2024/7/2 遠い太鼓② | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

JET STREAM・・・作家が描く世界への旅。


今週は、作家・村上春樹の紀行エッセイ『遠い太鼓』の中から、「スペッツェス島に到着する」を、番組用に編集してお届けしています。


今夜は、その第2夜。


アテネで、バレンティナという賑やかな女性から、サマーハウスを紹介され、エーゲ海に浮かぶスペッツェス島へ。


観光客と共に高速船を降りると、島のギリシャ人たちが待ち受けている。


ギリシャを舞台にした映画『その男ゾルバ』を愛する村上春樹は、賑やかな港の風景をスケッチのように、軽やかに楽しく描いている。


旅は、まだ始まったばかりである。


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水中翼船のエンジンが止まると、船の舳先が水を切っていく、サーッという音が聞こえるのみである。


バレンティナ風に言うと、ビューーーーーティフルな眺めである。


スペッツェス島では、結構沢山の人が下船する。


大きなバックパックを担いだ、外国人観光客の姿も、ちらほらと見受けられるが、もうシーズンもほとんど終わっているから、その数はそれほど多くない。


乗客の大半は、ギリシャ人である。


そして、そのギリシャ人たちは、大まかに言って、2つのカテゴリーに分類される。


どこかからやってきたギリシャ人と、どこかから帰ってきたギリシャ人である。


1つ目の人々は、大体身なりが良くて、カップルか、あるいは家族連れである。


多分、週末をサマーハウスで過ごすために、やってきたのだろう。


そういう人たちは、みんな何かの本を、手にしている。


僕の前の席に座った奥さんは、しつけのいい小型犬を連れて、ギリシャ語訳のアーサー・ヘイリー著『ホテル』を、読んでいた。


隣の席の、ミニスカートを履いたキュートな女の子は、船内で給仕が運んできてくれる、ホットミルクを飲みながら、ギリシャ版『エル』みたいな、ファッション誌を読んでいた。


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そういう人たちの周りには、アッパーミドルの、都会人特有の落ち着いた雰囲気が、漂っている。


何泊かするための簡単なバッグと、サングラスと、金のブレスレット。


ベネトンのセーターと、ソニー・ウォークマン。


それに比べると、2つ目のカテゴリーの人々は、みんなすごくシンプルで、元気そのものという感じである。


『その男ゾルバ』みたいなおっさんやら、血色のいいお母さんやらが、ピレエフスの街か、アテネで買い込んできたらしい荷物を、どっさりと抱えて、ドタバタと波止場に降りてくる。



『その男ゾルバ』]


彼らは、正真正銘の庶民である。


僕は彼らの事を、「ゾルバ系ギリシャ人」と呼ぶ。


それから、黒いだらんとしたラーソという服に身を包んで、長い髭を生やした、いかにも謹厳そうな僧侶の姿も見える。


この坊さんもまた、一体何を買い込んできたのか、両手にダンボール箱を、下げている。


すごく重そうな段ボール箱である。


40くらいのおばさんが、船の降り口で、迎えに来た多分息子であろう小さな男の子を、ひしと抱きしめてキスしている。


おかげで、後の乗客が、船を降りられないでいる。


さすがに船の乗務員が、


「奥さん。


邪魔になるから、そこをどいてくださいよ!」


と、大声を出している。


【画像出典】