南アメリカ鉄道旅行で視力回復 1991年

11 ロスアンデスまで

 

 

 1000キロメートルあまりを走り通したアコンカグア号からメンドサの駅に降り立った。駅構内はアンデスを越える狭軌線との三線区間になっている。ただし、狭軌用の車両は見当たらない。北方のサンフアンへの接続バスあるはずなのにそれも見当たらない。

 街に出て店の時計を確かめながら歩く。やはり1時間違う。アルゼンチンの北西部は、他の地域と時差があるのだ。この情報は機内誌の地図で得てはいたのだが、確信が持てずにいたのだった。とすると、列車の遅れは1時間半に短縮するし、車内の食事時間も特に遅いわけではないことになる。

 

 

 楓の並木道を通って、街の反対側にあるバスターミナルへ行く。緑の広場を囲んでバスが並んだ広々としたターミナルである。建物内にはサンチャゴへ行くバス会社のブースが並んでいるけれども、ほとんど係員がいない。国境越えのバスは、朝からせいぜい昼過ぎまでに出発するのだ。

 街に戻り、スーパーマーケットで食料を物色する。ワインの棚が幅広く、試飲までできる。そういえば、通りには有名なワイン産地であるトラピチェの方向幕を掲げたバスも走っていた。

 

 翌朝、5時半起きでバスターミナルへ行く。7時30分発の便が確保でき、18万アウストラル(2600円)を払う。パスポートも預けさせられるのにチケットはくれないから、なんだか不安ではある。会社名は「COOP TAC」となっているから協同組合なのだろうか。

 とりあえず構内のカフェで朝食にする。壁にメニューのボードがあり、料金部分は既製品の切り抜き文字を張り付けている。インフレで桁が多くなったせいでゼロが足りなくなってしまったらしく、丸っこい他の文字で代用している。「30000」なら「30CDC」といった具合だ。コーヒーには砂糖が4袋もついてきた。

 

 さて、バスに乗り込み適当に座っていると、おばさん係員がパスポートを返してくれる。最前列の座席に放り出してあったビニール袋の中に全乗客分が入っていたのだ。20分あまり遅れて発車すると、ビスケットを男の係員が配る。その他にコーヒー係の若い女性も乗っているから、運転手も含めて4人ものスタッフが乗り込んでいることになる。

 少しだけ自動車専用道路を走り、すぐに谷間の坂道に入る。対岸に赤錆びた鉄道線路が見え、駅も見える。鉄道トンネルは素掘りのようだ。

 

 

 車内でチリの入国カードが配られ、ひとりひとりにナンバーが告げられる。10時30分、乗用車が列をなしていて、その最後尾につく。ここが国境らしい。バスを降り、雪を踏んで審査場の広いホールに入る。さっきの番号順に並ぶそうで、乗客たちは互いに番号を訊ね合っている。いや、それ以前の問題として、数台のバスが一斉に到着しているから、自分の乗ったバスの乗客を探し出すだけでも大変だ。

 この建物で行われるのはアルゼンチンの出国審査だけで、再びバスに乗り込み雪の谷間を走る。腕木式信号機を備えた駅があり、駅舎にはオスペダーヘと表示されている。元々宿泊施設を兼ねていたのか、転用されたのかはわからない。

 

 30分以上も走って11時40分、国境であるトンネルの手前に着く。ここでバスは動かなくなった。車内でサンドイッチと炭酸飲料の昼食が配られる。反対車線の車は次々と通り過ぎて行くのに、こちらは全く進まない。2時間以上も待って、ようやく車列がのろのろと動き出した。有料のトンネル内は道幅が広く対面通行しているのに、その手前が狭いのだ。

 数分でトンネルを抜け、チリ側国境に至る。ここでもバスを降りて入国審査場に入らなければならない。車外に出ると雪の壁に挟まれた路上に排気ガスが充満して息苦しい。

 税関の審査台に自分で荷物を並べる。バスの係員が、逆さにした蛇の目傘のようなものを持ってみんなから1500アウストラル(20円)ずつ徴収する。何の料金かはわからないままに払う。2階には両替所もある由だが、おいて行かれそうなので立ち寄らない。実際、手続きが終わるとすぐに発車した。その時には既に15時50分であった。

 

 バスはヘアピンカーブを繰り返して下ってゆく。山脈のこちら側の方が雪が深いような気がする。スキー場がいくつもあるけれども、スキーヤーの姿はまばらにしか見えない。

 並行する線路には架線が張られ、ラックレールも認められた。鉄道が生きていたらスイスにも勝る絶景区間であったことだろう。

 下るにつれ雪も消え、渓谷には水の流れが蘇ってくる。アンデス版「銚子の口」とでも名付けたくなる幅10メートル、深さ数十メートルの谷もあって、谷底を線路が通っている。

 

 

 やがてバスは谷口集落というべきロスアンデスの町にさしかかる。町の中心近くの路上に降ろしてもらう。ここからは、港町のバルパライソまで、再び鉄道に乗れるのである。

 

<12 MERVAL へ続く>

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