JET STREAM・・・作家が描く世界への旅。
今週は、作家・村上春樹の紀行エッセイ『遠い太鼓』の中から、「スペッツェス島に到着する」を、番組用に編集してお届けしています。
今夜は、その第4夜。
エーゲ海に浮かぶ、ギリシャの島スペッツェス。
日本を遠く離れて、村上春樹はこの島にやってきた。
海水浴シーズンも終わりかけた砂浜では、観光客が静かに、日光浴をしている。
作家は妻と二人で馬車に揺られ、ようやく目的の場所、クヌピツァのダムディロプロスの家に着いた。
そして、小さなレストラン(タベルナ)で、白ワインを注文したのだが・・・。
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「クヌピツァの、ダムディロプロスの家?
知らんなあ」
すると、その隣にいた元気そうなおばさんが、話に首を突っ込んでくる。
「何よ?
どこの家だって?
クヌピツァのダムディロプロスの家だって?」
でも、彼女もその家を知らない。
すると、その近くにいた別のゾルバが、という具合に、話の輪がどんどん膨らんでいく。
そしてみんなで、
「クヌピツァのダムディロプロスだって?」
「聞いた事無いなあ」
「ひょっとして、あの家の事じゃねえかな?」
「あいつに聞けば、分かるんじゃないかな?」
などと、ワイワイとやっている。
この程度の事で、みんな結構盛り上がってしまうのだ。
のどかと言うか、暇な所に来ちゃったんだなぁと、実感する。
しかし、かくの如き盛り上がりにも関わらず、結局クヌピツァのダムディロプロスの家の場所は、分からなかった。
ラコステ男が、僕に言う。
「クヌピツァの、ダムディロプロスの家がどこにあるかは分からんけど、とにかくクヌピツァまで行って、聞いてみるといいと思うよ。
そこまで行けば、誰か知ってると思うから」
「そうする」
と、僕は言う。
初めから、そうしようと、思っていたのだ。
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彼は、馬車で行く事を勧める。
そして1台、馬車を見つけてきてくれる。
親切な男である。
「200ドラクマ以上払っちゃダメだよ。
それが、馬車の規定料金だからさ」
と、彼は教えてくれる。
僕は礼を言って、馬車に乗る。
でも、クヌピツァに着いた時、僕は400ドラクマ払わされる事になった。
荷物がすごく重かったから、特別料金が欲しい、と御者が要求したのだ。
ラコステ男に言われた通り、
「冗談じゃないよ!」
と、ケツをまくっても良かったのだけれど、まあ確かに荷物も重かったし、演技かもしれないけど、馬も坂道でハアハア息を吐いていたし、御者に家を探してもらった事でもあるし、まあいいや、と400ドラクマ払ってあげる。
何と言っても、200円くらいの違いなんだから。
我々が最初に港に着いた時に見かけた、一面の垂れ幕の正体が判明したのは、その日の夕方の事であった。
その日は日曜日で、食料品店はどこも開いていなかったので、僕らは夕食を食べるために、港の近くのタベルナに入って、メニューを広げ、本日の魚料理と豆の煮込みを選び、辛口の白ワインを注文した。
[タベルナ]
【画像出典】