北朝鮮の巻 1996年
6 平壌の地下鉄と市電
50チョン玉 / 地下鉄のジュトン
平壌に戻った午後は市内観光に連れ回される。主体思想塔、メーデースタジアム、金日成像、万景台の金日成生家、そして夜はサーカス鑑賞と盛りだくさんではある。見せたいものだけを見せているなどと揶揄するむきもあるけれど、ツアーならば当たり前のように思う。
実際、目的地は「点」に過ぎなくても、車窓から「線」は見えるわけで、「見せたいもの」以外もいろいろと目に入ってくる。
象徴的なのは建設途中の柳京ホテルだろうし、高層アパートの立ち並ぶ未来的な空間をトラックの荷台で運ばれていく小学生たちといった取り合わせも国辱ものだろう。
一般的な市民の意識とは違うのかもしれないが、案内員Sさんなどは「この国のありのままを見て行ってください。」と言う。
栄光駅
翌朝、朝食前の時間を利用して地下鉄に乗りに行く。この後、地下鉄試乗もコースに含まれているのだが、日常の姿を見てみたかったのだ。同行者はMちゃんとF夫人(Mちゃんのお母さん)である。
ホテル近くの栄光駅に行く。乗車するにはジュトン(地下鉄専用のコイン)を自動改札機に投入しなければならない。ジュトンは昨夜のうちに窓口で買っておいたのだ。1「人民」ウォン札を出したらジュトンを10枚よこしたので、手持ちは十分にある。
長いエスカレーターを下っていく。手すりの間にスピーカーがあって、何やら小声で流している。声の調子からすると何かのスローガンのように思える。
栄光駅
ホームは高いアーチ天井の下にあって、東京のみすぼらしい地下鉄とは大違いである。タブロイド判の新聞がガラス板に挟まれて置かれている。朝鮮労働党機関紙の労働新聞である。そんなものでも、熱心に読んでいる人がいる。
到着した電車に乗る。駅名票や行先表示の類が一切なく、アナウンスもないので、どの方向へ行くのか分からなかったが、乗った電車は次の復興駅行きであった。この区間は後ほど公式に乗る予定である。復興駅は路線(千里馬線という)自体の終点なので、折り返す。
復興駅
ツアーで訪れる以外の途中駅もなかなかに豪華ではあるものの、照明はかなり暗い駅もある。革新線との乗換駅である、戦友駅で降りる。革新線にも乗りたかったのだが、もう時間切れである。地上に降りると、通勤の人々が続々と歩いている。駅に戻ると時間帯のせいか大混雑である。乗客は概して無口なのだが、ゲート状のところで列が詰まってうめき声とも抗議の声ともつかない声が上がった。
ところで、ツアーでの試乗のときには朝と違ったことが3点あった。
その1。トークンを使わず、改札機脇の通路から入る。
その2。通路に地下鉄関連の冊子などを売る台が出ている。これは、地元の人も珍しそうに覗き込んでいた。
その3。アーチ天井のシャンデリアが点灯している。
時間帯からして朝よりもずっと空いているのは当然だが、車両が貸し切りになったりするわけではなく、市民と一緒の車両に乗り込む。
建国駅
建設駅
午後には40キロメートルほど離れた南浦市を往復する。西海閘門を見せたいらしい。閘門と称しているが、後にできた諫早湾の締切り堤防のようなものである。しかし、このような施設は他の国にもあるし、堤防上の線路は1日に2往復しか列車が通らないのでつまらない。それよりも、南浦市内の人々の服装や背負っている背嚢(断じてリュックサックではない!)は終戦直後の買い出し風景のようであった。トロリーバスの架線や車庫も見えるが運行は休止しているようだ。
帰り道、車窓から蒸気機関車の牽く列車を見た。黒く磨かれた機関車が後ろ向きで2両の客車を引っ張っている。緑色に塗られた客車の方はかなりガタガタに見えるが、屋根にまで人が乗ったりはしていなかった。
西海閘門
南浦市内
夕食の後、Mちゃんを誘って市電に乗りに行く。Mちゃんは路面電車に乗ったこと自体がないという。こちらの乗車は、ツアーにも入っていないのだ。
しかし、乗り方がわからない。路上のキオスクなどはないし、運転手から切符を買っている様子もない。ほとんどの人は定期券を持っているかもしれないけれど、1回乗車の客が皆無とも思われない。こればかりは案内員Hさんに尋ねるわけにもいかない。さっき「○さん(私のこと)は自分で地下鉄に乗ったりしているんでしょう。」と言われたばかりだ。(なぜバレたんだろう?)
きっと車内に車掌がいるのに違いないと自分を納得させて、平壌駅前の停留所から北行き、つまりホテルのある通りとは反対方向への電車に乗り込む。夜なのにかなりの混雑で、扉のところに押し付けられたまま身動きができない。これでは車掌がいたところで回っても来られない。
窓の外は市街地にもかかわらず真っ暗で何も見えない。扉が開いたら降りようと思っているのだが、いつまでたっても停車しない。地下鉄の場合は駅名も駅の位置もあらかじめわかっていたけれども、市電については路線の位置しかわからない。駅から1キロメートルほどのところに大きな交差点があるから少なくともその前後に停留所があると想像していたのに、その交差点も通過してしまった。結局、2キロメートル近く走ってようやく次の停留所に着いた。とうとうタダ乗りになってしまった。ほとんど街灯がなく真っ暗な通りを線路に沿って歩いて帰る。
あとで案内員Hさんに聞いたら、缶のようなものがあり10チョン玉をその中に入れるのだという。実際、トロリーバスではそうしている人を目撃したから本当なのだろう。検札もときどきあると言うのだが、その方式では支払いを証明できないのではないかとも思う。