2024/5/13 光と虹と神話① | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

JET STREAM・・・作家が描く世界への旅。


今週は、自然写真家・高砂淳二によるフォトエッセイ『光と虹と神話』より、一部編集してお送りします。


今夜はその第1夜。


「アザラシたちのゆりかご」


カナダのセントローレンス湾に浮かぶ、流氷の世界へ、ご案内します。


番組WEBサイトの、高砂淳二の写真と共に、お楽しみください。





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2月になると、グリーンランドの海から、カナダのセントローレンス湾に、はるばるタテゴトアザラシがやってくる。


湾内に浮かぶ流氷の上で、出産・子育てを行うためだ。


彼らはまるで、正確なカレンダーを持っているかのように、2月末になると、真っ白い氷の上で一斉に出産する。


出産後2週間、母アザラシたちは子への授乳に専念し、それを終えると雄たちと交尾を始め、次のシーズンの準備に入る。


地球のサイクルに合わせた出産や交尾と、季節になると南下してくる、流氷という自然の恩恵を使った子育て。


アザラシたちは、こんな地球規模の生き様を、無心に続けてきた。


僕は以前、2シーズンほど、流氷の上にヘリで降り立ち、撮影をした事があった。


ここ10年は、地球温暖化の影響で流氷が貧弱なため、ヘリで降りられないような年が多かったのだが、2018年は冬の寒波で久々に、しっかりした流氷だという情報を得て、カナダに向かった。


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2018年、冬の寒波に見舞われたカナダのセントローレンス湾で、しばらくぶりに降り立った流氷の上は、以前ほどではないが、パキーンと空気が冷たかった。


あちこちに赤い胎盤と、血の跡が生々しく残っていて、その近くには、生まれたばかりの羊水の黄色が染みた小さいアザラシと、大きな母アザラシが横になっている。


[アザラシ]


懸命に生きようとする彼らの表情は、どれも本当に美しく、夢中で撮影しまくった。


生まれたばかりのアザラシは、栄養たっぷりの母乳を飲んで、毎日2キロずつ脂肪を蓄えていく。


しかし最初の2週間ほどで、母親からの授乳はおしまいで、その後はそれまでに蓄えた脂肪を元手に、自分で何とか生きていかなければいけない状況になる。


美味しい食べ物がいっぱいあって、体の脂肪を減らすのに、四苦八苦している人間の事を知ったら、さぞかし羨ましがるに違いない。


この流氷の上で、一晩過ごしてみた事がある。


夜中、彼らと並んで氷の上に寝そべり、凍えるような寒さの中、降ってきそうな星々を眺めた。


彼らの住む地球は、僕ら人間の住む地球とは全く別の、野生そのものの宇宙を巡る地球だった。


何日か撮影した後、僕はカナダの別の場所に移動したのだが、そこでたまたま目にした、カナダの流氷状況サイトを見て、唖然とした。


なんと、僕が現地を出て10日ほど経った頃には、気温が上昇し、アザラシを撮影した辺りの流氷はほぼ消滅して、春の海と化してしまっていたのだ。


通常、4週間ほど氷の上で成長し、自立していくアザラシの子たちが、2〜3週間で氷を失ってしまった事になる。


撮影した子たちは、どうなってしまっただろう?


子供のアザラシたちの写真を見ても、彼らの無垢な目には、温暖化している地球は映っていない。


どこまでも透明で純粋なその瞳に、こちらの心苦しい気持ちが、映し出されてくるだけだ。


【画像出典】