2024/3/28 小さいころに置いてきたもの④ | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

『JET STREAM』


作家が描く世界への旅。


今週は、俳優・ユニセフ親善大使の、黒柳徹子のエッセイ集『小さいころに置いてきたもの』の中から、「ホロビッツさんのハンカチ」を、番組用に編集してお届けしています。


今夜は、その第4夜。


その年の来日コンサートで、巨匠ホロビッツがステージに登場し、くしゃくしゃのハンカチをピアノの上に置くのを、黒柳徹子は印象深く覚えていた。


ハンカチを、どうしていつも持っているのか?


その小さな疑問を、目の前にいる伝説のピアニストに問いかけてみると、彼はくしゃくしゃの白いハンカチを手品師のように、ズボンの右ポケットから取り出した。


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ホロビッツさんは、上背のある清潔な佇まいの、生き生きとした表情の81歳だった。


何か、踊ってでもいるような、リズムのある話し方だった。


私はふと、昭和女子大学人見記念講堂での彼のコンサートで、すごく印象深かった事を思い出した。


[人見記念講堂]


物凄い拍手でステージに出ていらしたホロビッツさんは、左手にくしゃくしゃのハンカチの端をぶらぶらと持って、ピアノの所に行った。


そして、ハンカチをピアノの上に置いた。


そして弾きながら、そのハンカチで顔を拭いた。


一段落したところ、とかいうんじゃなくて、大袈裟に言うと、右手で弾いている時、左手でハンカチを取って顔を拭く、という感じだった。


私は、突然その事を思い出したので、お食事が一段落したところで、


「ハンカチ、いつも持っていらっしゃるの?」


と聞いた。


ホロビッツさんは、


「持ってるよ。


ほーら」


と言って、右のズボンのポケットから、くしゃくしゃの白っぽいハンカチを出して、私に見せた。


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普通、大人の人がハンカチを出す時は、ちゃんと四角に折ってあると思うけど、凄くくしゃくしゃだった。


森先生も笑って、


「あらあら、随分くしゃくしゃね」


とおっしゃった。


すると、ホロビッツさんは、


「僕が好きなもの。


それはオーデコロン。


ちゃんとアイロンのかかったハンカチを広げると、その真ん中に、じゃぼじゃぼオーデコロンをかけるのさ。


それで、ポケットに仕舞うからくしゃくしゃなんだ」


私は、そのハンカチに鼻をつけた。


強烈なオーデコロンの匂いだった。


そうか。


演奏会の時、ピアノの上に置いて顔を拭く時、この強烈な匂いも嗅いでいるのだ!


その時私は、そのハンカチを欲しい、と思った。


「ねえ。


このハンカチ、頂けない?」


ホロビッツさんが何と言うかと思ったら、


「あげてもいいけど、後で鼻をかむ時、どうするの?」


私は、とっさに森先生の家の、真っ白い上等の薄手のナプキンを渡して、


「これでかんで!」


と言った。


ホロビッツさんは、


「じゃあ、いいよ」


と言って、ポケットにナプキンを仕舞い込んだ。


次の瞬間、彼は左のズボンのポケットから、もう一枚のくしゃくしゃのハンカチを、手品師のように出して、森先生に、


「これ欲しいですか?


あげてもいいよ」


と言った。


森先生は、


「じゃあ、頂きます」


と言って、テーブルに置いた。


【画像出典】