2024/7/1 遠い太鼓① | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

JET STREAM・・・作家が描く世界への旅。


今週は、作家・村上春樹の紀行エッセイ『遠い太鼓』の中から、「スペッツェス島に到着する」を、番組用に編集してお届けします。


今夜は、その第1夜。



「遠い太鼓に誘われて


私は


長い旅に出た」


この紀行エッセイの巻頭に、村上春樹が引用した、トルコの古い歌である。


1980年代半ば、作家は3年間、ギリシャとイタリアへの、長い旅に出た。


旅が始まり、ローマからアテネに向かう。


そして1ヶ月の間、エーゲ海のスペッツェス島で暮らす事になった。


海はどこまでも青く、空はどこまでも広い。


さて、スペッツェス島の港に着いた作家を待ち受けていたのは?


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速い、という事で言えば、ピレエフスからスペッツェスまでは、水中翼船に乗るのが一番速い。


普通のフェリーボートに乗る時間の、およそ半分で、目的地に着いてしまう。


だから確かに、時間の節約にはなるのだが、しかしその代わり運賃の方も高くて、普通の船の2倍する。


そして何よりも、情緒というものが欠落している。


やたら音がうるさいし、デッキに出て日光浴する事も、できない。


格好だって、みっともない。


昔見た映画『海底二万里』に出てきた、ノーチラス号みたいな、時代遅れの前衛的スタイルで、これが根性の曲がった水生動物みたいに、ニョキっと足を突き出して、海上をひた走っている光景には、何かしら不気味なところがある。


少なくとも、旅情なんてものとは、程遠い代物である。


このうんざりする水中翼船が、やっとこさスペッツェス島の港の入り江に到着した時、船着場の周りの壁は、白い垂れ幕でぎっしりと、埋め尽くされていた。


家のベランダにも、ホテルの窓にも、レストランの入り口にも、この垂れ幕がかかっている。


三角の小旗も、ずらりと並んでいる。


船がだんだん岸に近づくに連れて、垂れ幕にはギリシャ文字が書いてある事が、分かってくる。


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一見すると、幟を立てた賑やかな村の秋祭り、という風情である。


でも我々には、それが一体何を意味するのか、さっぱり分からない。


これまで色々と、ギリシャの色んな町を回ったけれど、こんな光景は未だかつて見た事が無い。


「ねえ。


あれ一体、何て書いてあるの?」


と、女房が僕に尋ねる。


「何だろうな?


えーっと、バソク、ニーデルタ。


ネアキニシ。


その後は、人の名前みたいだな」


「何かの宣伝じゃないかしら?」


「いや、そうじゃないと思うな。


いくら何でも、宣伝でここまでは、やらないよ」


二人で色々と頭をひねってみたが、上手い説明がつかない。


まあ、何かの地域的なお祭りのようなものじゃないか、という辺りに、話が一応落ち着く。


でも、何はともあれ、スペッツェス島に到着した訳である。


これから少なくとも1ヶ月は、ここに腰を据えて、生活する事になるのだ。


島の第一印象は、なかなか悪くない。


家の奥に、こじんまりとした港があり、その後ろには、これまたこじんまりとした街が、控えている。


街の後ろには丘があり、山がある。


山の上には、白い教会が見える。



[スペッツェス島]


ギリシャの島にしては珍しく、山は松や糸杉やオリーブの、様々なトーンのグリーンに覆われている。


海は濃紺に染められ、雲はあくまで白く、空はキリッと青く、そして広い。


その空を1羽のカモメが、飛行という行為を堪能しているかのように、ゆっくりとスタイリッシュに、横切っていく。


【画像出典】


https://www.tripadvisor.jp/Attractions-g189496-Activities-c42-t288-Spetses_Saronic_Gulf_Islands_Attica.html