JET STREAM Skyway Chronicle
今週は、国際線就航70年を記念した、スペシャルフライト。
日本パンダ保護協会名誉会長でもある、黒柳徹子選出のエッセイ集『読むパンダ』から、元・上野動物園園長の中川志郎による「飼育日誌 パンダと暮らした一ヶ月」を、お届けしています。
今夜は、その第2夜。
1972年10月28日。
中国からやってきたパンダたちの到着により、一種の興奮状態にあった、上野動物園。
パンダの飼育を受け持つ中川たちにとっては、緊張の連続だった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「10月30日 パンダの餌は、粗末なものほどいいという事」
パンダの餌は、大きく4つに分けられる。
すなわち、ミルク、ご飯、生卵を混合した、ミルク粥。
りんご、柿などの果実。
とうもろこし、大豆の粉を水で練り蒸した、とうもろこし饅頭。
および、竹と笹である。
私たちが、あらかじめ準備しておいたこれらの餌の材料を見て、北京動物園から付き添ってきた飼育担当者は言った。
「この饅頭の材料は、良すぎて使えない。
あまりにも粒子が細かすぎる。
これでは、パンダは下痢になってしまう」
パンダのために、最上等のものを集めていた私たちは、唖然とした。
早速、粒子の粗いものを探す事にした。
ところが、東京という所は不便な町で、上等なものはいくらでもあるが、粗末なものは、なかなか手に入らないのである。
仕方なく、大豆ととうもろこしをミキサーにかけ、適度の大きさに砕き、間に合わせる。
中国から付き添ってきた飼育員は言う。
「パンダは貴重な動物だというので、どうしても上等の餌をやりすぎがちになる。
だが、これは決して、パンダのためではない。
なるべく粗末な、粗い餌を与える事が、パンダ飼育のコツなのだ」
と。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「11月1日 パンダの糞には、芳香があるという事」
動物の健康状態を知る方法には色々あるが、その排泄物を調べるというのは、かなり確率が高いだけに、大切な事だ。
したがって、パンダの排泄物は、あだや疎かには取り扱えない。
まず、形、色、臭いを調べ、その量を測り、分解して消化状態を調べるのである。
例によってこの作業をしていた獣医が、突然こう言った。
「あれ〜?
パンダの糞って、いい匂いだなぁ」
そう言われてみれば、なるほど、他の動物の糞にあるような不快臭は、全く無い。
むしろ、かぐわしい匂い、と言うべきかもしれぬ。
なんか、甘酸っぱい、快い香りなのである。
[糞]
こんな糞をする動物なんて、他に見た事が無い。
やっぱり、珍獣だなと思う。
「11月3日 2匹、来園以来初めて日の目を見る事」
1週間の検疫期間も今日で終わり。
到着以来、ずっと室内で種々の検査と餌付けを行ってきたので、外に出る機会は全く無かったのである。
まず、カンカンから運動場に出す事にする。
室内と外を隔てたドアが、音も無くゆっくりと、上がる。
突然に、眩いばかりの光が、差し込んでくる。
びっくりしたように、これを見ているカンカン。
やがて、ゆっくりと出口の側に寄り、首を伸ばして外を見る。
【画像出典】