JET STREAM・・・作家が描く世界への旅。
今週は、作家・原田マハのエッセイ『フーテンのマハ』を、一部編集してお送りしています。
美術にまつわる数々の小説を執筆してきた原田マハが、画家の原風景を訪ね歩く旅。
今夜は、その第3夜。
フィンセント・ファン・ゴッホの生涯を追う、南フランスへの旅。
ゴッホが、アートのユートピアを作りたいと移り住んだ、アルルの街を歩く。
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アルルに来てからの数ヶ月間、ゴッホは本当によく仕事をした。
次から次へと、溢れんばかりに絵を描き続けた。
『アルルの跳ね橋』、『夜のカフェテラス』など、ゴッホと言えばあの作品、という数々の代表作を、わずか数ヶ月の間に生み出した。
オランダやパリには無い風景と、それを照らし出す強烈な太陽が、ゴッホの心をのびのびと自由にし、仕事に向かわせたのだろう。
その結果、ゴッホの呼びかけにようやく応えて、アルルへやってきた画家が、わずかに1人だけいた。
ゴーギャンである。
画友の到来を、どれほどゴッホが喜んだ事か。
ゴーギャンが来る!と狂喜乱舞して、そこからまた数々の名作が、生み出された。
本当に、ゴッホは泣けるくらい単純で、純粋で、真っ直ぐな人なのだ。
ゴッホが描いた、夜のカフェテラス。
そのカフェは、今も同じ場所にあり、夜遅くまで営業している。
[『夜のカフェテラス』]
夜半に、そのカフェを訪れてみた。
テラスの明かりが、煌々と石畳の通りを照らし出し、漆黒の空に星々が見えた。
テラス席の人々は、ワインを飲んで談笑し、いつまでも帰らない。
ゴッホの絵、そのままの風景。
その場所を見つめる、画家の眼差し。
その情熱と孤独を感じながら、私もひと時、ゴッホの風景の一部となって、そこで過ごした。
ここにいたいと、思った。
いつまでも。
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アルルの街中には、ゴッホが描いた風景が、あちこちに残っている。
ゴーギャンと共同生活した、黄色い家の跡地に行ってみると、そこには、妙にモダンなデザインの小学校の校舎が建てられていて、黄色い家は跡形も無く消されていた。
が、そのすぐ近くを流れている川は、『ローヌ川の星月夜』の舞台となった風景を、今なお残していた。
星々が煌めく薄明るい夜空の下、川沿いをそぞろ歩く男女の姿が描かれた、叙情的な絵。
[『ローヌ川の星月夜』]
私が訪れたのは、真夏の真昼だったものの、橋や川岸の様子はそのままだった。
きっと夜には、降るような星空が、川の上に広がる事だろう。
ゴッホが待ちに待った朋友、ゴーギャンとの共同生活だったが、えっ?と言うくらいあっけなく、終わってしまう。
わずか2ヶ月ほどで、ゴーギャンはパリへ戻ってしまうのだ。
絶望したゴッホは、発作的に自分の耳の一部を切り落とし、馴染みの娼婦に送りつけるという、異様な行動に出た。
この事件は警察沙汰になり、ゴッホはアルルの精神病院に、半ば強制的に入れられてしまった。
狂人のレッテルを貼られてしまったゴッホだったが、入院中も絵を描く事を止めなかった。
頭に包帯を付けてパイプを吹かしている、『包帯をしてパイプをくわえた自画像』は、ゴッホが数多く描いた自画像の中で、最も有名な一作だが、これも入院中に描かれたものだ。
[『包帯をしてパイプをくわえた自画像』]
実際に、その絵が描かれた精神病院跡地に行ってみると、どこかしら殺伐としていて、物悲しい場所である。
「こんな所でも、描き続けたのか」
と、その信念の強さに、唸らされてしまった。
【画像出典】