がなぜかゲール語でしか書かれていないので、どれがどれやらよくわからない。路地の先には石を積んだ塚状のものも見られる。これは一体、遺跡なのか、ただの倉庫なのか?

 

 

 

 左手に灯台と円形の城砦が見える。島の一番高い所だから、それらがあるのは当然のことだ。ゆるやかな坂道を上っていくと、灯台までは行けるのだがその先の城砦へは石の壁に阻まれて行けない。

 

 

 

 左手にGort Na gCapall村を望みながら島を横断して、ドゥーンエンガスにたどり着いた。海べりの絶壁上に、半円形に積まれた石の壁が残っている。もとから半円形だったのか、円形だったのが崩れ落ちて半円になったのかは知らない。崖下には激しい波が打ちつけているから、どんどん崩れていってしまいそうに思える。もちろんどこかの国と違って、無粋な護岸などはない。

 

 

 



 島のさらに先にも村があり、幾重にも重なった石垣の向こうで煙突から煙が上がっている。数キロメートルは離れているはずなのに、空気が澄んでいるからか、くっきりと見えている。

 

 帰り道、ずっと晴れていたのに途中で豪雨に見舞われた。ちょうどやってきたツアーバスをつかまえて、キルローナン村に戻った。

 

*     *     *

 

 

 

 別な日、今度はブラックフォートを目指す。ドゥーンエンガスと同様、南岸の崖上に位置する城砦であるから、島を横断していくことになる。途中で道がなくなり、石の迷路の中を歩いてゆく。近づいてゆくと逆光になるので、クジラのような石垣がその名のとおり真っ黒に見える。

 

 

 

 

 こちらの方がキルローナン村から近いせいか、若干の訪問客がある。同じ船に乗っていたニュージーランド人の青年もいて、互いに宿が見つかったことを喜び合う。

 

 

 帰りは道に迷ってしまい、舗装道路に出るまでに石の壁をいくつもよじ登る羽目になってしまった。

 

 

 墓地の十字架はほとんどが十字に丸のケルト十字である。例のアメリカンバーの前にも立派なやつが立っていて、馬車と一緒に人々が写った古い写真がカウンターの後ろに飾ってあった。


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