地図から始まる旅 ウクライナ 2018年
13 ヤコブレフ40
空港へ行く時間になった。空港へは中央駅前からトロリーバス14系統が通じている。この路線の運行間隔は17分おきだったのが、最近30分おきになってしまった。そういえば、地元の人も、トロリーバスは衰退傾向にあるような口ぶりだった。
空港は市街の南西方向にある。つまり、列車から見た侘し気な地区のさらに先である。車内からは道の片側に複線で路面電車の線路が敷かれているのが見える。しかし、架線はなく、廃止されて久しいようで、なんだかもったいない気がする。
高架で鉄道線路を越え、広々とした直線道路を行くと、突き当りが空港ターミナルだった。全面が広告で覆いつくされていて、屋根上の「空港」という表示が無かったら、何の建物だかわからない。右手には新しいターミナルビルが出来上がっているから、そちらへ行くのかと思ったら、出発はまだ旧ターミナルを使っていた。
中に入れば、出発ロビーには取り立てて特徴もない。鉄道駅と同じように2階への階段が左右にあり、その間に小さな出発ゲートがある。
オデッサは人口100万を超える都市であるが、国内線はキエフにある二つの空港に向けて朝晩1便づつというささやかなものでしかない。搭乗待合室に入っても小さなカフェがあるだけで時間をもてあます。
ようやく搭乗時間が来て、カフェの奥にある木の扉が開く。それが搭乗口で、テーブルの間をすり抜けて行かねばならない。
搭乗するのはモトル・シーチ航空M9 251便でキエフに二つある空港のうちの古くからあるジュリャーヌィ空港行きだ。機材はアントノフ140とある。アントノフは旧ソ連からウクライナが引き継いだ航空機メーカーであり、モトル・シーチ航空はそのアントノフがやっている航空会社なのだ。珍しい機材に期待が高まる。
ところが、機体の傍に停車したバスから地上に降り立ってみると、なんだか様子がおかしい。アントノフ140はプロペラ機のはずなのに、プロペラが見えない。それどころかエンジンが後部に3つもあるではないか。尾翼の下の階段を上がって機内に入る。なんだか肛門からクジラの体内に入るみたいだ。階段を上がると荷物置場があり、その先に30席程の小さな客室がある。これはヤコブレフ40ではないか。
丸くて大きな窓、ソ連機に特有のバックルが左右反対になったシートベルト。コーヒー色の内装で、前方に水色の消火器がやけに目立つ。機内のアナウンスでも何度も「ヤーカヴレフ・ソーラク」つまりヤコブレフ40と言っている。乗客のビジネスマン風の兄さんたちもレトロな機体だと喜んでいる。
レトロなのはいいけれど、最新鋭のアントノフ140は調子が悪いのだろうか。ヤコブレフ40は自分と同世代のはずで、つまりは飛行機としたらかなりの時代物と言ってよい。まさか墜落はしないだろうけれど、さすがに不安がよぎる。
そんな心配をよそに、我がヤコブレフ40はエンジン3つの力でささっと上昇し、真っ暗な中をリアエンジンのおかげで静かに飛行して、定刻ぴったりにキエフ・ジュリャーヌィ空港の滑走路に着陸した。滑らかな接地であった。
ジュリャーヌィ空港からもトロリーバスが中心部に通じている。地下鉄に乗り換え、予約したホテルのあるポディール地区に向かう。
地下鉄から地上に出ると、クリスマスと新年のイベントで街は大賑わいであった。広場にはステージが作られて、若者たちの楽団が演奏している。飲食のできる仮設テントや観覧車もあり、歩行者天国にビニールを巻いて置かれていたモニュメントもお披露目を果たしている。
廃墟化しているビルにもイルミネーションが飾られて、華やかさではここが一番かもしれない。寒さに震えながら逍遥する。